25話 最悪読まなくてもなんとかなる話
ノーティーとサイは更衣室にヴィクトリアを連れ込み、自分達の服を脱ぎながらヴィクトリアを見張っていた。
「ヴィクトリアをどうするつもり!? 拷問として爪でも剥がす気なの!?」
「シメるとは言いましたが、さすがにそんなことしませんよ。それともして欲しいんですか?」 ヴィクトリアの質問に対し、ノーティーはヴィクトリアの服を脱がせながらそう答える。
「この人、そういう方向に誘導しようとしてるんだよ。拷問に耐性があるからなんだろうね」
「それ、ずるくないかな!? でも実際ヴィクトリアに通用するお仕置きなんてないよ!?」
「ふーん。じゃあ質問だけど何なら効くのかな?」
サイがニヤッと笑ってヴィクトリアに質問する。それを聞いたヴィクトリアの顔は、どんどん真っ青になっていった。
「言わないし、思い浮かべないよ!」
「大丈夫です、察しが付きましたから。まあこれだろうなという確信に近いものがあります」
ノーティーはヴィクトリアを引っ張り、水浴び場まで連れて行き彼女を水の中に放り投げた。
「ノーティー、君の策はなんだい? 残念ながら僕は彼女から情報を取れなくてね。無駄に優秀な人だ」
「簡単な話です。仲間内でもできて、相手に傷も残らずかつヴィクトリアさんにも通じるもの。それはこれです!」
ノーティーは影でヴィクトリアの腕を頭の上で拘束し、足も動かせないように五本の指ごと地面に影で縫い付けてしまった。
「んん? ちょ、ちょっと待ってこれって——」
「気づきましたか。その様子だと本当に弱点のようですね」
ノーティーはそう呟くと同時に、影で彼女の足裏をくすぐり始めた。
「あはははっ!! や、やめてっ! なんで弱点バレてるの!?」
「こういう武術家にはくすぐりが有効っていうのはお決まりなんですよ」
「何その理由!? あはっ、ははは!」
ヴィクトリアは自身のくせ毛を大きく揺らして必死に堪えるも、笑いは止まらなかった。
「あはっ! あははははは!! わ、悪かった、ヴィクトリアが悪かったからもうやめてぇ!」
「どうしました? ほら、さっきみたいに笑ってくださいよ」
「コケにしてくれた分のツケは払ってもらうよ。大丈夫、気絶しないように魔法をかけといてあげるから」
サイはヴィクトリアの背後にしゃがみ込むと、脇を思いっきりくすぐり始めた。
「あはははは! や、やめてお願い! 今襲われたらヴィクトリア達一網打尽だよ!?」
「襲撃なんてされたらあなたがいようがいまいが終わりですよ。つまりいくらでもいじめても良いってことです」
「良くないよ! お願い本当にもうあははははは!!」
ヴィクトリアは必死に体をのけ反らせて刺激から逃げようとするが、影とサイの手はヴィクトリアの体の動きを的確に追跡し、くすぐり続けていた。
「そういえばノーティー。その、この前は悪かったよ。あんたの気も知らないで好き勝手言って」
「気にしないでください、わたしもやったことは同じです。何より私は説明があまりにも足りなかった」
エルフの悲鳴に近い笑い声を横に、ノーティーとサイは以前喧嘩してしまったことの話をしていた。
側から見れば異様な光景だが、二人にとってはようやく訪れた、出会ってから二人でゆっくり話せるようになった唯一のタイミングだった。
「足りてたんだよ。あんたが二人を思っている気持ちはずっと見てきたんだから。だから死なせたいだなんて思っているわけがなかったのに」
サイは潜伏している時から、自身の力でずっとアルツト達の心の中を覗いていた。アジテートによって操られていないか、信用にたる人物なのか見極めるために。
サイはヴィクトリアをくすぐる手を止め、ノーティーのそばに移動して座った。
顔は後悔と懺悔の表情で満ちていて、俯いている。
そしてもう一言、言葉を絞り出すようにゆっくりと口を開く。
「……ただ、気になってしまったんだ。あんたはあんた自身がどうなっても良いと心の底から思ってることが」
それはノーティーの脳裏に染みついている考えだった。だから常にサイはノーティーの心の中を覗くたびに、彼女のことを心配していた。
ノーティーは答えたくないのか、顎に力を入れて唇を硬く閉ざしている。
気がつけば、影によるくすぐりも既に止まっていた。
だが目の前の相手に隠し事は通用しない。
「ノーティー、あんたはこの戦いでアジテートと相討ちを謀るつもりだね。気が強い割には、自己評価が随分低いじゃないか」
「あなたには関係ありません!!」
ノーティーは閉じていた口を大きく開くと、感情的に強い口調でサイを拒絶する。
「あるよ。ノーティーにとって僕は数日過ごしただけの同志でしかないと思うけど、僕はあんたをずっと見てきたんだ。気にするさ」
「ストーカーが何を言ってるんですか!? 大体わたしはサイさんのことも大切な仲間だと思ってますよ! あなたの方こそ自己評価低いじゃないですか!」
それは紛れもないノーティーの本心だった。サイとはたった数日過ごした仲だったが、良い人だということはその数日で十分サイの様子からよく伝わっていたから。
「えっ……あっうん」
サイは顔を耳まで真っ赤にして照れていた。返答もままならず、独り言を呟いている。
「何照れてるんですか! なんかこっちも恥ずかしくなって来たじゃないですかもう!」
ノーティーにもそれが伝染し、二人は互いに目を逸らして黙り込んでいた。
そこで今までずっと沈黙を貫いていた人物が、話に入ってきた。
「二人とも最初から素直に話してれば喧嘩にならなかったのにね〜、まあそこが可愛いんだけど」
「……そういえばいましたね」
「いたね」
ノーティーとサイはヴィクトリアを一瞥すると、各々同じ感想を述べた。
「酷い!? まあそれは良いとして、ヴィクトリアからも二人に少しコメントさせてもらうね」
「この件に関してはヴィクトリアさんにも迷惑をかけてしまったので、いくらでもどうぞ」
ノーティーとサイは揃ってヴィクトリアに頭を下げる。
「まずノーティーちゃんだけど、君が死んじゃったらヴィクトリアは悲しいよ。もちろんアルくんとサイちゃんもそうだと思う」
「……」
ノーティーは何やら思い詰めたような顔をしながら黙ってヴィクトリアの話を聞いていた。
「これは感情論。でも忘れないで、君はどうも必要以上に死にたがっているように見えるから。まるで自分がこの世に存在しちゃいけないと思ってそうなぐらい」
「だって……だって! わたしは———なんだから」
ノーティーは声を震わせ、ある一部分だけをサイすら認識できない、とても小さな心の声で、隠し通すかのように彼女は独白をした。
誰にも相談できない、したくないもの。
サイもヴィクトリアもそれに気付き、それ以上深入りすることはしなかった。
「……ごめん、これ以上は聞かないね。次にサイちゃんだけど、君は不器用だけど優しいんだね。ノーティーちゃんのこと含めて、色々ヴィクトリア達のことを思ってくれてたのがよく伝わってきたよ」
「褒めてくれるんだ。僕は説教されるのを覚悟してたんだけど」
緊張していた顔を崩し、サイは軽口を叩く。
「しないよ、ヴィクトリアも君達みたいに本音を言いたかっただけだもの」
ヴィクトリアは朗らかな笑顔でそう答える。
「……待った。いつのまにか拘束魔法解除したな!?」
サイは冷や汗を垂らしてヴィクトリアを睨む。
「あらら、良い雰囲気にして誤魔化そうと思ってたのにバレちゃった。もう遅いけどね」
「あっ! う、動けない!」
ノーティーとサイはヴィクトリアによって拘束魔法をかけられ、動けなくなっていた。
「さて、次は君達の番だよ。良い声で鳴いてね」
二人を前に、ヴィクトリアは笑顔を崩さずに彼女達の足に腕を伸ばす。
「ちょ、あなたが元々わたし達を嵌めたのが悪いんでしょう!?」
「そうだね。でもごめん、拘束できちゃったからせっかくだしやるね」
「ご、ごめんなあははははは!!」
「やめあははははは!!」
ノーティーとサイの笑い声が水浴び場へ響き渡っていった。