6話
俺は記憶を頼りに薄暗くなった街の中で宿屋を探す。しばらく歩いていると、石庭に囲まれたお洒落な木造建築物が見えてきた。外観、雰囲気としては和風で日本の旅館を彷彿とさせる。看板には緑風荘と達筆な文字で大きく書かれていた。
ゲーム通りの名前だし、ここで間違いないだろう。
(運営よ、ちょっと世界観が違うんじゃないかこれは……でもまぁ結構でかいし、期待はできそうだ)
俺はその建物に近づいていくと、シンプルな装飾が施されたドアを押し開ける。ロビーに入るとそのまま受付カウンターへ向かった。
受付の人は和服を着た綺麗なエルフの女性で、長い銀色の髪が顔を縁取り、静かな優雅さを放っている。
(おぉ、亜人種だ!ここにきてから初めて見るなぁ……エルフはプレイヤーたちから人気な種族で、よくキャラクター人気部門を独占してるイメージがある。てか、高級な場所とか初めてだから緊張するわ)
俺は深呼吸を一つして「あの、ここに泊まりたいんですが……」と言った。
すると彼女は「はい、泊まりのお客様への料金は一晩で5万Gになります。2階にある食堂は朝と夜のみ提供しておりまして、当宿の温泉は24時間ご利用可能です」と説明してくれた。
(ちょっと高いけど、温泉あるのは最高だな。ここにしてよかったー)
俺は満足げに頷いて受付を済ませる。
そして鍵を受け取って部屋まで行こうとすると、すぐに別のスタッフがきて案内してくれた。部屋の前まで着くと、こちらに向き直ってくる。
「ご不明な点があれば、机の上に当宿の地図と施設の内容を記載してありますのでご一読ください。それでは、お客様。どうぞ静謐なひとときを」
そう言って丁寧に頭を下げるとスタッフの人は去っていった。それを尻目に俺は部屋のドアを開ける。
するとそこには広々とした趣のある空間が広がっていた。木製の家具、床暖房、そして無駄にでかいフッカフカのベッド。正直想像以上だ。
「おぉ……すご」
俺は感動しながらベッドまで歩いて腰掛ける。窓から外を見るともう完全に陽は落ちて暗くなっていた。お腹も空いてる感じがするので、そろそろ何か食べたくなる。なので俺は食堂へ向かうことにした。場所は受付時に聞いているので、迷わずに行くことができる。
到着したらスタッフに席へ案内されメニュー表を渡された。それを受け取ると俺はペラペラとページを捲り、どんな料理があるのかを見ていく。
__________________________
オーク肉の唐揚げ、マジックマッシュルームのチーズリゾット、フェニックスの辛味焼き……etc
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(フェニックス……第35層のボスで見た目凄いかっこいいんだけど、料理になってるのなんか不憫だなぁ。てか魔物料理ってフレーバーテキストに味の詳細は書いてあったけど、実際どんな味がするんだろう?楽しみだ)
俺はワクワクしながらフェニックスの辛味焼きと、マジックマッシュルームのチーズリゾットを注文する。紙に料理名を書き、呼び出しボタンを押して渡すだけなので非常に楽だ。
待ち時間が暇なので、俺は適当なドロップアイテムを取り出して弄ぶ。
(ゲーム内だと特定のもの以外、何の意味もないドロップアイテム。でも、今はこうして自由に扱えるんだよな。発想次第では、どこかで使えるかもしれない)
そんな考察をしていると、ふいに声をかけられてハッとする。
「お待たせしました。フェニックスの辛味焼きとマジックマッシュルームのチーズリゾットでございます」
「あ、ありがとうございます……」
料理人らしき人が静かに二つの皿とスプーン・フォーク・ナイフの入った容器を置く。
想像通りというか、フェニックスは見た目も匂いも完全に鶏肉と化していた。赤茶色をしたその身はパリパリの皮で覆われていて、振り掛けられた緑色の香辛料がその匂いを引き立てている。
続いてマジックマッシュルームのチーズリゾットだが、一見するとただのチーズが沢山入ったリゾットに見える。しかし、よく目を凝らすとそこには色とりどりのマッシュルームたちが混入していた。その独特な見た目からは味の予想なんてできそうにない。
「いただきます……」
静かに手を合わせるとフォークとナイフを手に取り、まずはフェニックスの辛味焼きから口へ運ぶ。恐る恐る咀嚼するとパリッとした食感がし、次いで辛味と肉汁が溢れ出して舌を刺激した。
辛さの中にはほんのりと甘さが感じられ、それが肉の柔らかさ・スパイスのパンチと見事に調和している。その絶妙なバランスが俺の食欲を駆り立てた。
(うめぇ!なんだこれ、止まらないぞ)
テーブルマナーなど気にせず夢中になって食べていると、いつの間にか半分ほど消えていることに気づく。そこで我に帰り手を止めた俺は、次の料理へ移った。
(これ本当に食べて大丈夫か?)
香り自体は美味しそうだが、カラフルなマッシュルームが危なそうな雰囲気を漂わせている。俺は少し躊躇うが、意を決してスプーンで掬った。
パク
口に含んだ瞬間、口の中で米粒が溶け出すように広がり、クリーミーなチーズが舌を包み込む。そのまま噛むとコリッとした食感と共に、香ばしいキノコの風味がふわっと立ち上った。チーズのコクとマジックマッシュルームの風味が一体となり、あたかも森を歩いているかのような感覚に陥る。
(カラフルでなんかやばそうな感じだったけど、ただの美味いキノコじゃん……)
そう思いながらも俺は料理を完食したのだった。
お腹が膨れた俺は早速楽しみにしていた温泉へ向かうことにした。時々地図があったりするので、それに従って進んでいると【温泉】と書かれた看板が見えてくる。
俺はその看板を通り過ぎると、当然男湯と書かれた暖簾を潜った。
(やっぱここだけなんか世界観違うんだよなー。京都に高層ビルが建ってるみたいな感覚だ。たまに運営の趣味混ざるんだよなアヴァロンオンラインって)
◇◆
温泉から出て、部屋のベッドで仰向けになった俺は眠たげに目を擦る。温泉自体は室内と外に分かれていて、特に露天風呂が景色も良くて満足できた。
疲労度は回復しないとステータスダウンが発生するからこうして体を休めるのは重要だし、これからもここに泊まることにしよう。
「早く寝るか」
俺は布団に包まると横向きになる。色々なことがあって気疲れしてる影響かすぐに意識が沈みだした。
(明日はDランクが行ける限界、第13層の『星霜の石筍迷宮』へ行こう。早くランク上げたいしな……)
欠伸をしながら目を閉じると、ベッドがふかふかなこともあり速攻で眠りに落ちたのだった。
『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方は、よければ感想・ブックマーク登録・広告の下辺りにある☆☆☆☆☆から評価をお願いします。大変励みになります。