06.ゴブリン王の最期と亡国の姫
side ゴブリン王
今日も我が国は確実に着々と大きくなりつつある。
我々ゴブリンだけでは成し得なかった同胞の急激な増加は幾数十日前に何故か森に打ち捨てられた人間種の雌で増やす事が出来るようになったのだ。
元来我々ゴブリンは交わりで誕生する子の数が他種族に比べて多い、しかしゴブリン同士での交わりでは母体の負担からか死産が異常な程多いのだ。
その代わりなのかは分からないがゴブリンには雄雌の概念が薄くどちらの役割も果たせるのだ。例え出産をしていなくても母乳が出る程度には役割を果たせる。
そこまで行けば母体さえ手に入れば我々は増やす事に専念が出来る。七日で母体一体辺り四から六体程度増やす事が出来る。
そうすると中だけではなく外にも目を向ける事が可能になる。外で狩りをして母体と食料を持ち帰る、そしてその母体を使って戦士を増やし更に外側へ、こうなるとそうそうのことでは我々は止められないだろう。
「そろそろ外へ打って出るか」
我がそう呟くと耳聡い将軍が待っていたかのように素早く言葉を返してくる。
「王よ、それは遂に大々的な版図の拡大と取ってよろしいのですかな?」
何処で覚えて来たのか分からないが迂遠な言い回しだな。だが玉座から立ち上がり我は言う。
「あぁ、そう言った。遂に我が国を世界は知ることになるだろう!」
我は玉座に座り直し死体拾いからゴブレットを受け取り濁酒を呷る。
これから我々ゴブリンの輝かしい未来が始まるのだ―――――
「ぐぅっ!かはっ!」
何だこれは?苦しい…血?何処から?口から?何故?毒?どこから?今我は何を飲んだ…酒?死体拾いぃいいいいい!
「む゛ぼん゛だぁ゛…ぐぅッ、じょおぐん゛ぞいずをごろぜぇええええ!!」
蹲る我を見て将軍は作り物の様な真顔で我を見下ろしている。
何故?何故だ将軍?他は?魔術師を見る、動かない。近衛も戦士も我が子すらも蹲る我を見て何の感慨も無いかのように作り物のような真顔で誰も彼も皆、我を見下ろしている。
何故?何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故ナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼなぜ…
身体の感覚が無くなっていく、納得出来ない、裏切ったのか?だがそうだな…何か原因があるというのなら我は呪おう。
姿も存在もあるかどうかも分からないが貴様に我以上の絶望があらんことをッ!!
◆❖◇◇❖◆
冗談抜きで十八万強の命の中で王が断トツで強かった。たった一つの命があれ程濃いとはボクとしてもかなり染められたね。
ともあれボクはどれだけ混ざってもボクとしての自意識がある以上ボクはボクだからね。
それはさておきゴブリンの取り込みが完全に終了したのでアナスタシアと他の人間種の所へ行くとしようかな。
あぁ姿はゴブリンではない方が良いかもしれないね。王を毒殺するまでは日常生活を演出していた以上、姿は見せない方が話がスムーズに進むだろうしね。
淫臭が噎せ返るほど漂う小屋の中に無遠慮に踏み入れて小屋内のゴブリン達役を体内へ送還してからくるりと周りを見渡す、生きてるのか死んでいるのか分からないほどぐったりしている者や辛うじて小屋の壁に背を預けている者、膝を抱えて震える者、最低限以下ではあるが体裁を整えようとする者。皆一様に白濁に塗れているが目が生きている者も少なくは無いね。
「さて、今から君たちとの対話の時間が始まるんだけどね。まずは生きたいと思う方はいるかな?」
ボクは今ゲオルグの下半身と骨格で上半身を狼の姿をとっているよ。あぁ勿論ゴブリンのボロボロのローブとレギンスを履いているから局所は見えていないけどね。いわゆる擬似的ライカンスロープスタイルというやつだ。
「誰も答えない。いや答える気力がないのかな?まぁ何人かは身篭って居るからねそれでも尚犯し続けるゴブリン達は確かにどうかと思うよ。」
これでも答える者は出ないと、もう少し待った方が良かったかもしれないね。でも残酷だけど君たちに残されている時間はそう無い訳だ。
…あぁ見つけてしまったね君を見つけたよアナスタシア。
「やぁ、アナスタシア。気分はどうかな?まぁもちろんの事最悪だろうけども、ボクは一つ君に聞きたいことがあったんだ。どうかな?答えてはくれないかい?」
ロマンチストの蔓延る国に生まれたお姫様。ボクの中ではそれくらいの情報しか無い。
彼女は何を思い何故ゲオルグを見限ったのか。ゲオルグの想いしか知らないボクには到底理解出来ない想いがあるのだろうか。
極論で言えばこの問答自体アナスタシア以外はどうでも良いと言い換える事が出来る。ボクは彼女らと対話する必要性も必然性も無い。
ゴブリンの一味として纏めて取り込んでしまっても構わない存在なんだ。
ただゲオルグが懸想するアナスタシアを一目見たいという願望から突き動かされる原動力と王を討ち果たして取り込み魔術の知識が多少なりとも入った心の余裕から対話をしても良いかなとおもえただけだ。
ゴブリンに抗えない、抗わない時点で脅威足りえないと考えるのは傲慢だろうか。
「さてアナスタシア。君は何をしたかったのかな?ボクが見た限りだと恋人を捨てて国の為に公爵に身を投げ売ってロマンスに破れて異種族に犯され八児の母になっている事しか分からないんだ。詳しい事を教えてくれるかい?」
壁に気だるげに凭れ掛かるアナスタシアは恋人という所に反応し明確な意志を持ってボクの方へ意識を向けている事を彼女の瞳から感じる。
「あ、あ…な、た…は…彼の…な、に…ですか?」
声を出すのもやっとなのだろうけれどそこは見ないふりだ。そして当然の疑問だろう。が、今はその疑問を答える時間では無いんだけどね。まぁこのくらいならいいか。
「敢えて格好を着けた言い方をすると彼の全てを受け継いだ者だよ。アナスタシア」
取り込んだと言っても構わないんだけどね。流石にそこまで性格は破綻していないはずだよ多分ね。
「か…彼は…生きて…います、か?」
数度、深呼吸をしてからアナスタシアはそう言った。うん、仮に生きているなら彼はきっと這ってでもここに来ただろうね。でもまぁ彼が昏睡状態ならこの状況になっている可能性もあった訳だ。
「そうだね、彼だった者は居るけれど彼は、ゲオルグはもういないよ。」
無慈悲かも知れないけれどボクは事実だけをアナスタシアに伝える、嘘を言ったところで何も変わらないからね。まぁゲオルグの知識にある所のゾンビやレイスになったと思われていそうだけど、そこまで細かいケアはしないよ。
「そう…ですか…」
そう言うとアナスタシアは俯き黙りこくってしまった。次はボクの番かな?それとも話す気力を使い果たしたのかな。
「さぁ君が聞きたい事はもう聞いたよね。君の話を聞かせて貰えないかな?」
彼女が傷心しようが絶望しようがボクには関係ない。少なくともゴブリン無限製造機からの解放はしたんだ、それくらい聞く権利はあると思いたいんだよね。そうこう考えている内にアナスタシアは語り始めた。
「彼を…ゲオルグだけは…生きて…欲しかった……私は…無理でも、彼だけは生きて欲しかった…」
か細く呟くように語るアナスタシアの話に耳を傾けつつ思う。ゲオルグもアナスタシアもどちらも自らの命を賭す覚悟があるのにも関わらず、どちらも自分の命を捨ててもう一人の命を助ける方を選んだ。助かる保証なんてないのにだ。
これが愛というやつなのだろうか?自分の命が優先のボクには永久に分からない事なのかもしれないね。
「最初の質問に答えさせてください…」
―――――私はもう、生きたくありません。
そうかい、やっぱり最初にボクが思った通りだ。君たちはロマンチストに過ぎる。