18話 厄災は常に唐突に
修行開始から数日後の早朝。俺たちは冷や汗をダラダラと垂らしたヴィクトリアに連れられ小屋の外で全力疾走をさせられていた。
「ヴィ、ヴィクトリア!? 頼むから事情を説明してくれ、まだ朝食の準備の途中だったんだぞ!」
「そうですよ! わたしなんか着替えすらさせてもらえてないですからね!? もしかして今からアジテートが襲いに来るんですか!?」
ノーティーは基本的に遅寝遅起きだ。元々影の関係で夜の方が活動に都合が良いのだろう。
しかし今はそのせいで、寝巻き姿で外を爆走するという羞恥プレイをさせられる羽目になっている。
「一言で説明すると、エルフ達が今から君を殺しに来る! 同時に門も閉鎖中、逃げ場なし!」
ヴィクトリアはノーティーの方を向きながら答える。何やらよく分からないが、ノーティーが狙われているらしい。
「なんでそんないきなり大ピンチに!? まさかアジテートの—」
「その通り! すでにこの里は奴の手に堕ちていた! 挨拶がてら情報収集しておいてよかったよ」
でなきゃ小屋ごと灰にされていた、とノーティーがボソッと呟くのを聞き、俺は戦慄する。
「エルフはね、黒手族に強い恨みを持ってるんだ! 図書館でノーティーが黒手族ってことがバレてしまったから、そこにつけ込まれた!」
「図書館って……様子が変だったのそれが理由ですか! なんでその話今まで教えてくれなかったんですか!?」
「教えても君が不快になるだけでしょ!? それにヴィクトリアが君のことを恨んでるって思われるのが嫌だったんだよ!」
「ノーティー、話が脱線してる! ヴィクトリア、今すぐ猛スピードで突っ切って逃げ切れる可能性は?」
こういう状況で叫び合うのを見ると、繁盛期の料亭の時のことを思い出す。
実はちょっとこういう雰囲気が好きだったりするのだが、今はそんな呑気なことを考えている場合ではない。
「ある、というよりそれが最善! エルフの兵隊達が集まり切るより先に結界に穴を開ける!」
「穴を開けるのはノーティーか!?」
「そう、ノーティーちゃん! ヴィクトリアと君では物理的な勝負になるから無理!」
「わたしですか!? 責任重大……ってもう来てるじゃないですか!」
俺達の前方に、数人ものエルフが現れ俺達の道を塞ぐ。目は血走っていて、こちらへの殺意がひしひしと伝わってくる。
「退いてください!」
ノーティーは影を鞭の様に一振りし、エルフ達をまとめて空の彼方へと吹き飛ばす。同時に地面が抉れ、衝撃波が発生したことからその威力の強さが伺える。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
その攻撃が皮切りとなり、こちらに向けて全方位から一斉砲撃が行われる。
「ギアを上げて! 捕まったら殺されるよ!」
「瞬間移動で逃げられたりとかしないんですか!?」
「無理だって! ここは許可なく瞬間移動できないの!」
必死の形相でヴィクトリアが叫ぶ。言われてみれば今回瞬間移動で来たのは里の門まで。門に入った後はずっと徒歩で移動していた。
「しまった、アルくんその腕輪壊して!」
あっそうか、この腕輪には魔法がかかっていたんだった!
「ダメだ、壊したら中にこもっている魔法が放出されてしまう!」
エネルギーを保存しているものに衝撃を与えて大丈夫なものの方が少ない。この腕輪にこめられた魔法までは分からないが、直感的にロクなことにならないことは理解していた。
「……治せるって話、信じてますよ」
「ぐわぁっ!?」
俺が一か八か腕輪を消し飛ばしてみるか悩んでいたところにノーティーが現れ、俺の腕を腕輪ごと捕食した。
俺の直感はそのある種の攻撃とも取れる行動に反応せず、あっさりと捕食されたことに俺は内心動揺を隠せなかった。
味方からの善意からの攻撃とはいえ、俺が反応しきれないとは。自分が鈍っているのか、ノーティーがこの数日だけで強くなったのか。もし後者なら驚きだが、年齢に似合わない実力を考えるとその成長率は納得かもしれない。
「ってお前、自分の腕輪はどこにやったんだよ? いつのまに処分してたのか?」
「今そんなこと気にしてる場合ですか!?」
ごもっとも。なんかだいぶ前からノーティーが腕輪を付けていなかった気がしたから聞いてしまった。
だが今はどう考えてもそんな状況ではない! もうエルフ達がどんどん集まってきている。左右に数人ずつ、バリアの前に数十人、後ろに六人、空から三人。砲撃はいつの間にか止んでいるが、それは同志撃ちを避けるため。そして今俺達を包囲しているのは先ほどよりも相当強い兵士達だ。
ここまで来たら強行突破しかないが、バリアを一発で破壊できなければ相当苦しい戦いになる。いくらノーティーが集団戦に長けていて、ヴィクトリアが強くても数の暴力というものは簡単にひっくり返せるものではない。
「待て貴様ら! その黒手族の子供を置いていけ、今ならヴィクトリアとそこの人間は許してやる!」
村の長と思われる、いかにも偉そうな風貌をした男のエルフが行く手を阻みながら叫んでくる。高そうな金の葉っぱの紋章が入った服に宝石が入ったピアス。いくらするのだろうか。
「なんだそれ、交渉のつもりか!? いくら扇動されてようが、種族が気に食わないって理由で人を殺そうとする奴に長なんて務まるとは思えないね!」
エルフと黒手族の間に何があったかは知らない。だが少なくともその恨みの原因にノーティーが直接関わっていないのは確かだ。
「仕方ないんですよ。アジテートの扇動ってそういうもんなんですから」
ノーティーがエルフ達を庇うが、それに対してエルフ達は拒絶するようにノーティーに杖を向けた。奴らはまず操られているという自覚がないのだ、ノーティーの言葉は意味不明に聞こえただろう。
「訳の分からないことを言いおって! 貴様らに我々の受けた屈辱の何が分かる!」
村の長は眉間にシワを寄せ、唾を飛ばして怒鳴り散らす。その周りにいる奴らも同じ表情。
「論点がズレてる! 恨みは当事者間で完結させとけって話だ!」
俺は宣言と共に浄化魔法の範囲を最大まで拡張し、エルフ達の魔力を消し飛ばし時間稼ぎをするつもりだった。
しかし、実力だけはあるようで俺の浄化魔法に合わせて相手も攻撃魔法を撃って反撃してきた。
俺の浄化魔法はその性質上、防御が不可能だ。使用者が少ないので未だに対策もしっかりとされていない。
ただ奴らは俺の浄化魔法を一目で見破ったのだろう、すぐさま防御を諦めカウンターをかましてきた。
結局その攻撃もノーティーとヴィクトリアが防いでくれたのだが、結果的に相手に隙を与えてしまった。
「我々をあまり舐めるなよ。見せてやろう、我が奥義を!」
当たり前のように無詠唱で使われる奥義。つくづく年齢の差というものを思い知らされる。
そして次の瞬間。一瞬長の杖が光り輝いたかと思うと、俺の体は制御不能になって地面に倒れ伏した。