03.新生活に慣れた頃
蟻を征服してからどれくらい経ったのか数えるのも面倒な時間が経ちました。と言っても精々が数ヶ月から一年未満だとは思いますけど。
あれから生活基盤となっている湿地森林を抜けてより広範囲に探索を広げており、幾つかの到達点を発見しています。
一つは崖とその先の海でありボクは現状この海に探索を向ける勇気と能力がありません。一つは森林地帯ですが下が腐葉土と落ち葉という点以外では現状余り変わりませんのでそのまま探索しています。一つは嶺に雪が掛る山脈であり、ボクの現在の身体ではリスクが高いのでここも保留です。また別の場所に草原なんてものもありますが広すぎて手が回らないので周辺の観察のみに留めています。
あれから蟻の別コロニーや推定魔物と思われる角の生えたウサギや期待外れだったアメーバ状のスライムなどを取り込む事が出来ましたが、ボクは一人も減っていません。
生存確率を上げるために積極的に捕食しているのです。それによって命を失うなんて本末転倒ですので安全マージンはしっかりとして探索・捕食・増殖をして今日も生きています。
そうそう蟻の大きさの考察がありましたが、やっぱり取り込んだ蟻は通常よりも大きかったようで草原の方で発見した見た目クロヤマアリっぽい蟻はボクの想像通りのサイズだったので多分ボクがたらふく食べた蟻は魔物だったんだと思います。だからどうしたという話ですが。
…こうして心の中でくらい話してないと何か大切なモノとか失っちゃいそうなんですよね。もう既に幾つか落としたような気はしますが落とした物の名前を忘れたので仕方が無いと思う事にします。
ボクは今日も今日とてボクを増やし続ける事に精を出しましょうか。
◆❖◇◇❖◆
ここ約一年でボクは蟻・蜂・ミミズ・百足・蟷螂・蜘蛛といった虫系の推定魔物や兎・鹿・猪・蛇・狼・蜥蜴・蝙蝠・鳥など挙げれば限が無いほどの推定魔物を取り込んで来ましたが、今日初の魔物と断言できそうな存在の群れを発見する事に成功しました。
…他の生物も変わった特徴を持った個体でしたがそういう生物や菌と言われれば説明できますからね。
出典によって妖精や亜人とされる事がありますが、魔物が定義として存在するなら定義されそうな存在。
成人男性の腰ほどの身長、出典は不明なのに統一された緑の肌、何故か美形に描かれない醜悪極まる容姿、何故かここ最近はハゲであることを強いられている上に、恐らく人間を食べるからという事でどんな邪な解釈をされたのか性欲が凄まじく人間を攫って苗床にするとまで貶められたファンタジー界の不憫王候補のゴブリンさんの集落です。
大丈夫ですゴブリンさん、この世界?でも例に漏れず酷い見た目で生態は知りませんが、名前だけは他の追随を許さない程可愛いと思いますよ。ひらがなで“ごぶりん”と表記すれば筋肉質なメイドさんの愛称くらいには可愛くなるはずです。
…と初の人型生物にボクのテンションが無駄に上がるという事件もありましたが、冷静に現状を整理しなければいけません。
ボクの第一目標は生存です、現状でも人間時代の価値観にして数万倍は死ににくいはずですがこの世界?もうこの世界で良いと思いますが、この異世界では魔法や魔術といったファンタジー技術が有りそうなものだと考えています。その力の程は未知数ですので対策をしていかなければいけません。
そういった力を持つ存在の逆説的な根拠ですが、ボク自身の能力や推定魔物達が扱う特殊な能力は魔力的な何かで本能的に操っているとボクは考えているので、仮にこの世界の知性体が魔力的な力を持っていないとすれば、もうこの世界に存在していないだろうという安易な考えですが、油断はしないでいきます。
次にボクの知性体への対応をどうするかを改めて考えます。
ですがこれは今まで通りで構わないのではないしょうか。今まで通り始めに成体を取り込み、言語といかずとも意思疎通が可能なら対話姿勢を持ちます、それでも交戦する気なら全て取り込んで他の群れの個体を対象に対話、それでもなら以外繰り返しで、まぁ成功した試しは無いのですが。
我ながらかなり人間的な価値観が剥がれてきていますが、ボクの人間成分なんて元の魂が人間でした程度のモノで、今は十数万の森で生きた経験を持つ群体ですのでトータルで言えば人生より長く推定魔物をやっています。数多いるボクの中でボクが最も精神力と思考力に優れていたから今まで主人格で居られたというだけでこれからもそうとは限らないものですけどね。
さて、このゴブリン達に接触するべきかを考えましょう。まず鳥と蝙蝠のボクはゴブリン達に気付かれない様に数日に渡り彼のゴブリン達を観測をし続けました。
結果、森の鹿は狩る事が可能な事と猪に発見されると単体あるいは数体程度であれば逃走するという事実は考慮に入れてもいいと考えます。
ゴブリンの討伐実例は狼の群れに単独で発見された時のみの確認になりますが、現状は群れとしてボクよりも弱い個体が多いという推測は覆らないものだと判断しました。
群れ全体を敵に回すのではなく、単独で行動しているゴブリンを取り込んでそこから知識と経験と生の経験を獲得してから対策してもこの環境下では問題ないのではないのでしょうか。
これがボクの知る自称文明人が相手であれば、たかが一個体を取り込んだという存在がただ存在するだけで総力戦を仕掛けてくるイメージが脳裏を過ぎりますが、これが文明開化という悪魔の所業をやり過ごした部族なら一個体が帰ってこない程度では目くじらを立てないことでしょう。
ならばボクはゴブリンを取り込みたいと考えるのは何も不自然な事では無いと考えるのはやはり、人間性が失われた結果なのでしょうか、それともこれが人間性の正体なのでしょうか。
ともあれ、ボクはボクの我儘でゴブリン達を屠り、自らの血肉へと変える事を望んだのです。まだ対話の余地は残していますが。