21話 侵入の魔人
「その通り。僕は《侵入》の魔人だよ。エルフ達の里に侵入できたのもこの力のおかげ。なんならあんた達の宿とかにも侵入はよくしていたけど、気がついてなかったろ?」
「気がつかなかったな、お前が犯罪者だったってことは」
サイが魔人だということは、今初めて知った。おそらくは元パーティーメンバーも全員知らなかった事実だろう。
魔人同士は見れば分かるとかノーティーが以前言っていた気がするが、俺にはその区別が全く付けられない。
「魔人ですか、なら契約は必要なさそうですね。それで、なんで今まで姿を見せてなかったんですか?」
契約というのは、アジテート対策のことだろう。確かに魔人なら元から耐性があるし不要か。
「悪いね、あんた達が操られていない保証はなかったし、何より死んだはずの人間がそう易々と姿を見せるわけにはいかなかったんだ」
サイはちっとも悪びれることもなく軽く謝る。直後に紅茶を作ろうと茶葉を勝手に取り出し始める始末だ。
「なんですかその態度。アルツトさんの生活を盗み見るのは好きにしてもらって良いですけど、わたし達の生活を覗くのは許しませんよ!」
俺にプライバシーはないのか。別に見られて困るような生活もしてないが、不服である。
そして何より彼女にとってはむしろ俺の生活を覗いている方が問題なのではないだろうか。
「まあまあ、ストーカーしていたおかげであんた達は無事逃げきれたわけだからそれでチャラにしてほしいね」
サイは余裕そうな態度で手をヒラヒラさせて笑っていた。
ノーティーはそもそも冗談半分で言っていたのだろう、それ以上特にそこに言及することはなかった。
「ところでだ。サイ、なんでお前が生きているのかについてそろそろ教えてもらって良いか?」
俺にとっての本題はここだ。俺はサイが死んだ瞬間を知らない。たしかその日は俺は一緒にいなかったはずだ。
「良いよ。結論から言うと僕は死を偽装していた。理由はアジテートに追われていたからだね」
「ふーん、ノーティーが追われているって話を聞いてたんだが、あの時サイも同時に追われていたのか」
「奴からすれば棚からラスクみたいなもんでしょうね。狙っていた人物の拠点の近くにわたしまでやってきていたのですから」
ノーティーは俺との出会いをある種必然と言っていたが、あながち間違いではなさそうだ。まさかここまで俺とアジテートと関わりを持つ人物が身近にいたとは。
「……死を偽装したのは誰にも伝えてなかったんだろ? せめてリーダーのミルシュにだけでも伝えてくれればよかったのに」
サイが死んだ時、メンバーは全員とても悲しんだ。そこをアジテートに突かれたわけで、俺以外に扇動を食らわなかった人物はいない。
つまり、サイは偽装の真相を誰にも話していなかったことになる。
「ごめん、それは本当に申し訳なかったと思ってる。それもさっきと同じ理由でアジテートに操られていない保証も、これから操られない保証もなかったからね。結局、自分の身が恋しかったんだ」
サイは先ほどの謝罪とは打って変わって、しっかりと深く頭を下げ、はっきりと真摯のこもった謝罪をした。それだけ、深く反省をしているのだろう。
「……似たような懺悔を前に聞いたよ。でも、君は本当に自分の身が恋しかっただけではないと思うよ。君が言った通り、仲間がそれを知っていれば仲間に危害が及ぶ可能性は非常に高かったからね」
ヴィクトリアは優しくサイを擁護した。ヴィクトリアにとっても、この件はかつての仲間に危害が及んだという話だ。本人は被害を受けていないが、怒っても良いはずだ。
だがヴィクトリアはそれをしなかった。そもそも俺はヴィクトリアが本気で怒っているところをあまり見たことがない。せいぜい反省の欠片もない悪人に対して怒るぐらいだろうか。戦闘狂ではあるが、気性は相当穏やかな方である。
「結果論だけ言えばアルツト、あんたにだけは伝えるべきだった。自分でも気がついているだろうけど、あんたには精神攻撃に対する異様な耐性がある」
「ああ、やっぱりそうなのか。そんな気はしてたんだ。アジテートは俺を操らなかったし、サイも俺に幻覚見せてこなかったし」
納得が行った。原因は不明だが、やはり俺にはそういう体質があったらしい。俺如きにそういうものがあるとは思ってもみなかったので、いまいち確信が今まで持てなかった。
「原因の半分はあんたが常時展開してる浄化魔法のせいで精神攻撃が届く前に消されることだね。もう半分はよく分からない、本当に体質としか言えない」
「ああ、それか。無言魔法として使うついでに身体を清潔に保つためにやってたものだが、こんなとこで役に立つとはな」
当然そんなことは想定していない。害のあるものを弾くようには設定していたが、それも毒対策としてのもので、精神攻撃は一切考慮していなかった。つまりただの偶然である。
「まさに《扇動》特効だね。サイとノーティーに出会った件といい偶然としてはできすぎてるぐらいだ」
「偶然ですが、ありえない話ではないと思います。アジテートが恨みを買った人間は五百年前から数えれば相当な数ですから」
「自分で勝手に自分に特効を持つ人間と敵対する確率を上げていたというわけだ。面白い考察だね、僕は好きだよ」
ある種奴の自爆ということか。とはいえその自爆をもってしても奴が弱くなったわけではない。
「たとえ俺が特効持ちでも奴は相当厄介だけどな。現に俺達はあいつの分身にすら苦戦している始末だ」
「奴は操っている人間よりも本体が一番強いですからね。ただ幸運なことに奴には致命的な弱点が一つあります」
「それは何?」
藪から棒にノーティーの口から飛び出てきた奴の弱点の話。今まで伝えていなかったことが驚きだが、そこは気にしないでおこう。
「アジテートは自身の力に溺れ、騙されやすい状態になっているということです」