15話 修行前夜の大勝負
「ぐふっ!」
戦闘が始まった瞬間、一瞬にしてノーティーの体が宙を舞った。
「油断大敵。わたしは一発喰らえばおしまいだけど、別に攻撃しないとは言ってないよ」
ヴィクトリアが一瞬でノーティーに接近してアッパーカットを喰らわせたのだ。
卑怯者だ。確かに言ってないが少し引く。
「こ、このおぉ!!」
ノーティーは宙から影を振り回し、ヴィクトリアに向けて何回も打ち込む。完全にヴィクトリアの挑発に乗せられてしまっている。
「落ち着いて攻撃しなよ。《扇動》は挑発なんてお手の物だよ」
「あっ……」
どうやら俺はとんだ馬鹿だったらしい。今回の修行の目的はアジテート対策。何を言われてもされても、冷静さを欠いてはいけない。
「だったら……このババア!」
「オイオイオイオイ!」
挑発し返したみたいだがそれは悪手だ。何故なら戦闘中のヴィクトリアに挑発は通用しないから。
「得た情報を元に思いついたことをすぐさま実行に活かす。とても良いね、読まれやすいけど修行としては最適解だ」
「今は修行じゃなくて勝負ですけどね!」
ヴィクトリアは槍を召喚すると、ノーティーに接近し彼女の身体に振り下ろした。
ノーティーは影でそれを食べ、地面にいくつもの影の顔を作り出した。
「殺す気ですか!? ならこっちも——」
「「「チェイスボム!」」」
影から緑色の光を放った球体がヴィクトリアに追尾し襲いかかる。その数は三つ。
「ふむ、悪くない考えだね。でも防いだらそれで終わりだよね」
ヴィクトリアによって一瞬にして防御魔法が展開され、ノーティーの魔法は防がれてしまった。
「……」
魔法と同時に影を伸ばしていたノーティーは、ヴィクトリアの防御魔法を飴細工のように砕き彼女の胴体へと飛び込んだ。
「性質の違う攻撃での波状攻撃。防御魔法を展開すれば影が、影を避ければ追尾魔法が炸裂する。最高に良いね」
「……弾数が合いません。この魔法は一発に三個の弾を出す魔法。そしてわたしは三発撃ったはずです」
丁度一分経過。後は影がヴィクトリアに届いていたかだが、これは見なくても分かる。
「ヴィクトリアは呪文を破壊する魔法が使えてね。それがなければ勝っていたのは君だった」
結論から言うと、当たらなかった。ヴィクトリアの胴体スレスレで影は止まってしまっていた。
「最後の一撃、君は手加減をしたね。ヴィクトリアが殺されることを恐れたのかな」
「……そりゃわたしの攻撃は必殺ですから。概念強度を参照している以上、肉体は絶対に貫かれます」
「じゃ不正としてヴィクトリアの負けだね。君に説明するのを忘れていたけど、アルツトくんなら即死じゃなきゃ大体なんでも治せなちゃうんだよ」
ヴィクトリアは結界を解除して俺達を置いて歩き出した。
「納得できません! 今のはどう考えてもわたしの負けです!」
「いいや、最初から負けたくなくて思いっきり殴りかかったからね。その辺も反則スレスレだし、また修行が終わった後にやろう」
「まあそれなら良いですよ。次は負けませんから」
こうして謎の勝負が終わり、俺達は修行場所に着いて一休みすることにした。
「ノーティー、君の魔法の腕前は非常に高いね。野良の人間とは思えない」
「昔、義理の親に叩き込まれましたから。未だにお二人の使う無言魔法の使い方は分かりませんけど」
修行場所のすぐそばには小屋があり、俺達はそこでくつろいでいた。二人はというと、先ほどの勝負の感想戦をしていた。
「無言魔法はいくつかやり方があるんだよ。ただ基本リスクを孕むから、教育機関でも教えるところは少ないんだ」
この話は俺にも身に覚えがある。学校ではやり方こそ教えてもらったが、使用は禁止されていた。
「へぇ、どんなのがあるんですか?」
「うーん、正直君は影を利用した複数詠唱が行える時点で説明する必要を感じないな。どうしても気になるならアルくんに教えてもらって」
「む、なら良いです。アルツトさんの方は予想がついてますから」
ノーティーはベッドから転がり落ちて床へと寝転がる。完全に自分の家と化している。
「分かるか、まあ単純な仕組みだしな」
「ヴィクトリアさんのも原理は分かります。真似は無理ですが」
「分かるんだ。君は魔力探知が上手なんだね」 実を言うと俺は一切ヴィクトリアの無言魔法の原理を分かっていない。
魔力探知ということは、魔法を封じ込めたものを予め持っているとかそういうものなのだろうか。
「自分で言うのもなんですが、魔力探知に関しては誰にも負けませんから」
「そりゃ頼もしいね。では修行は主に実戦と体力作りかな、魔法の方は自主学習にして質問する感じにしよう」
ヴィクトリアはというと、テーブルでメモ帳に修行の計画を書き込んでいた。
こうして横から見ていると、なかなかどうして様になる。
「分かりました。戦闘の方はどうでしたか?」
「君は圧倒的に経験不足だね。スタイルは悪くない、君の体格、能力からして下手な防御はかえって危険だ」
「でしょうね。回避と迎撃に徹します」
「後は挑発に気をつけて。それが原因で致命的なミスを犯しかねない」
「……はい」
ノーティーの顔が曇る。拗ねているのとは違う、これは……後悔だ。俺もよく後悔しているから分かる。
だが彼女は何を後悔しているのか。それは分からなかった。
「とにかく明日から頑張ろうな。俺も修行は付き合うよ、調べ物もさせてもらうけど」
「是非そうしてほしい。君も鈍ってそうだからね」
「はは……」