19話 ゾンビのトリック
俺は何をされたのか全く分からなかった。体は指一本動かず、魔法を使用することすらできない。
顔は動かせるようで、俺は後ろを振り向いてみたが、やはり二人も同じように倒れて身動きが取れなくなってしまっていた。
「ああユダ、君は物体操作魔法が得意だったね。加えてさっきの宣言はブラフで、すでにマーキングは済ませていたと。さすがは一番弟子、ヴィクトリアの対策は済んでいるというわけだ」
なるほどこの偉そうなやつの名前はユダというらしい。いや呑気に人の名前を覚えている場合などではないのだが。
「弟子ってあんた、なんて奴育成してくれてんだ! どうすんだよこの状況!」
「いやー、頑固なとこは修行しても治らなかったんだよね。ごめん!」
口では謝っているが、謝る人間の態度ではない。弟子の精神面の修行もしっかりしておいてほしかった。
「お二人とも問題はそこじゃないですって! このままではお二人が奴に殺されてしまいます!」
「何を言っている、殺されるのはお前だ。こいつらもお前を庇った罪はあるが、情状酌量の余地はある」
「いいや、《悪食》の言っていることは正しい。そいつは別にお前に殺されると言ったわけではないのだから」
アジテートの発言と共に、抜きユダを含む周りのエルフが一斉に崩れ落ちる。俺達を危機に追いやった魔女が今、こちらを見下ろしていた。
「分身を倒したのはさすがだが、所詮雑魚だな。その程度の力でアタシを倒そうとは笑止千万。貴様らはここで終わりだ」
「アジテート……!」
気がついていた。この状況がアジテートにとって不都合であり、確実に介入してくることに。
奴の目的はノーティーの確保と俺の抹殺、ヴィクトリアは不明だが操っても殺してもどっちでも良いというスタンスだろうか。
どのみちエルフ達の目的とは真逆。どこかで止めなければならない。
「チッ……やるなら早くやれよ。焦ったいのはごめんだ」
ユダが倒れたにも関わらず、俺の身体は一切動かない。少なくとも俺の手ではこの状況をひっくり返すことはできない。
「お望み通り、今すぐ殺してあげるよ。あんたはあのパーティーで二番目に厄介な人間だった」
アジテートの手が光り輝き、俺の胴体目掛けて光線が放たれる。
しかしそれが実際に俺に命中することはなかった。ノーティーの影が、俺を動かし回避させたからである。
「ふぅ、あっけないものだな。さてこいつは……殺すか、こういうババアは生き残らせると厄介そうだ」
続いてヴィクトリアにも光線が放たれるが、これもノーティーの影により回避される。
「終わりだな、《悪食》よ。さっさと初めからアタシの配下に加わっていればこんなことにはならなかったのに」
「あ、あぁ……あぁぁ!!」
「は、はぁ?」
何やら様子が変だ。なぜ、ノーティーは泣いているのだろうか?
なぜ、ヴィクトリアはピクリとも身体を動かさないのだろうか?
なぜアジテートは、俺達を殺したと思っているのだろうか?
「哀れだな、悲しみで動けもしないのか。だがこれでとうとうあんたはアタシのもの。良い玩具としての動きを期待しているよ」
そう言ってアジテートはノーティーの隣にあった木の板に手を触れると、瞬間移動で飛び去って行った。ここでは許可なく瞬間移動できないはずだが、奴は許可を得ているのだろう。
「えーっと……もしかして俺、死んだのか?」
俺が先ほどまで見ていた光景は幽霊になった時の記憶の混濁で、実際は普通に俺もヴィクトリアも殺され、ノーティーは連れ去られた。唯一合っていたのはノーティーが泣いていたことだけということなら納得は……いかない。
混乱している頭でも、それが違うということは分かる。むしろ考慮すべきは、俺の見た光景は全て正しいという可能性。
俺以外の全員が、幻覚に惑わされていたという可能性だ。アジテートを欺けるような幻覚使いとなると相当限られるが、まだ納得が行く。
そして該当する人物は一人だけ思い浮かぶ。この世にではなく、あの世にいるはずの人間だが。
「だがあいつは死んだはずだ。思い違いか? いや違う。俺はあいつの死体を確認したわけじゃない」
「つまり生きている線がある。ともなればこの状況にも一応納得が行く」
「そう……じゃない! やっぱりお前の仕業か、サイ!」
まるで元からいたかのような、自然な流れで紫髪の司祭服を着た人が俺の横に並んできた。随分とボロボロの服で、本人曰くお古ということだが、前見たよりいっそうボロボロになっている。
あまりにスッと入ってくるので思わず普通に返事をしてしまった。なんなら口調を自分に似せていたので、自分が言ったのかとすら思ってしまった。
「仕業とは人聞きが悪いなぁ、命の恩人に対してその態度かい?」
「すみませんでした! んでなんで死んだフリなんかしてたんだ?」
あの時たしかにこいつは俺達の目の前で事故死した。それは間違いない。その出来事を突かれてアジテートに色々かき乱されたわけだが、その張本人が生きているとなれば話は変わってくる。
「切り替え早いなー、まあ僕とあんたの仲だから許すけど。とりあえず、話の前に先に二人を安全な場所に運んであげよう。いつアジテートが異変に気がつくか分からないからね」
「そうだな。だが結界はどうする?」
エルフ達が倒れようと、変わらず結界は俺達を拒んでいる。ここを突破できなければ俺達は袋のねずみにすぎない。
「通り抜ければ終わりだよ。この程度の結界なら僕は問題なく無効化できる」
「この程度って、仮にも魔法のプロ達の結界なんだけどな。相変わらず恐ろしいやつ」
サイのパーティーでの役割はデバッファー。技術力も高く魔法に干渉し、解除することも容易い。
「褒めても何も出ないよ。それにこの結界が雑魚なだけさ」
「謙遜してるようでエルフを下げるな。ところでノーティーはどうする? 泣いてて動きそうにないが」
俺はちらりとノーティーの方を向く。ノーティーは幻影に囚われ続け、ずっと泣きじゃくっていた。
そこにサイがそっと近づき額に人差し指を当てると、ノーティーは糸が切れたかのように気絶した。
「こうやって気絶させて連れてくよ。心が壊れないうちに真実を教えてあげないと」
「なんかすごい罪悪感が湧くな……」