08.推定吸血鬼さんは悪魔を呼び出す
さて思わぬ所でボクの正体が暫定的にでも判明したのは大きな一歩、と言うことでいいのかな?吸血鬼というより吸魂鬼とでも言うべき実態であったとしても。
少なくともアンデッドの類を吸収できるというのは収穫ではあったと。
個体差の問題で出来ない可能性もあるにはあるけどアンデッドに関しては実験出来ない現状では考えるだけ無駄だしね。
ボク自身の固定観念から“一定の大きさを持った生物”に対象を限定していたから、もしかしたら微生物とかの極小の生物も本来は取り込めた、あるいは取り込めているかも知れない訳だ。
そこにファンタジー要素がどのくらい絡むのかは未知数だけどね。
ファンタジー的な事を言えば、魔力はこの世界に存在する全ての動植物を含む生物に宿っているようで魔物の定義は魔力の行使をする種族という曖昧なもののようだ。詰まるところ分類学があまり発達していないのだろう。
ボクがわざわざ再定義する必要性も感じないので気にする事もないだけれど気になってしまうのは仕方ないよね。
ともあれどの程度の範囲の存在を吸収できるのかは遅かれ早かれ把握する必要がある。蝿は吸収出来るのか?蚊は?ノミは?クマムシなんてのもいる。
もっと小さいので細菌やウイルスもあるけれどどうなのだろう。少なくとも経験と記憶が希薄な存在は確認しようが……
あくまでも確認方法という意味では判定方法が有った事を思い出したよ。要はボクがその姿になれば良いんだ。
早速試してみることにする。居ないとおかしいブドウ球菌をイメージして身体を変えようとする。……出来ないね。
この事から予測できる可能性は二つ。
一つ、この世界にブドウ球菌は存在しない。
一つブドウ球菌は存在するが吸収あるいは変容の対象では無い。
少なくともボクの常識で考えるならブドウ球菌の類がいない環境は想像もつかないから顕微鏡もない現状では存在するものと仮定して考えを纏める。
結論としては吸収が出来るかは不明であり変容に関しても使用不可である事から現在時点でのボクの細菌化は不可能と結論付ける。
そもそも仮にボクに取り込まれているなら意思が薄弱過ぎてボク全体に何ら影響を齎さないから気付きようがない。
まるでプールに一滴の炭酸水を入れたようなものだ、通常はコーラ一口分くらいには染めてくるはずなんだけどね。
と、ボク自身の特性や覚えた魔法の検証しながら不帰の森を根城にボクの数を拡大し安全圏を確保して、また数を拡大して安全圏を確保と繰り返している。
――――――あれこれと忙しくしている内に気付けば数年が経って森の大半がボクの縄張りとなった。
検証は一先ず生物であれば小バエ程度の大きさからなら吸収は可能だと早期に判明したから、それからは積極的に取り込む事にしている。
一寸の虫にも五分の魂とは言うけど、これは一分の五厘の魂があるということかな?あぁこれは考えても仕方ないと結論付けた事だったね。
虫の魂を残機として扱えるようになってからは多少無茶な作戦も行えるようになり、例えば竜の耳の中から奥深くに入って現在の最大種である猪に変容し圧力で脳を破壊とかが可能になった。ボク自身が虫の息でも回収出来れば命の消費は無しと使い勝手がいい。
他にも森深くの古城に居たアンデッドや真龍とまでは言わずとも龍種を狩ったりと色々あったけれど、本当に狩り殺しただけなので割愛だ。
これがボクにステータスのようなインターフェースがあるのならその上がり下がりで一喜一憂出来たのかなんて詮無い話だったかな。
何はともあれボクの安全という意味ではこれ以上を求めるには相応にリスクがいるのは確かだろう。
真龍や精霊、悪魔や天使といった精神生命体を取り込む事で理論上ボクを殺せる存在はいなくなるといってもあながち間違いでは無いだろう。
天使の伝承にある存在を抹消するような能力が本当にあるのだとしたら警戒すべきはその能力とそれを与えたとされる神だけになる為、最早ボクが気にする領域の話ではないという結論になる。
要はボクの安全確保最後の仕上げとして悪魔召喚を行い低級の悪魔を取り込む事が出来れば精神生命体が受肉した龍種という状態を擬似的に再現し、現存する存在の中で最も滅びにくい存在の一体に成れるというわけだ。
まぁ、大悪魔が召喚出来てしまえばどうなるかなんて分からないけど、なる様になるだろうか。最悪の場合逃げられるだけの力は獲得したつもりだ。
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悪魔召喚といえば魔法陣に生贄を用意して何か儀式をして血を垂らしてみたいなサバト感溢れるものを想像している人が大半だと思う。実際ボクもそうだし。
ただこの世界においては召喚陣の被召喚先を魔界に限定するだけで召喚出来るお手軽仕様だ。
だからなのかそもそも召喚陣自体が禁忌だし、仮に召喚を行う際にも被召喚先を改変することは更なる禁忌なのだそうだ。
悪魔召喚に関する事が尽く禁忌になっているせいで逆にやろうと思えば出来るというアナスタシアの記憶が言うことも頷けるね。
僕としては楽で助かるから禁忌指定した何某には感謝したいくらいだ。
そんな事を考えながら陣を書いていく。
大した労もなく完成した召喚陣の出来栄えは可もなく不可もなくといった感じだろうか。
召喚陣に手を翳して魔力を込めていく。
徐々に召喚陣が妖しく淡い魔力光を放ち始め、その光は次第に強くなっていく。やがて魔力光は召喚陣と同じ形をとってひとりでに浮かび上がり回転を始めた。
中央に極彩色の光が集まり見る間に誇大化していき一際強い光を放つと徐々に光は収まり、召喚陣の中央からせり上がる様に三体の異形が現れる。
三体の異形は一様に毛のない体表に黒い肌を持ち一見するとただの人間種に見えなくも無いが決定的に違うのはそれぞれが個性的な角を持ち、生物的な歪みが見受けられない。
決定的なのは三体の何れからも龍種並かそれ以上の魔力を感じる事だ。
これは逃げる準備もしておこうかな、このレベルを三体同時は今のボクには分が悪い。最悪ここにいるボクは捨て駒にしてでもするべきだろうか。
でも取り敢えずは対話かな。三体を観察して少し違和感を感じたからそこを探ってからでも遅くは無いだろう。
それにボクの姿は未だにライカンスロープスタイルだからねどちらが異形かと言われれば議論が捗ることだろう。
三体の内最も魔力が強いのが中央で片膝を着いて俯く捻れた角の悪魔。それから左右に立つ欠けた片角の悪魔たちは捻れた角の悪魔の魔力には及ばないまでも龍種と見て相違ない魔力があるけれど…
なんで推定上位の悪魔が屈んでいるんだろう?まぁいいか対話が可能な存在だし、それも含めて聞いてみるとしようか。
「やぁはじめまして、悪魔の方々。言葉は通じるだろうか?」
と言うのが早いかというタイミングで悪魔の内立っていた二体の姿がブレる。
瞬く間にボクの所まで移動してきた悪魔たちはボクの毛に覆われた首を鷲掴みにするとそのまま地面に叩きつけてから異口同音で言う。
「「この方を何と心得える。跪け、下等種族が」」
ボクはこれといった抵抗せずされるがままの所謂人形状態で状況を受け入れてうつ伏せに倒されたまま、今尚片膝をついている捻れた角の悪魔に問いかけた。
「この状況どうすればいいのかな、これ君の部下だよね?」
一言を話す度に踏み付ける圧は増えていったけれど大半のボクはもうここにはいない。この程度で消滅するボクではないけれど、仮にこれで消滅するなら逃亡成功という訳だ。どちらにしても現状を変える必要が無い。
「……ご随意に。」
捻れた角の悪魔は溜めた息を吐き出すようにそう言うと片角の悪魔たちは困惑した様子で狼狽える。なお踏み付けの圧は変わらない。
それを聞くとボクを踏み付ける足を基軸にスライム化し、身体に沈めて抜け出せなくする。
暴れる悪魔達を無視して両手を龍の顎に変えて悪魔達のゴブリン王より薄い生を噛み締めて咀嚼する、百年物の若い悪魔だそうだ。ただ吸収するだけなら噛み締める必要なんてないのだけれど、まぁなんだ、ちょっとした報復かな。
当初の予定とは少し違うけれど精神生命体を取り込む事が出来たから結果オーライという事で良しとしておこうか。
悪魔達の影も形も痕跡も一切合切無くなったのを確認して立ち上がり、先程の挨拶をもう一度繰り返す。
「さて、改めましてこんにちは。とは言ってもボクの用事はもう終わってしまったんだよね。」
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side 悪魔
「さて、改めましてこんにちは。とは言ってもボクの用事はもう終わってしまったんだよね。」
何事も無かったかのように立ち上がった人狼は先程無惨にも俺の部下を食らったとは思えない程にあっけらかんとしてそう言う。
そもそも召喚された時点で上位の何かから呼び出された事は分かっていた。その為、最初から生贄目的であの二体を連れて来たのは確かだ。だが、あそこまで浅慮とは連れてくる者を間違えたと先程までは後悔していた。
眼前の方は人狼に近い姿をとってはいるが、決して人狼などでは無いと本能と権能が強く俺に訴えかけている。
かの方から感じる夥しい数の同質の魂は悪魔公ですら二つと集める事は不可能な程に均一に規格化されている。
それに加えて先程まで俺の傍らに居た者たちの魂までも既に染め上げられて注視しなければ膨大な魂の中から見つける事が出来ないほどに規格化されていた。
恐らくこの方の目的とは悪魔の魂だったのだろう。いや悪魔の性質、特性といった所だろうか。
俺の部下を食らった時の姿は見間違いでなければいずれかの龍種であった。そうであるなら食らったモノの姿を取れる、あるいは特性を再現出来るという事か。
そのような能力を持つ存在など限られているが、いずれも自我のない存在の筈だ。
つまりはイレギュラー、アンノウン、そういった存在だろう。
であれば僥倖、無駄に朽ちては復活をした退屈な悠久の果てに特異な存在の一部へと身を投じるというのは中々美しい滅びなのでは無いだろうか。
「では私からお願いしたき事がございます。」
そう口に出さざるを得なかった。情けなくも生贄に差し出したはずの部下を羨ましく思ってしまった。
「悪魔が物質世界の存在にお願い?」
かの方は至極疑問そうな雰囲気を出して聞いてきている。物質世界の檻など疾うに食い破っておられるのに、いやあるいはまだ自覚していないのかも知れない。
「はい、私を貴方様の魂の一部へと加えて欲しいのです。」
かの方は少し考える素振りをすると俺を見定めるように聞いてくる。
「見えてるようだけど、ボクと染め合いがしたいの?」
あぁそう捉えられても仕方が無いのかも知れない。並の悪魔では対抗出来ないなどと言った所で今のこの方は信じてはくれないだろう。
「はい、そう捉えて頂いて構いません。」
故に今はまだそう捉えて頂いて貰っておき、俺を魂の一部として頂いた時に記憶が読めるのならこの事の真実がかの方にも伝わる事だろう。
「そう、なら早速いくよ」
そう言うを俺の頭に手を翳してすぐに俺の魂をかの方が侵食していく。
――――――――貴方様は一体何処まで上り詰めるのか、何を成すのか、俺は貴方様の魂の傍らで楽しませて頂きます。