24話 人は見かけによらない、特にこの世界では
「この数十分でそんなものを!?」
「作るのは簡単だよ、設計図さえ覚えていればね。決戦前の体調は万全にしといた方が良いでしょ?」
家を建てた時も確かに早かったが、相変わらず化け物じみた魔法技術と魔力量だ。
「まあそれはそうだな。でも魔力は大丈夫なのか?」
「問題ないよ、そこは心配に及ばない」
「ならよかった。そうだ、ちょっと《扇動》の解除魔法の実験台になってもらった人がヴィクトリアに挨拶したいみたいだから話を聞いてやってくれ」
俺は金髪のエルフのことを思い出し、ヴィクトリアに話を振った。
「初めまして、ヴィクトリア様。私はマチルダと言います。お会いできて光栄です」
「ふむ、見たことない顔だね。今いくつ?」
「今年で16歳になります」
「え!?」
思わず声が出てしまった。雰囲気とエルフの性質からバイアスがかかっていたが、そういえばエルフも最初から百歳やら千歳な訳ではないんだった。
「僕より若いじゃん、それでよくそんな貫禄を出せるね……」
サイが苦い顔をしている。お姉さんっぽい感じの口調は単純に素がそうだったのか。
「ありがとうございますヴィクトリア様。一度お目にかかりたかったんです」
「それは嬉しいね。ヴィクトリアもマチルダちゃんのことを覚えておくようにするよ」
「ありがとうございます、感激です!! ところで、私は邪魔のようなら瞬間移動とかで帰りますがどうでしょうか?」
どうやらマチルダはヴィクトリアのことを本気で尊敬しているようで、ヴィクトリアの言葉で頬を赤らめてとても喜んでいた。
「ここは危険だしその方が良いかな。ヴィクトリアが送っていこう」
「え、良いんですか!? ぜひお願いします!!」
マチルダはさらに幸せそうな表情をして、ヴィクトリアにひっついて瞬間移動していった。
なんというか、判断も行動もあまりに早かったな。
それから少しした後にヴィクトリアだけが戻ってきた。
「送ってきたよ。面白い子だったけど、巻き込むわけにはいかないからね」
ヴィクトリアもマチルダのことが割と気に入っていたのかちょっと寂しそうだった。
「実力も高くないですし仕方ないですね。いつここも見つかるか分かりませんし」
「その状況で水浴びも中々危ないけどね」
サイが着替えを用意しながらぼそっと呟いた。
「お、サイさん入らないんですか? それなら見張りを——」
「入るよ!!」
ノーティーはウキウキで着替えを用意してサイに見張りを押し付けようとしたが、食い気味にサイはそれを却下した。
「見張りは俺がやるよ。俺が入る時はそっちが見張ってくれれば良い」
そういえばこの中で男は俺だけか。前のパーティーとは偉い違いだ、水浴び場のある街では野郎どもとよくムサ苦しく入ったものだ。
「ごめんねアルくん」
「すみません、ありがとうございます。それでは入りますか——ってちょっと待ってください、なんでサイさん一緒に入ろうとしてるんですか!?」
ノーティーはなぜかサイが一緒に後ろから続くのを見て驚きと恐怖の混じった顔をし、さっと後退りをした。
「えっえっえっ? ノーティーもしかして僕のことそんなに嫌いなの? その、ごめんなさい!?」
サイはノーティーの激しい拒絶に酷く傷ついたようで、今まで見たことのないぐらい狼狽えていた。
俺はその奇妙な光景を見て一瞬固まった後、あることに気がつきノーティーに向かってこう言った。
「ノーティー。サイは女だ」
「あっえっ!? そうだったんですか!?」
「あっはっはははははは!!」
ノーティーの間抜けた顔を見て、ヴィクトリアは大爆笑していた。さてはこの人、最初からその勘違いを知っててずっと黙ってたな。
「……よく間違えられるんだよね、性別。てっきし僕はアルツトが教えてくれてるもんだと思ってたんだけど」
サイは自分が拒絶されていた訳でないことにホッとしつつも、性別を間違えられたことには落ち込んでいるらしくなんとも言えない表情をしていた。
「ごめん、完全に忘れてた。普通に二人とも女性だと認識していると思ってたもんで」
「……まさかこのタイミングでヴィクトリアさんが水浴び場作ったりしたの、意図的じゃないですよね?」
確かに体を労わるにしても唐突だ。決戦前にその勘違いが爆弾として炸裂するのを見たかった可能性はある。
「はは、ヴィクトリアはただ皆を労おうとしただけだよ」
「嘘だね。僕の目の前で堂々と嘘をつくとは良い度胸をしてるじゃないか」
ヴィクトリアがとぼけたところにサイはピシャリとそう言い放つ。
まったく、そんなくだらないことのために風呂場を作らないで欲しい。
「サイさん、こいつシメましょう」
「良いね、風呂に入りながらやろうか」
珍しく二人は一気団結し、ヴィクトリアを囲い込んだ。
これもヴィクトリアの作戦……なわけないか。
「……あれっ瞬間移動ができない!? というか動け……ない!」
「瞬間移動で逃げることなんて想定済みです。この前ユダさんとやらが使っていた方法で拘束魔法を使ってみましたがうまく行きましたね」
ヴィクトリアはノーモーションで瞬間移動を使い逃げるつもりだったのだろう。見事に先読みされていたようだが。
「ナイス。こいつ擬似タイムリープみたいなことしやがるからね、捕まえるのどうしようかと考えてたよ」
ヴィクトリアが「未来予知」と呼ぶ魔法。あれは彼女のブラフであり、実際は常に数秒前の過去の自分に現在の自分の情報を送りつけるというものだ。
詳細は省くが、未来予知と違い魔力の踏み倒しと行動のやり直しが行える、とんでもない魔法だ。
「ど、どうやって無言魔法を……でも残念、この程度なら簡単に——」
「させないよ」
自らの腕力と魔力で無理矢理拘束魔法を解除しようとするヴィクトリアに、サイは無言で弱体化魔法を放った。
「なっ……力が入らない!」
ヴィクトリアは脱出ができなくなり、顔が青ざめていった。
「よし、それじゃ連れてこう。見張りは頼んだよ、アルツト」
「ちょ、助けてアルくーーん!!」
ヴィクトリアは悲鳴を上げながら、二人に連行されていった。
俺はそれを自業自得だなーと思いながら、黙って見送っていた。