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次元放浪者の時々。  作者: 西蔵砂狐
管理者のおつかい
13/14

13. 初めての街

 


 興奮冷めやらぬといった感じで念入りに本当に譲ってくれるのかと問いかけてるくる商人のナルキソスに微笑ましいものを感じる。


「それは君次第じゃないかな?

 君がどのように目利きしてどのような値段を付けるか、それと君の話術にかかっているよ。」


 ボクとしてはナルキソスの欲望に忠実な姿は大変好ましく思うけれど、それで見せた品を安く売るなんて事は今後の予定上ありえない。


 言わばたまたま誘蛾灯に寄ってきた蛾が思ったよりも綺麗な柄をしていたというだけのことだ。


 商人に一定額以上で物を売ってその金で人に擬態するという見ようによっては杜撰極まりない計画は門前で商人あるいはそれに類する人間がボクから品を買い取る事で初めて計画が動くという運否天賦に任せた素敵な策だね。


 もちろんこれは穏便策であり成就しなくてもボクとしては何ら一切困らないのは言わずもがなだ。


 そもそも策呼ぶのも烏滸がましいのかもしれない。金銭があれば「門を無理矢理突破しなくても済むね」程度の思い付きだ。


 そんな事を考えて、ナルキソスを見る。

 姫様ロールプレイがよく効いているようで、それはもう慎重に死線を見極めている様子が見て取れる。


「ではまずこちら櫛から査定させていだたきます。」



 ―――結果から言えば三点合計で金貨百七十枚での取引となった。


 内訳は櫛金貨二十枚、花瓶金貨百枚、鏡金貨五十枚といった感じだった。本来は端数多めの査定だったが敢えてどんぶり勘定で提示したとの事だ。


 金貨一枚が凡そ一万五千から二万円くらいの価値と考えると櫛で三十万から四十万円程の価値として査定されたという事だけど、まぁ城塞都市が一般的な町として扱われるくらい物騒な世界ではさもありなんといった所だろう。


 彼ら人種は物騒な世界観に生きているというだけで、美的センスが無いわけでも芸術を生み出せない訳でも無い。


 ただ魔物蔓延る世界故に精巧な工芸品を生み出す為の下地を焼き払われ続けているだけだ。


 漆塗りに金細工なんていつ踏み荒らされるか分からない環境で試す余裕も無いほどに手のかかる技法だ。


 その賽の河原のような環境で生み出された斬新な工芸品は千金に値するという事だろう。


 舞い上がるナルキソスには機会があればまた提供すると消極的な約束をして、ただ待つだけの待ち時間に戻る。




 この世界では、というより周辺国では身分証なんてものは基本無く、あるとしても冒険者証のように野盗とそう姿の変わらない者の身分保証やお忍びの貴族証といった極端なものしかない。


 要は明らかな不審者や大荷物でない限り、簡単な質疑応答と通行料を払えば通れる。


 当然ボクも…と言いたい所だろうけどボクのロールプレイのせいが明らかに平民には見えない謎の一団という構図が出来てしまっている。


 出会ったナルキソスが面白くなければ強行突破も視野に入った訳だけど…まぁ言い訳が尽きるまでは穏便に事を進めていこうか。


 退屈な時間と共に関所の列も着々と進み、ようやくボクが街へと入る番がやってきた。


「あ、あの〜、…貴族証はお持ちでしょうか?」


 そう言う門番の一人にボクは良い意味で裏切られたと、思わず笑いそうになった。


 …あぁ確かにそうだ、あからさまに平民風ではない一団を相手にする時はこういう対応も視野に入れておくべきだった。


 怪しい集団は入れないと槍を向けられるとか見慣れない格好に舐めた不良門番が荷物を奪いに来るだとか、森での生活と生の永さの為かあるいはその両方か、少し思考が弱肉強食に…というより物騒に寄っていたんだろうね。


「我々はこういう風貌なものでね、貴族証を持つという文化がないのですよ。」


 黒子イとして門番の問に答える。


 敢えて貴族であるか否かを不明瞭にする事で有利な立ち位置を確保しつつ、文化圏が違う事を示す事で多少の相違を違和感無く受け入れさせることが出切る。


「で、では推薦状や紹介状などは…」


 予想外の事態に門番はしどろもどろに成りながらも門番としての勤めを果たそうと奮闘しているようだ。


 しかしそういった物は当然あるはずも無く、無慈悲に持ち合わせていない事を告げると門番は慌てて別室で休憩中だったであろう先輩らしき人物に泣き付き、連れてきた。


「あー、証が提示されていないと揉め事が起こった際に私共は平民同士の揉め事として処理させて頂くことになりますが、それで本当に構いませんか?」


 暗に権力による抑止力や反撃能力を容認しないという事を反感を持たれないように伝えているようだが、これが伝わる貴族ならトラブルなんて起こさないだろうなんてひねくれた考えが浮かぶ。


「ええもちろんです、お手数おかけしました。」


 黒子イとして壮年の門番に伝えると壮年の門番は「では五名ということで銀貨五枚を通行料として頂きます。」と言い、金貨一枚を通行料として支払い、一悶着あったものの迷惑料として門番たちの呑み代にでもと言ってその場を納めた。


「では旅の方、エイジャールの街へようこそ。

 我々はあなた方を歓迎しますよ。」


 壮年の門番は休憩から引っ張りだされたとは思えない程いい笑顔でボクを見送ってくれた。



 無事に門を越えた事で駕籠に乗るの意味は特に無くなってしまったので一先ずは降りる事にする。


 降りた駕籠は門の端で敢えて見えるように個別空間へ収納して特異性を大衆に見せつけ、この街の人間達に判断材料を提示する事にした。


 周りの反応はさておいて、街並みは頑丈な石造りの基礎に建てられた半木造の建物が並ぶ表通りは石の鎧を着た木造建築と例えるに相応しく、立ち並ぶ建物が魔物の脅威をまざまざと感じさせる。


 それ以外は地方の中央駅と同程度の人通りで人は多いがストレスに感じないギリギリの範囲を行き来している印象だ。


 街を黒子たちを連れた振りをして大通りの店や組合などを見て歩く。

 人の数の割には治安が良いと感じるのは、ボクが被害を受けないからか大通りには目に見えた影が無いからなのか。


 この街に数時間もいないボクには到底分からないことかな?そうでも無いか、ただ興味が向かないからなのだろう。

 少し歩いてみたら人間的価値観を再取得出来ると思ったんだけど、結果はあいも変わらず隣歩く人を意思疎通が行い易い動物の一種としか考えられない。


 これはどうあっても変わらない事なのだろうと消極的に納得しておこうか。


 さて領主の館に乗り込む前にこの街を一通り散策しておこうか。

 ナルキソスには悪いけれど…最悪今日にでも無くなる街だ、期間限定の観光気分で見て回るのも悪くは無い。


 大通りを外れると雰囲気がガラッと変わり大通りとは違う静かな通りに一見すればみえる。

 昼間のこの通りは眠っているか寝起きの状態なのだろう。

 扱われている商品が夜に偏っている通り、所謂歓楽街と呼ばれる類の場所だ。


 その証拠とでも言うべきか、この時間から開いている飲み屋と思われる物もあり、昼間から呑んだ暮れている無精髭の中年がちらほらと見える。


 ボクが視界に入ったからか、指笛を吹いたり遠巻きにお酌だなんだと喚いているのも居るけれど、…見た目小娘に複数の共を付けて歩きている相手なんて普通は声なんて掛けないと思うんだけどね。


 昼間からそんなに判断力が無くなるほど呑めるのは一種の才能か、只々酒に弱いのか。

 酔った判断力で普段見ない格好の一団を見て現実感でも無くなっているのだろうか?少なくとも貴族相手にはこれ程無謀な事はしないはずだ。


 でもまぁ、酔って野次を飛ばす程度ならボクも許すけれど…


「よォ嬢ちゃん、客でも探してンのか?なら俺が買ってやるぜぇ…」


 ギャハハと品の無い笑いをしながらこんな風に寄ってきて、あまつさえ肩を組みに来ようとする虫は追い払うか叩き潰すか意見の分かれる所だろうけれど、放置するという話をボクは寡聞にして聞かない。


 周りは青ざめて逃げるほろ酔いと素面が数人、他は正常性バイアスが掛かっているのか酒で気が大きくなっているのか、ニヤニヤと行く末を見守る酔っぱらいと気が付いていない人間、昼間から器用に酔いつぶれたのが数人といった所だろうか。


 仮に彼が親切心から悪役に徹していると弁護が入った所で護衛が守り明らかに身なりの違う相手に対して行う行動では無いだろう。


 だからボクの執る行動は―――――


「警告するよ。

 君がそれ以上ボクに対して無作法にも纏わり付いて来るならば、君の状態如何に関せず君の存在を抹消する。」


 言葉が通じる限りは対話をする。

 それはボクがボクに課した縛りのようなものであり、知性体と無意味に敵対しない為の譲歩ラインだ。


 例え相手が知性体と呼ぶのにも烏滸がましい程に知性に難があったとしてもそれだけはボクの生命維持に影響がない範囲で行うと決めたボクだけの約束事。


「あァ?何ピーチクパーチク囀ってんだァ?ベッドの上で存分に囀らせてやるからよォ…」


 虫はそう言ってボクの腕に触れようとして―――――ボクは警告したからね?―――――対外的に姿を忽然と消した。


 人という生き物はアルコール一つでここまで愚かになるのか、それとも元々愚かな人がアルコールでさらに愚かになった結果がこれなのか。


 まぁやったことと言えば個別空間に送り込んだだけなのだけど、表通りの騒動を一幕を知らない者からすれば初めて見る光景だろう。


 知っていたとしても頭の中は疑問の嵐だろうけれどもね。


「お、おい…ジェームズを何処にやったんだよ…」


 この街の酒場街がこんなものだということが分かっただけである意味収穫かな?大して興味が無かったけどこの街でもこんな場所はあるんだなと、雑に納得しておこうか。


 さて、見るべきものも見たし街の探索の続きをしていこうかな。


「おいってッ!」


 煩わしくキャンキャン吠える中年の方に思わず視線を向けてしまった…これは答えないといけないやつじゃないか、面倒くさい。


「それはボクに話しかけているのかな?」



「当たり前だッ!ジェームズを何処にやったんだよッ!」


 吠える中年にボクは辟易しながら中年の話しに合わせて適当に答えておく。


「ジェームズって誰かな?雰囲気的に人名のようだけれど。」


 ボクがそう言うと中年は喉に餅でも詰まったかのように、文字通りパクパクと口だけで会話をしようとしている。


 我に返ったのか一息吐いて、絞り出すようにボクの問いに答えた。


「…アンタに絡んでいた酔っ払いだよ……」


 うん知ってた。

 でもボクが馬鹿正直に答える義理もなく、ボクの危険性が少しでも人類社会に広がるように問題を少しだけ広げる事にしよう。


「あぁ、そんなの居たね。

 彼急に居なくなったけれど、君の友人だったのかな?」


「なッ!?」


「ボクが対処する前に消えてボク自身驚いているんだ。」


 明らかに怪しい存在が詰め寄られて白々しく潔白を主張する。


 こう主張すれば大抵の場合は二の句が告げられなくなり、状況証拠と怪しさで推定犯人として話が広まるだろうと予想しているんだけどどうだろうね。


「だ、だがッ!」


「そもそもの話、ボクが何かをする所を見たのかな?酔っ払いの彼はボクを犯す為に連れ去ろうとした瞬間に消え去った。


 確かに状況証拠としてはボクが怪しいけど、そもそもそれの何が問題になるのかな?生憎ボクは実行出来なかったけれどボクが手を下した所で大きな問題にはならないはずだよ。」


 今ボクに突っかかって来ている彼は正義感ゆえか友達が消えたからか知らないけれど、ボクに対して詰め寄っているのは、理解し難い状況に気が動転してその状況説明をボクにさせる為に回らない頭を全力で回しているんだろう。


 だからと言って答えは提示しないし、証拠も出しはしない。


「さて用は済んだかな?ならボクは行くとするよ。

 さようなら」


 後ろ手に手を振りながらボクはそう言って酒場を後にした。

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