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マサユメ

作者: 伊藤テル

・【現実】


 いつもの学校の帰り道、部活帰り、家までは走って帰ることが日課だ。

 私は止まっていられない。みんな日々成長している。

 立ち止まったらレギュラーなんて、すぐ取って代わられてしまう。

 まず誰よりも走り切る、走り勝つ。

 走ることが全てのベース、だから止まってはいられなかったのに。

 私は決して身長の高いほうではないけども、それでも天井が近く感じる歩行者専用の狭いトンネルを抜けると、あともう少しで私の家。

 本当はこんな近道を通るよりも、練習だと思って遠回りしたほうがいいのかもしれないけども、今日はどうしても見たいテレビがあるから仕方ない。

 今を時めく超人気アイドル”ボイスドア”が番組オリジナルのゲームで対決する番組。

 最近クラスのみんなは恋に忙しいみたいで、こういうテレビを観なくなってきたらしいけども、生憎私や部活のみんなは、恋をする暇が無くて、こういうテレビで補っていく。

 寮のみんなもこの番組だけは観させてもらっているらしい。

「観ないと会話についていけなくなっちゃう!」

 とつい、デカい独り言を発した直後に起こった。

 誰も通らないようなあの狭いトンネルの出口に一人の男が立っていた。

 その男は明らかに私を待っているようで、何だか気味が悪くて、目線を伏せずにはいられなかった。

 貴方のことは全く認識していないですよ、というような感じで私はその男の横をスッと通過しようとした時に、感じた体の違和。

 何かが自分から出ているような。

 さっき緊張して唾を飲み込んだけども、出す行為はしていないはず。

 それとも緊張でおもらしでもしてしまったのだろうか、お恥ずかしい。

 いや、部位が違う、下半身というよりは上半身……と言うほど、上じゃないけども、腰なのかな、脇腹なのかな、脇腹だ。

 私の脇腹からは血がゴポゴポと溢れ垂れていた。

 その脇腹を見た瞬間に痛みがあることに気付いた。

 恐怖でその場に座り込んでしまった私。

 走らないと、逃げないと、何のための運動神経だ、こんな日のための運動神経じゃない、私は女子サッカー部のエースで、点を獲るための運動神経だ、前線から守備するための運動神経だ、そういうことじゃない、そういうことじゃない! どうしたの? 何が起こったの? 脇腹よりもギシギシと軋む心臓の音、あんなに自慢だった脚が委縮して、しぼんで無くなってしまったよう。

「殺される」

 否、

「殺された」

 もう私は死ぬんだ、このまま死んで消えていくんだ。

 たった一回の何かで私は死んでしまうんだ。

 今までの努力がたった一回の何かで消えてしまうんだ。

 どうして、どういうこと、憎い、誰だかわからないこの男が憎い、せめて顔ぐらいは見たい、顔を見てなんとか呪ってやるんだ、人の呪いかたなんて知らないし、悪霊のなりかたなんて分からない、でもやってやるんだ、なんとか悪霊になり、この男を呪ってやるんだ、死に際の形相で、火事場の馬鹿力で、魂のラストパスで、首を動かし、ルックアップし、この男の顔を見た時、私は座っているのに、さらに腰から崩れ落ちた。

 その男は私をとても心配した表情で見ていたのだ。

 えっ、私を刺したのはこの男だよね? それとも犯人は逃げ去って、別の男が私に駆け寄ってくれているの?

 その男は眉毛を八の字に曲げ、おろおろと挙動不審な動きをし、どうしたものかと焦っているような表情だった。

 そしてその男はこう声を掛けてきた。

「死ぬんじゃねぇぞ! 絶対死ぬんじゃねぇぞ!」

 誰、今、私の目の前にいる人は誰なの、どっちなの、私に何かした人なの、それとも別の男なの、私は歯をガタガタとしながら、震えていると、その男は泣きだした。

「おい! 死ぬんじゃねぇぞ! 死んだらダメだからな! なんとか生きてくれないとダメだからな!」

 別の男だ、きっと助けを呼んで、私の気をしっかりと持たすために、声を掛けてくれるんだ。

 あっ、私、助かるんだ、心臓から血が出ているわけじゃないから、きっと助かるんだ。

 心臓はまだ軋めている、やった、助けを呼んでくれたんだ。

 ダメダメ、この人は呪っちゃダメ、そもそも私は悪霊になんかならないから。

「ここで死んだらマサユメにならねぇからなぁっ!」

 ……えっ?

「おい! 死ぬんじゃねぇぞ! クソ! やわいヤツだな! 死にそうじゃねぇか! ナイフで刺しただけで、こんなんなるとは! クソ! クソ女! 死ぬんじゃねぇぞ! カス!」

 ……どういうこと……えっ……理解、できない……。

「オマエは俺のために死ぬんじゃねぇぞ! 全てのことをマサユメにしていかないとダメなんだ! 全てのことをマサユメにしていけば、きっと、俺が常盤紗耶香ちゃんと結婚する夢もマサユメになるんだ! そうだろっ? オマエも俺が常盤紗耶香ちゃんと結婚するところ見たいだろ! なぁ! なぁ! だから死ぬなよ! 絶対死ぬんじゃねぇよ!」

 ……。

「三ヶ月後、俺が殺してやるからな」

 ……遠のく意識、いっそ私は死んだほうがいい。


・【病室】


 気付いた時、私は病室のベッドの上にいた。

 お母さんやお父さん、上京したはずのお兄さんもいて、天国かと思ったが、ここから私の地獄が始まった。

 いや、地獄を始めたんだ。

 地獄をただの人生に戻すため、地獄を始めたんだ。

 そんな簡単に天国へ行かないために。

 刺された箇所は手術で治し、経過良好。

 すると私と話がしたい人がいるという話。

 警察だ。

 心身共に回復したから、話が聞きたいということだ。

 心身共に回復してねぇよ。

 犯人の顔はハッキリ覚えていた。

 犯人の言っていることもハッキリ覚えていた。

 犯人の言っている意味は全く理解できなかった。

 常盤紗耶香。

 年頃の女性はみんな”ボイスドア”が大好き。

 じゃあ年頃の男性は……みんな”常盤紗耶香”が大好き。

 女優もやりつつ、グラビアもやっていて……きっと、えっちな人だ。

 クラスのモテない連中はほとんどみんな常盤紗耶香が好きで、だからモテないんだと思う。

 そんなことよりも、毎日、さわやかに汗を流している女子サッカー部のほうがカッコイイのに。

 まあ、ささやかな敵対視。

 眼中に無い敵対視というところだ。でも急にその常盤紗耶香が心配になった。あんな男がこの世にいるなんて。

「心配ですね」

 警察は三人来た中で、一番男臭い、毛むくじゃらの警察官がそう言った。

 そりゃそうだ、アンタらもきっと好きな常盤紗耶香が危ない男に……。

「三ヶ月後、いやもう一ヶ月半後か、その時に貴方を殺しにくるなんて、絶対阻止しないといけませんね」

 不意を突かれたけども、確かにそうだ、人の心配なんてしている暇ない。

 そうだ、私はこんな殺されそうになったのに、今度は本当に殺されるかもしれないんだ。

 怖くなってきた。

 心身共に回復してねぇよ。

 いっそのこと私を牢屋に入れて。

 でも現在の日本はそんな法律になっていない。

 どんなに私が緊迫した状況でも法律を変えることはできない。

 法律は人を守るためにあるわけではない。

 法律は世界を守るためにある。

 この不安定な、まるでゼリー状の世界を、なんとか凝固するための法律だ。

 きっと、こんな私を殺そうとする人間は、法律を逸脱したバカだ。

 そして、こんな私を助けるような人間も、法律を逸脱したバカだ。


・【バカ毛むくじゃら】


「華の女子高生と一緒に歩かないでよ! 付き合ってるみたいじゃんか!」

 私は、周りに人がいなくなったタイミングで、この私の隣を歩いているバカ毛むくじゃらを鞄で叩きながら罵った。

 このバカ毛むくじゃらは警察官らしいけども、犯人を威嚇させ過ぎないように、と私服を着ている。

 それがすこぶるダサいのだ。

 大きく鬼と書かれたTシャツとチノパン、そして中学生がしているような蛍光色のウェストポーチ。

 もうダサすぎてヤバイ、と思いながら震えていると、バカ毛むくじゃらは少し真面目な面持ちで、

「夢見る少年Aは、並の犯罪者じゃない。こうやってずっと一緒にいないと篠塚京香は本当に殺されてしまうぞ」

「ビビらすなよ! 殺されてしまうとかなんだよ! こっちは忘れようとしてんだよ! あとフルネームで呼ぶな! バカ毛むくじゃら! 警察呼ぶよ!」

「ハハッ、呼ばれたら知り合いが来て、話が盛り上がってしまうな」

「何がおかしいんだよ! 私は別に望んでねぇからな! ボイスドアのメンバーのようなカッコイイ男ならまだしもよぉっ?」

 と私は睨みながら、バカ毛むくじゃらの顔を見上げると、

「あぁ、あのゲームの男たちか……俺はあの男たちよりも動けるぞ!」

 一丁前にバック宙を決めるバカ毛むくじゃら、ボイスドアのアクロバット担当・翔くんかよ、そのドヤ顔がすげぇ腹立つ、何がそんなに嬉しいんだ、久々成功したのかよオラ。

 あとゲームの男たちってなんだよ、アイドルだよ、テレビゲームしてるガキじゃねぇんだよ、というか見た目を言ってたんだよ、こっちは、動ける度の話はしてねぇんだよ。

 そんな私の気持ちは露知らず、バカ毛むくじゃらは自慢げに、

「それに俺はカッコイイだろう」

「どこがだよ! バカ毛むくじゃら!」

 とハッキリ悪口を言ってやると、バカ毛むくじゃらはあごひげを触りながら、

「ダンディズムだろう」

「手入れしてねぇだけだろ!」

「というか年頃の女性がそんな口の利き方をしてはいけないぞ、篠塚京香」

「フルネームやめぇい!」

 と私が強めに言うと、バカ毛むくじゃらは少し考えた表情をしてから、

「……京香ちゃん」

「セクハラで訴えるぞ!」

「セクシーなダンディズムでゴメンね」

「マジ警察呼ぶぞ……」

 私が本気で睨むと、

「……申し訳御座いません、篠塚さん」

 と頭を下げたバカ毛むくじゃら。

 私はこんなバカ毛むくじゃらに、一日中付きまとわれることになってしまったのだ。

 しかも親公認だ。学校も公認で、部活のみんなからも公認されている。

 コイツの周りには味方ばかりしかいないという、なんてヤツだ、犯罪者だ。

 一応、立石豪太という名前があるらしいが、バカ毛むくじゃら以外の名前は無い。

 というかまだ一ヶ月半後だぞ、私が殺されるの。

 逆を言えば、一ヶ月半の間は私に何もしてこないというわけだ。

 何でこんな付きっ切りにされなきゃいけないんだ。

 そんなことを思っていると、まるでこの思っていることが筒抜けのようにこう言ってくるんだ、このバカ毛むくじゃらは。

「別の夢を見れば、また何かしてくる可能性があるからなぁ。特に一度関わった人間は記憶に残るだろうし、また夢に出る可能性もある。頼む、篠塚さん、俺に守らせてくれ」

 人生に一度きりのヤツか、プロポーズか、何でこんなバカ毛むくじゃらと一緒にならないとダメなんだ。

 でも私は断れない、断れない状況になってしまった。

 周りから公認固めをされたからだ。

 地獄のレールに乗った私、一ヶ月半もこのバカ毛むくじゃらと一緒なのか、嫌だ。

 一ヶ月半は思ったよりも長い。

 だったら終わらせてやる。

 私が捕まえてやるんだ、あの夢見る少年Aとやらを。

 ちょうどバカ毛むくじゃらという、下僕が私についている。

 コイツと共に積極的に自ら戦うんだ。

 勝算は無いこと無い。

 それは一ヶ月半、手を出してこないという犯人が決めたルールだ。

 バカ毛むくじゃらは死ぬかもしれないが、犯人は期日まで私を殺そうとはしてこないばかりか、一ヶ月半後に殺すという話なので、きっと見た夢の通り、それ以外の時に私へ何かしてくることはしないだろう。

 つまり、私が一方的に犯人を攻めることができる。

 私の運動神経はこんなことするための運動神経ではなかったが、もう部活動もする気は起きない。普通の生活をする気が起きないんだ。

 私の体はナイフで刺された箇所が早く治るための体ではなかったが、早く治ったのならば何か行動を起こさないと、生きていける精神状態じゃない。

 私は伝えた、バカ毛むくじゃらに今の思いを。

 自ら捕まえに行きたいという思いを。

 バカ毛むくじゃらはバカでありきたりなので「危険だ」と言った、でも、たとえ止められたとしても私は止まらない。

 最終的にはバカ毛むくじゃらを黙らせた。

 SNSとか駆使して、情報を集めて、絶対私が捕まえてやるんだ。

 犯人の言いぶりから考えれば、見た夢、見た夢、マサユメにしていくはずだ。

 ということは奇々怪々な出来事が、これからもどんどん起きていくだろう。それを追って、追って、捕まえてやるんだ。


・【事件】


 とある日、バカ毛むくじゃらと軽く公園をジョギングしていると、バカ毛むくじゃらに情報が入った。

「情報だ、間違いない、夢見る少年Aだ。東区交差点に机が投げ込まれたらしい。今すぐ行くぞ」

 私とバカ毛むくじゃらは急いで東区交差点へ向かった。

 走りながらバカ毛むくじゃらは喋る。

「東区交差点にある陸橋の上から学校で使う机が投げ込まれたらしい。それにより、下を通過していた車の運転手がパニックか、それとも直接机が当たったかして、事故を起こした。ここから東区交差点は近い、まだ犯人が近くをうろついているか、次の夢の内容があるかもしれない、とにかく急ぐぞ!」

 私とバカ毛むくじゃらは走る。

 私は普通の男よりも足が早いと自負しているが、この男は取り立てて足が早い。

 護衛対象である私を置いてきぼりにする気か、というくらい、ぐんぐん離されていく。

 まあまだ一ヶ月半あるから私が殺されることはないんだけども。

 それにしても仮に自動車に机を当てたとして、そんなちょうどのタイミングで当てることなんて人間ができるのだろうか。

 犯人は本当に人間なのだろうか。もっと特殊能力があるような、非科学的な人間じゃないのだろうか。

 それなら打つ手は無いが、でももしそれなら私を刺した時に、あんな心配そうな顔をするはずないとも思った。

 あの心配そうな顔こそ、人知を超えたことができない、普通の人間を表現する顔だった。

 本当に死んでしまったらどうしよう、と、焦る、普通の人間の顔だった。

 先に東区交差点に着いたバカ毛むくじゃらは、さすがに毛むくじゃらかどうか分からないほどの大きさで、棒立ちしている。

 私もなんとか追いつき、光景を見ると、そこは、この世のものとは思えなかった。

 角地のガラス張りのビルに突っ込んだ赤い自動車を、より赤く染め上げる血。

 正しい腕の曲げ方向がゲシュタルト崩壊するほどに、どこかへ曲がった腕で倒れ込む、道を歩ていただろう人たち。

 凄惨な大事故だ。

 脳内で状況を描写してしまったところで、私は吐いてしまった。

 すぐに私の目を覆ったバカ毛むくじゃらは本当にバカ、遅いよ、もう私、吐いちゃってるよ。

 私はこんなことをした犯人に狙われているなんて、もう嫌だよ、と思った時、ここで、一つの仮定が浮かんだ。

『私が死ねば、犯人の計画は狂って、こんなことをしなくなるのでは?』

 私を近くのベンチに座らせたバカ毛むくじゃらは、通報と、倒れている人たちへ緊急手当てを行い始めた。

 その目を盗んで、私はどこか高い建物の上へ昇った。

 非常階段をゆっくり登っていく私。

 急ぎたいけども、もうそんな気力も無い。

 ただただ前にあった階段を登っていくだけ。

 そうやっていても、いつかは屋上に着くもので、ちょうど屋上のドアは開いていて、この生と死のヘリまで足を運べた。

 私の爪先はもう空の上にあって、この踵が空を切った時、私は落下していく。

 私がここで死ねば、きっと犯人の計画は狂う。

 私がここで死ねば、マサユメではなくなる。

 私がここで死ねば、否、私が既に死んでいれば、あんなことは起きていなかった。

 私のせいで、私が生きていたせいで、あんなことが起きてしまった。

 さようなら、長くて短かった、狭苦しくて広かった日々。

 私の踵はもう建物の上にはありません。

「死ぬんじゃねぇ!」

 誰かが叫びながら、私の腕を力強く掴んだ。

 男の人の声、もしかすると犯人かもしれない。

 私は上を見ると、そこにはバカ毛むくじゃらがいた。

 バカ毛むくじゃらは叫ぶ。

「何してんだよ! 何がしたいんだよぉ!」

 そう言いながら私を屋上に戻した。

 バカ毛むくじゃらはさっきよりも大声で、

「急にいなくなって! 周り見渡したら! 非常階段を登っている篠塚さんが見えて! 間に合って良かったなぁ! おい!」

 知らない。

 間に合ってよかったのかな。

 私が生きている限り、危険な状況は続くんじゃないかな。

 段々私の視界はおぼろげになっていった。

 ボロボロと風景が零れ落ちていくような感覚。

 そんな私にバカ毛むくじゃらは、

「泣くんじゃねぇ! 泣くならそんなことするんじゃねぇ!」

 と声を荒らげたので、私はそれよりも強い声で、

「そうじゃない!」

「どういうことだよ」

「私が生きているせいでこんなことが起きているんだ! 私が死ねばマサユメは狂う! だから私が死ねばこれ以上の被害は出ないんだよ!」

「俺はそうとは思わない。結局篠塚さんが死んだところで、また別のマサユメを見たと言って凶行を繰り返すはずだ」

「じゃあ何っ? 私はおとりなのっ? 私を生かして、一ヶ月半後、私に夢見る少年Aが近付いてきたところで捕まえる算段なの! 何それキモイよ……」

 バカ毛むくじゃらは俯き、ゆっくりと語りだした。

「警察内にもそう考えているヤツもいることは事実だ。でも俺はそうじゃない。俺は篠塚さんの言った積極的に捕まえに行く案を採用している。一ヶ月半後になるまで篠塚さんはある意味無敵だ。勿論俺が最初に言った通り、別の夢を見ることもあるが、一ヶ月半後と決められている以上、篠塚さんは一方的に夢見る少年Aに攻撃することができる。だから俺は篠塚さんと一緒に居て、早く夢見る少年Aを捕まえようと思っている」

「何それ……バカじゃないの……警察内にそういうヤツがいることも、バカ毛むくじゃらが狙われている一般人と共謀して犯人を捕まえようとしていることも、オフィシャルで私に言っちゃいけないことなんじゃないの……?」

「そうだな、前者も後者もアウトだが、後者は絶対言わないといけないと思っていた。俺は篠塚さんの意見を尊重する。一緒に闘おう」

 そう言って手を差し出したバカ毛むくじゃら。

 何それ、私、さっき自殺しかけたんですけども。

 そんなヤツとすぐ握手しようとするなんて、やっぱりバカ過ぎる、というか正直狂ってる。

 だから信用できると思った。

 こういう状況では狂ってる人間のほうが力強いと思うから。

 まあ結局狂ってる犯人には狂ってる味方でしか対抗できないしね。死ね、犯人。私が殺してやるからな。

 私はバカ毛むくじゃらと握手をした。

 その直後だった。

 バカ毛むくじゃらは小声で、でも力強く精がこもった声で、

「どんな時でも絶対離さないからな」

 と言った。

 正直バカ毛むくじゃらは手汗がすごかったので、ぬるぬる離れそうだろとも思ったけども、まあ信じてやるかな、とも思った。


・【連携】


 あれから私とバカ毛むくじゃらは筋力アップ、さらには連携技を覚えていった。

 仮に夢見る少年Aと対峙した時、相手はきっとナイフを使うだろう。

 その時の用心に、戦闘に慣れていない私をかばいながら闘う方法を練習していった。

 攻撃というか前線は、期限が来るまで夢見る少年Aから攻撃されないだろう私で、防御はバカ毛むくじゃら。

 私たちの連携技を本番でも出せるように徹底した。

 そんな二週間後、また事件の連絡が入った。

 しかも今回は夢見る少年Aが歩いているところを見た、という事件になる前の段階。

 絶対食い止めてやる。

 そう思いながら私とバカ毛むくじゃらは近くに止めていた自動車で現場へ直行した。

 するとそこには、挙動不審に周りをキョロキョロする、大きな豚肉の塊と思われるモノを持った夢見る少年Aが歩道近くでうろうろしていた。

 どうやらタイミングを見計らって、車道にあの塊を投げ込み、また混乱を産ませようとしているみたいだ。

 近くに自動車を止めて、バレないように後ろから近づく私とバカ毛むくじゃら。

 さて、どうやって捕まえるか。

 周りには関係無い通行人がいる。

 変に夢見る少年Aを逆上させて、周りに被害が出てしまったらいけない。

 どうにかして通行人を捌けさせなければ、と思っていた刹那、バカ毛むくじゃらが叫んだ。

「ナイフを持った人間がこっちに来てるぞー! 向こうに逃げろー!」

 その瞬間、通行人たちはバカ毛むくじゃらが指差した方向に走って逃げ始めた。

 夢見る少年Aも面食らってしまい、どうすればいいか分からず、おろおろしてから、持っていた塊をその場に置いて夢見る少年Aも向こうへ走り出した。

 そのおろおろしていた時間が格好だ。

 バカ毛むくじゃらの身体能力は高い。

 みるみる追いつき、そのまま捕らえるかと思ったところで、夢見る少年Aはバカ毛むくじゃらに気付き、催涙スプレーを放った。

 何かを取り出した動作に気付いたバカ毛むくじゃらは咄嗟に躱したと思えたが、ちょっと食らってしまったようで、その場で立ち止まった。

 その瞬間に、夢見る少年Aは案の定ナイフを取り出して、バカ毛むくじゃらに躊躇なく襲い掛かった。

 バカ毛むくじゃらはなんとか間一髪で躱した。

 その間に私が追い付くと、夢見る少年Aはこう言った。

「オマエは何なんだ! 一ヶ月後に殺してやるから待ってろよ!」

「オマエのほうこそ何なんだよ! というか待つわけないじゃん! 私がオマエを捕まえる!」

 私とバカ毛むくじゃらは並んで立ち、連携技の態勢に入った。

 バカ毛むくじゃらは私の背中の服を掴み、危なくなったら引っ張るという連携技だ。

 私が攻めのため近付くと、思った通り夢見る少年Aはナイフを引っ込めたので、私は思い切り、夢見る少年Aの足を蹴った。

 その時に私は気付いた。

 この夢見る少年Aはかなり体を鍛えている、と。

「バカ毛むくじゃら! コイツ、強いぞ!」

「そんなことはもう大体分かっている。だからの連携技だ」

 最初、連携技を作る時、挟み撃ちにしたほうがいいのでは、と私が提案したことがあった。

 しかしそれにはバカ毛むくじゃらがNoと突きつけた。

 理由は逆上して、私のほうから無我夢中で突破しようとしたら、かばえない・止められない、となったからだ。

 そう説明された時、確かにそうだと思ったので、私とバカ毛むくじゃらは歪のようだが、一応理に適っているこの連携技を考え付いた。

 夢見る少年Aは叫ぶ。

「クソ! そっちのデカいジジイを殺せばいいだけだ!」

 そう言いながら、ナイフを前に突き出し、小刻みにステップを踏みながら、顔を狙ってナイフを動かす。

 それをバカ毛むくじゃらは躱しつつ、ここぞというタイミングで、足でナイフがあるほうの手を払い、そのタイミングで私が夢見る少年Aの股間を蹴った。

「ぐっ!」

 と声を発し、私のほうを見てきたので、すぐさまバカ毛むくじゃらが背中の服を引っ張って、私を後ろに下げた。

 そんな私を見ながら夢見る少年Aが、

「何でそんなことをするんだ! 夢と違う!」

「元々現実の私はこうなんだよ!」

「夢の通りになれよ! 夢の通りにならないとダメなんだよ!」

「じゃあもう終われよ! こんなこと!」

 でも言葉が通じる相手じゃないことはもう行動から分かる。

 夢見る少年Aは私のことを睨みながら、

「死なない程度に傷つける!」

 と言ってから、私にも攻撃をしてくるようになった。

 だが正直そっちのほうが好都合だった。

 的が二つになると集中が分散して、攻撃が二兎追う者は一兎も得ずになり、私たちは死ぬほどこの連携を練習してきたので、巧く躱し、要所要所で攻撃を与えていった。

 ついにはその場にうずくまった夢見る少年Aに、私はあとは脳天をカカト落としするだけだと思って、近付いた刹那、何かが光ったような気がした。

 そう思った時には、私は後方に吹き飛ばされていて、一体何なんだと思った。

 火薬の香りと禍々しい煙、えっ、爆弾? と思った時には、夢見る少年Aとバカ毛むくじゃらがその場で倒れこんでいた。

 あっ、救急車呼ばなきゃ。

 そう思って私はすぐさまスマホで緊急連絡をした。

 救急車が来るまでの間、私はバカ毛むくじゃらに近寄った。

 すると私より先にバカ毛むくじゃらが声を振り絞るように喋り始めた。

「良かった……後ろに引っ張ったの間に合ったみたいだ……」

 私は爆風で飛ばされたと思ったら、バカ毛むくじゃらに助けられていたのか、というか!

「待てよ! 絶対離さないと言ったじゃん! そんな声出すんじゃねぇよ! 死ぬんじゃねぇよ! バカ毛むくじゃら!」

「それは篠塚さんが死ぬなという意味だよ……俺はどうでもいいんだよ……」

 そう言った直後、ガクッと首を地面に落とし、完全に動かなくなったバカ毛むくじゃら。

 ちょっと、ちょっと待てよ!

「ちょっと待てよ! 私を離すんじゃねぇよ!」


・【エピローグ】


「ほら、俺、ボイスドアより生命力に溢れているだろ?」

 病室のベッドに座りながらも、嬉々として笑っているバカ毛むくじゃら……。

 いや、というか、

「ボイスドアの良さは生命力じゃないから、イケメンさだから」

 と思いつつも、今のバカ毛むくじゃら、いや、まあ、えっと、立石を見ていると、つい頬が赤くなってくる。

 いや別にそういうのじゃないけども、そういうのではないんだけども、

「毛、剃ったんだな」

「というか剃られてしまったんだよ、病院では清潔にしていないといけないとかで。手術の時も体毛が邪魔だったみたいで。せっかくの俺のダンディズムがさぁ」

「いややっぱり汚かったんじゃん、毛むくじゃらは。清潔にしないといけないを理由で剃られるんならば」

「いやダンディズムなんだけどな」

 何でそんな曲げないんだよ、体毛はあんなに縮れて曲がりくねっていたのに。

 というかイケメンなのかよ、ヒゲや体毛無くなったらイケメンなのかよ。

 とか考えていると……立石は笑いながら、こう言った。

「そうそう! 俺は篠塚さんに言わないといけないことがあるんだ!」

「えっ、急に何?」

 と平静を装って返事したけども、内心、心臓が高鳴ってきた。

 いやまあ私が思っているような告白とかじゃないよな……いや急にイケメンになったとしても、命の恩人だとしても、私にはボイスドアという心に決めた人がいて……でも、それよりも、あの、えっと……。

「篠塚さん、何を顔真っ赤にしているんだ。風邪でも引いたのか? 俺の隣にベッド持ってきて休むか?」

「まだ早い!」

「まだ早いってなんだよ、まあいいや、俺さ」

 いや早い、告白は早いって、まだもうちょっと友達として関係を続けてから……。

「犯人逮捕に篠塚さんを巻き込んだことによって、警察クビになるわ。笑っちゃうよな! 犯人捕まえたのに!」

「……えっ?」

「でも大丈夫、篠塚さんの部活の顧問とも俺仲良くなってさぁ、過去に俺がサッカーしていたことを言ったら意気投合しちゃって、再就職先は篠塚さんのサッカー部のコーチだから、よろしく!」

「えぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!」

 私は驚いたあと、そのまま固まってしまった。

 でも徐々に、徐々に何だか喜びが込み上げてきた。

 そうか、また立石と一緒に居られるんだ。

 それがとてつもなく嬉しかった。


(了)

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