26話 本懐
「なぁ、二人とも何があったんだ? 俺の記憶が正しければシメられてたのってヴィクトリアの方だよな?」
俺は水浴び場から着替えて出て来たノーティーとサイがぐったりしているのを見て、尋ねてみる。
「こいつが途中で拘束魔法を解除して返り討ちにして来たんですよ」
ノーティーはナチュラルにヴィクトリアをこいつ呼ばわりして彼女に指を刺す。口調こそ丁寧語だが、無礼のオンパレードだ。
「まあ、仲が良さそうで何よりだ。さて今後の予定だが、襲撃は三日後。作戦を詰めつつ、休養を取ることになるな」
「そうだね。ところで僕は作戦の方にあまり加わってないからよく分かってないんだけど、あいつの居場所は分かってるの?」
俺達は、基本的に食事などの隙間時間に作戦は話し合っていたのだが、サイは大体魔法研究で疲れてぶっ倒れていることも多かった。
かくいう俺も、作戦の全貌を把握しきれているわけではないが。
「ああ。実はアジテートの奴、本体はほぼずっと同じ場所にいてな。俺とノーティーが出会った街から動いていないんだ」
何故か分からないが、奴は先日エルフの里で俺達を襲った以外ではずっと場所の移動を行なっていない。
以前、俺達に分身をわざわざ送って来ていた時も考慮していたが、何か動かない理由があるのだろうか。
「罠の可能性が高いです。あの街は規模が大「きく、奴の格好の的です」
ノーティーは「ですが」と前置きをして、続けてこうも言った。
「アジテートがあそこから離れることはないでしょう。何より罠を潰すための《扇動》解除魔法ですし、日程の変更等は不要でしょう。警戒はするべきですが」
「概ね同意だね〜。時間をかければ不利になるのはきっとこっちだと思うから」
ヴィクトリアはうんうんと頷く。
俺とサイも同様に特に異論はなく、黙って頷いた。
大きな街ということは、それだけ人口密度も高いということ。《扇動》で人を操るアジテートにとっては庭のようなものだ。
「少し問題なのは、あの街は瞬間移動で中に入れない結界が張られていることだな。エルフの里と違って、逆は可能みたいだが」
「瞬間移動でアジテートの目の前に現れて不意打ちする。そういう戦法が取れなくなるという話でしたね」
戦力を考えても、できれば正面からは戦いたくないものだ。万が一誰かが《扇動》の力で操られてしまえば負けは必至だ。
「え、それなら解除できるよ? なんなら結界を変質させてアジテートの野郎を閉じ込めちゃおうよ」
サイが素っ頓狂な声を出し、首を傾げる。何故そんな心配をしているのか分からないといった様子だ。
「僕が《侵入》の魔人だってこと忘れたのかい!? 結界なんて僕がいれば壁にすらならないよ」
サイは少し怒ったような声で机に乗り出し俺達を問い詰める。
「あっ、そういえばそうだったね〜。ヴィクトリアとしたことがすっかり忘れてたよ」
「自己紹介の時に確かそんな感じのこと言ってましたね。力を実際に使ってるの見たことないのでどんな魔人か忘れていましたが」
二人とも忘れていたらしく、サイに指摘されて初めてサイの《侵入》の力を思い出したらしい。反応が自然なのがサイにとって残酷だ。
「酷いや、拗ねてやる! けど二人はまあ良いよ、ノーティーの言う通りあんたらに力を見せる機会がなかったからね」
サイはそう言った後、鋭い眼光でこちらを睨みつけてきた。
俺は次に何を言われるのかを察し、蛇に睨まれたカエルのように縮こまった。
「でもアルツト。あんたには見せたよね、エルフの里で結界を無効化したところ」
「見たな、そして記憶もしていた。インパクトが強かったからな」
あそこまで強固な結界はおそらくあのエルフの里ぐらいなものだ。それを一瞬で無効化したのだから、覚えていないはずがない。
「じゃあなんで作戦に組み込んでなかったの!?」
「……言うの忘れてた」
「またかい!! でもよく考えたら性別にしろ今回にしろ、ちゃんと説明してない僕が悪かったよ」
サイは気恥ずかしいのか頭を掻きながら、バツが悪そうに頭を下げた。
「性別の件は大体ヴィクトリアさんのせいですけどね」
ノーティーがじっとヴィクトリアの方を睨みつける。だいぶ根に持っているらしい。
「うん、戦犯探しは良くないよ! この話はこれで終わり!」
ヴィクトリアは手をパンと叩いて無理やり話を終わらせる。
逃げたな、この人。
「……くすぐりが足りなかったみたいですね。まあ良いでしょう、わたしはもう寝ます」
ノーティーはヴィクトリアへのお仕置きより寝ることを優先したようで、寝室の方へと歩いて行った。
「僕も寝るよ。おやすみなさい」
サイもそれに便乗して席を立ち、ノーティーの方に駆け寄って行った。何か話したいことでもあったのだろうか。
「ふぅ。師弟二人っきりだね」
「そうだな。……一つ聞いて良いか、師匠?」
ヴィクトリアと俺はテーブル越しに目線を合わせる。どうしても、俺には聞きたいことがあった。
「師匠だなんて、改まってどうしたのかな?」
ヴィクトリアは目を瞑って首を傾げてみせる。なんというか、この人と話しているとまるで全て見透かされているかのような錯覚に陥ってしまう。
「師匠は、なんでこんな血みどろの計画に乗ってくれたんだ? そういうの好きじゃないだろ?」
「それは会った時に言ったでしょ? 昔のパーティーメンバーに危害が加わるのは嫌だったし、君の料理が恋しくなったからだって」
ヴィクトリアは人差し指を立てて、ゆっくりと言葉を綴る。以前言った内容と乖離していないことから、嘘は言っていない。
「そう言っていたな。実際あんたは仲間に危険が及ぶのをとても嫌ってる。俺はそこにかけてあんたに頼んだんだ」
「じゃあ何もおかしくないよね。ヴィクトリアの理由はそれだけだよ」
確かにおかしくない。おかしいのは、その元の動機。昔のパーティーメンバーに危険が及ぶという部分。
「……俺は、罪悪感から復讐を正当化した。最初は仲間を操られて、何度も殺されかけて。本当にただ復讐してやろうと思ったんだ」
「それがどうしたの? それは、君の話だよね?」
ヴィクトリアはその青い目でじっと、俺を見つめてくる。俺の答えを俺から引き出そうとしている、そういう目だ。
「俺はそれをパーティーメンバーへの危険、あるいは自分やノーティーへの危険に置き換えた。そしてそれは、あんたは分かってたんじゃないか?」
「……」
ヴィクトリアは何も反応しなかった。まるで俺の言葉が聞こえてないかのように、カップを持って紅茶を口に含んでいた。
「あんたは自分が被害に遭ってもいない復讐に参加するような人じゃない。違うのか?」
「……何か勘違いしているようだけど、ヴィクトリアはね、ミルシュ君達のことが大好きだったんだよ。それをコケにされて黙っているほどお人好しじゃないんだ」
ヴィクトリアはティーカップを机に少し強く置くと、声を震わせながらそう答えた。表情も若干険しくなっていて、かなり怒っていることが分かる。
「君の復讐を止めるのが、師匠としては正しいとは思ってる。でも、ヴィクトリアとしては君が泣き寝入りするところは、見たくないんだ」
ヴィクトリアから怒気が消える。ヴィクトリアは再び紅茶を一口飲むと、俺に目を向けた。
「ヴィクトリアはとっくの昔に地獄行き確定だからね。君の復讐を止めないのなら、せめて共犯者として君を支えたい。そう思っただけだよ」
「……ありがとうございます。すみません、どうしても聞きたかったんです」
俺は目一杯ヴィクトリアに頭を下げる。
正直、そこまで考えてくれているとは思ってもみなかった。ヴィクトリアが人想いな性格なのは理解していたが、ミルシュ達のことも、俺のことも良く思ってくれていたとは。
「良いよ、ヴィクトリアは君の師匠だからね。弟子の悩みに答えるのが師匠の役目だ」