2話 交渉成立
「さあ交渉の時間だ悪食の魔人。この俺、アルツトの仲間になる気はないか?」
「この状況で! 仲間になるって言う人がいますか! 絶対に許しません、ぶっ潰してやります!」
逆上した少女は俺をすごい形相で睨みつけ、殺気を放ってくる。
俺はそれに気負けしそうになるが、なんとか持ち堪えて交渉を続けた。
「落ち着け。俺は料理人だ、香辛料は山ほど持っている。大人しくしないならそれをお前の口に放り込むぞ」
「ぐぬぬ……この卑怯者!」
「さっき不意打ちしようとしてた奴にだけには言われたくなない! それで俺にはどうしても倒したい奴がいてだな、そいつを倒すのに協力してほしい」
この少女は危険だが、同時に強力だ。もし仲間にできたのなら良い戦力になるだろう。
「断ります! こんないたいけな少女を虐める人になんて従うもんですか!」
「お前のどこがいたいけなんだよ!? 別にただでとは言わないさ。例えばそうだな、お前の普段食べている精気やらなんやら、それを調理する方法があるとしたらどうする?」
俺は少女をじっくりと見据え、交渉を続ける。俺はありとあらゆる料理に関する魔法を習得している、ものによっては抽出できるはずだ……多分。なんなら少女に自分で抽出してもらうのもありだ。
正直これが通る自信はない。悪食の定義次第ではそもそも料理に興味がない可能性もある。
「そんなことができるんですか!? それならなります! あなたの仲間に入れさせてください!」
「決断早いな!?」
さっきまで完全に拒絶していたのが一転、彼女は俺に対して先ほどのような満面の笑みを浮かべてきた。
まさかこんな簡単に済むとは、想定外だ。こいつは本当に食べることにしか興味がないのかもしれない。
「ですが他にも条件があります。それは私の食事の邪魔をしないこと。当然あなたも食事の対象です」
「……人と俺の記憶を食わなきゃそれで良い。それ以外は常識の範囲内で頼む」
「良いでしょう。交渉成立ですね、さあ早く私に水をください」
少女は急かすように俺に手を差し出してくる。とんでもなく罠の臭いがするが、俺は素直に彼女に水の入った水筒を渡してやった。
「ありがとうございます! フフッ、これであなたを食べられ——」
「うぉっ! やっぱりそれが狙いか!」
少女が出した影を見て、俺は慌てて後ろに飛び退き、手にありったけの香辛料を持つ。
「冗談ですよ。私は悪食なんて異名がありますが、それは私がなんでも食べられることを表しているだけ。おいしいものは普通に食べたい。私は食事には嘘をつきません」
そういう彼女の顔は、確かに真剣だった。そして先ほど男達を捕食していた時の顔を見るに、食事自体が好きなのは間違いがない。
「分かった、信じよう。ところでお前、名前はなんていうんだ? まさか悪食の魔人った名前ではないだろう?」
「もちろん。ですが私は自分の名前を覚えていません。両親は私が物心つく前に飢饉で亡くなってしまいましたから」
少女はさらっととんでもないことを言ってのける。彼女が悪食なのは、飢饉のせいなのか、それとも元からそうなのか。
「……そうか、では俺が勝手に名付けよう。お前の名前はノーティーだ」
「強引に名付けましたね。でも気に入りました、素直に受け取るとしましょう。悪食の名になぞらえた名前でないのが気になりますが」
「そりゃお前、せっかくの二つ名なのに同じ名前にしちゃつまらないだろ」
「確かにそれもそうですね、私としたことが気付きませんでした」
少女——ノーティーは俺に微笑み、うんうんと頷いた。こうしてみると、先ほど俺の感じていた彼女に対する恐怖はすっかりなくなっていた。
「ところでお前、どっか泊まれる場所知らないか? 実は俺今宿とか取ってなくてな、困ってるんだ」
「私は野宿ですよ? だって夜中に狩りしてるのに宿泊まる理由ないじゃないですか」
「そっか……」
こうして俺とノーティーの、世にも奇妙な協力関係が結ばれたのだった。