23話 実験と束の間の平和
——数日後、辺境の国にて
時刻は夕方、滝近くのヴィクトリアが即席で作った木造の家で、俺とサイはテーブルに紙を広げて話し合っていた。
俺達は対魔法用の黒色の防護服を着ていて、いざ魔法の暴発が起きても大丈夫なようにしていた。
ここ数日間まともに休んでないので、体力が心配である。
「ひとまず完成だな。後は試し撃ちできれば良いんだが、都合よく刺客が送られてこない限り無理だよな」
俺達は《扇動》解除魔法を完成させていた。ただこれはあくまで理論上。実際に上手く行くかはやってみてのお楽しみというわけだ。
「ぶっつけ本番って奴だね。責任重大だ」
サイも少し緊張したような表情を浮かべている。失敗は誰だって怖い。
「そこなんですけど、実験できますよ」
ドアの向こうから聞き耳を立てていたのか、ノーティーがそんなことを言いながらドアを開けて入ってきた。
彼女がここ数日何をしていたのか俺は知らない。主にヴィクトリアと作戦会議をしていたのは確かだが、それ以外は全く知らない。
本人に途中で聞いてみても「秘密です」と言って教えてくれなかった。
「できるって……どうやって? 一応言うと僕の魔法は治療すればそれで終わりのものだよ」
サイは訝しげな目でノーティーに問いかける。
「安心してください、被験者を用意していただけですから」
そう言ってノーティーは影の中から一人の金髪の女性エルフを取り出した。
「テッテテー! 《扇動》済みエルフ〜!」
「……お前、テンションおかしくなってないか? 最近料理作ってやれなくて悪かった」
俺が研究に集中しすぎて外で買ってくることが多かったのが原因か。悪いことをした。
「あの、本気で心配しないでもらえません!?」
「いやそれよりも! 一体いつそんなものを!?」
話が混線してきた。とりあえずノーティーの話は置いておくか。
「奴として似たようなことをしました。分身を使い、適当に弱い奴を捕獲する。アルツトさんが解除魔法を開発する予定でしたからね、この方には申し訳ないですが必要な犠牲でした」
「いつの間に出してたんだ……助かったよ、ありがとう」
「へぇ、えらく素直ですね」
前回の喧嘩で反省したのか、サイは素直にお礼を言っていた。プライドが若干高い者同士サイとノーティーは少し相性が悪いようだが、上手くやってほしい。
「おい! ここはどこだ! 私を離せこの化け物! 黒種族は絶対にぶっ殺してやる!!」
その横では、ノーティーの影で拘束された金髪のエルフが怒って声を荒げていた。エルフは見た目で年齢が判断できないが、なんとなく若いエルフのように感じた。
「さ、早速やってみてください!」
「それじゃ……やるか。破壊と創造、崩壊と復活、相反する性質は全てを元に戻す鍵。無常の破壊と修正は雨となって世界に注ぎ込む——オペレートレイン!!」
魔法の雨がエルフに降り注ぎ、エルフの体が一瞬固まった。そして我に返ったかのように辺りを見回していた。
「……私は一体何を? あなた達が治してくれたの?」
「成功……で良いのかな」
魔法の雨が消え、エルフの声しか聞こえなくなったタイミングでサイが呟いた。
「確かめてみましょう。初めまして、ノーティーと言います。手荒なことをしてしまい申し訳ありません。今外しますね」
ノーティーはそう言って影からエルフを解放すると、エルフはすっとノーティーに近づいていった。
「あなた……黒手族ね。もうすっかり絶滅したものだと思っていたのだけれど、まさか生きていたとは」
「はい。先祖がご迷惑をおかけしました」
ノーティーは頭を深々と下げた。
「それはあなたが謝ることじゃないわ。こちらこそごめんなさい、襲ってしまったようで」
目の前にいるエルフは、先ほどまで殺意を顕にしたエルフということが信じられないぐらい温厚だった。
そして操られていた際の記憶もしっかりと残っている。成功と言って良いだろう。
ただ記憶が残ることが必ずしも良いこととは言えないが。
「構いませんよ。それよりここ数日間の記憶はどんな感じですか?」
「はっきり覚えているわ。だからあなたには本当に悪いことをしたと思ってるわ。私はそもそも黒手族を恨んでいないのよ、黒手族との戦いがあったのは私が生まれるより遥かに前だし」
「そんな接点のなさで殺そうとするまで変わるとはな。ユダ? って奴には悪いことを言ったかもしれない」
「そうですよ。あなたが特別なんです、あなた基準で物事を考えると皆悪人になってしまいますよ」
ノーティーは俺を嗜めた。そういえばこの前もそう簡単なものじゃないと言っていた気がする。
「俺基準で考えたつもりはなかったんだが……そうだな」
俺が基準にしたのは元パーティーリーダーのミルシュだ。あいつは一定の理性は保っていて、強さを求めた時も無茶はしないように、適切な訓練メニューを作ってメンバーに指示していた。
ただメンバーがそれを無視し完全に崩壊したわけだが。
「話がよく分からないけど、私は洗脳されていた、ということなの?」
「そんな感じだね。でもあまり気に病まないでほしい、基本避けようのないものなんだ」
混乱しているエルフに対し、サイは紅茶を差し出しながら答える。いつ用意したのやら。
「そうなのね。里の皆は大丈夫かしら」
「日曜生活に支障はないはずだ。だが気持ちの良いものではないだろう」
「だからわたし達はこれからあなた達を《扇動》した魔女を倒しに行ってきます。それで解除されるかは分かりませんが、治らなかったらエルフの里に解除に向かいますよ」
俺の代わりにノーティーが全部説明してくれた。これはノーティーとサイの喧嘩後、俺達が決めたある種の譲歩案だ。
元々アジテートの《扇動》の力は、奴が死亡してもなお影響が残る可能性が高かった。
特に俺の浄化魔法で解除しきれなかったのと同じように、変形された思考の方は力を取り除いても残ってしまうだろう。
故にアジテートとの決戦で勝敗関わらず誰か一人でも生存し、《扇動》の力を解除するのに尽力すること。それが譲歩案だ。
「なるほど。ところでヴィクトリア様はどこに? 私の記憶が正しければあなた達二人はあの人に連れられて里に来たはずなのだけど」
金髪のエルフは俺とノーティーの方を見る。外部の人間はあの里では珍しいし、ヴィクトリアは有名だ。顔を覚えられていたか。
「あの人なら今向こうで何か作ってますよ。挨拶に行きますか?」
「行かせてもらおうかな。あの人は一度会って見たかったんだ」
こうして俺達はヴィクトリアの元に向かうことになったのだが——
「やぁ皆。その様子だと魔法は完成したのかな? ヴィクトリアもね、この数十分でちょっとしたものを作ってみたんだ〜」
ヴィクトリアは何やら入り口が二つに分かれた石造の建物を作っていた。
「……これ、なんです?」
「えっとね、水浴び場!」
「え、ぇぇぇぇぇぇ!?」