17話 食事、それは命の継承
俺は現在、エルフの森の図書館にいる。
既にヴィクトリアの鬼畜な修行に付き合った後なので疲れているが、必要な作業だ。
ちなみに当のヴィクトリアは「挨拶してくる」と言って里のあちこちを歩き回っているらしい。どこにそんな体力があるのやら。
「あった。とりあえず片っ端から読んでくか」
俺は心を癒す魔法について調べていた。普段パーティーで俺は回復役をやっていたが、心は専門外だ。そもそも呪いなどの精神異常の原因を浄化魔法で取り除けば自然治癒したのだから。
そしてメンバーのその後のアフターケアを行っていたのは、今は亡きメンバーのサイだった。
「ふむふむ……ただの精神異常による即効的な治療魔法はない。ダメじゃん!」
振り出しに戻ってしまった。そういえば医者も精神異常はゆっくり治していくという話を聞いたことがある。
俺は諦めきれず、手に取った本を読み進めていく。書かれている内容は治療法についてで、有効な魔法薬などが書かれていた。
「待てよ、一応対処法はあるみたいだ。精神異常になっている時期の記憶を消去もしくは改ざんすることで強引な治療は可能と」
その本にはその方法は非人道的だから、本人の同意が必須であると書かれてあった。
だがそんなことは知ったことではない。こちらはなりふり構ってはいられない。とりあえず記憶を消去する方法で行こう。
「目標は決まった。習得は難しそうだが頑張るしかないな……」
明らかに難しそうな魔法だ。浄化魔法も相当難しかったが、あれは長い年月をかけたから習得できたのだ。
今回はこれを一ヶ月以内に習得しなければならない。誰でもげんなりする。
「現実逃避しよう。次に調べるのは……よし見つけた、この本だな」
俺は八年前に起きたある村の飢饉について書かれた本を取り出す。
一見アジテート対策に関係なさそうなこの本だが、もちろん関係ない。これはただの俺の個人的な興味だ。
「この飢饉で生き残ったのは当時ニ歳の黒手族の少女ただ一人。彼女はその後、偶然駆けつけた男に拾われている」
間違いなく、この女の子こそがノーティーのことだ。
俺が注目したのは、黒手族という彼女の種族。これは非常に珍しい種族で、名の通り影をまるで手足の様に操ることができる種族だ。
以前闘技場で観客がノーティーの影を操る動きをどこかで見たことがあると言っていてピンと来たのだ。
「無遠慮かもしれない。ただ、何があったのかここまで来て見ないわけにもいかない」
俺はページをめくり、当時の情報を探る。そこに書かれていたのは、言葉では言い表せないくらい悲惨な状況だった。
飢えを凌げなくなった人々が残った僅かな食材を求めて殺し合う。実際一番の死因は餓死ではなく他殺だった。
「……ノーティーの両親の死因は他殺か。この本の著者はノーティーの心の中を読んでいたみたいだな、道理でここだけやたら詳細に書かれているわけだ」
ノーティーの両親は彼女の目の前で、不意打ちによって即死させられていた。正確には、父親はノーティーを庇って殺されたようだが。
「その後少女が襲ってきた村人を惨殺。彼らを骨すら残さず食べてしまったって……」
書いてあること全てがおぞましい。ノーティーに対しての恐怖ではない、この状況そのものだ。
「続きがある。その後少女は発見される二日ものの間、亡くなった両親の死体を食べて……ダメだ、キツすぎる」
吐きそうだった。この真実は本人に絶対に伝えてはいけない。そもそも、興味本位なんかで見て良いものではなかったのだ。
「あいつの本名を知るためだったが……思った以上に現場の状況が衝撃的だった」
ちなみに肝心の本名は確認ができ、「リリス•ダークナイト」と書かれてあった。
「リリス。それがわたしの名前ですか」
「ッ!!!!?!?」
突然ノーティーの顔が視界に入り、俺は椅子から転げ落ち、勢いよく頭を打った。
「お、お前いつからそこにいた!」
「いつって……ずっといましたよ、アルツトさん独り言多くないですか?」
「ほっとけ! 自分の考えを纏めるのに必要なんだよ」
独り言が多いのもバレた。普段はメモに書き込むのだが今はメモ帳を小屋に置いてきてしまっていた。
「それはそうと、乙女の秘密を暴くのはどうかと思うな」
ヴィクトリアがぬっと物陰から姿を現す。お前もいたのか。
「まったくですよ。私も知りたかったから良いんですけどね、アルツトさんが調べなかったら自分から調べる予定でしたし」
「その……大丈夫なのか?」
「正直、両親のことなんて覚えてないですし。敵ももう既に死亡しているなら恨みようがないですよ」
「……」
「それに、両親を食べたことは察しがついていました。そんな気がしてたんです」
そう言う彼女の表情を、俺は直視できずにいた。声はどこか寂しげだったが淡々と事実を述べているだけの様にも聞こえた。
「わたしの影を操る力の正体が分かったのも大きいです。元々この力は《悪食》によるものでないという確信がありましたから」
「そうだったのか。俺は最初それも《悪食》の力かと思っていた」
なんというか、影に呑まれる的なものをイメージしていたのだ。
「《悪食》はあくまで自分の体に仮想の消化器官を作り出す力。そこに影を操作する力が加わり拡張して影にもその力を流用できるようになったわけです」
「なるほど、まったく分からん」
俺は腕組みをして自信たっぷりに答える。
「なにドヤ顔してるんですか。つまるところ、影を体の一部として判定しているってことです」
「あっ! もしかしてそれで瞬間移動を?」
先ほどまで顎に手を当てながら考え事をしていたヴィクトリアが突然声を上げる。
「はい、その通りです。あれはかなりの荒技で、予め自身の影を引きちぎって固定しておく必要があるんです」
もしかして、この前闘技場から逃げる時に使用した瞬間移動のことだろうか。たしかにあれは無詠唱だったし違和感があった。
「後はわたし達が影に入って固定しておいた影の方から出てくれば瞬間移動できるって寸法です」
「ワープホールみたいなもんか。面白いな」
つくづく、ノーティーは《悪食》の力に対する造詣が深い。他の魔人がどうかは知らないが優秀だ。
「でも影の力を自覚した今はもっと色んなことができるようになるはず。わたしはもっと強くなりますから」
「黒手族か……えっと……リリスちゃん?」
「ノーティーで良いですよ、ヴィクトリアさんもその方が言いやすいでしょう?」
ヴィクトリアのどこか歯切れの悪い態度に、きっぱりとノーティーはそう言い切る。
「どんな名前でもわたしはわたしです。誰がどう呼ぼうが気にしませんよ」
「そ、そっか……」
ヴィクトリアのどうも上の空のような態度の理由を、俺は聞くことができなかった。
投稿めちゃくちゃ遅れてすみませんでした、今から完結まで突っ走ります