表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次元放浪者の時々。  作者: 西蔵砂狐
管理者のおつかい
12/14

12. エイジャールの街の関所でのこと

 


 村を出てしばらくは相も変わらず単調な風景をが続いていて、アクシデントの一つでも起きないかなとレティシアに祈ってみたりもしたけれど効果の程は皆無に等しく、偶に傭兵風の人間が街道から少し離れた所で野営しているくらいのものだ。


 駕籠の中で出来る事なんて限られているから外を眺めてつまらないから何か考えての無限ループだ。


 智天使検索で遊ぶにしても全文が辞典のような体裁だから興味のあるもの以外は直ぐに飽きてしまう。


 なんともままならないものだね。


 物語とかだと街道から離れるのが通説らしいけれど、わざわざ街道から離れる意味も理由もない。


 目立ち無くないとかいって仮面をつけたり変装したりする必要がそもそも存在せず、寧ろ目立つべきだとボクは主張する。


 そもそもボクの目的は異世界召喚陣と召喚方法を持っている知性体の対処、つまり人間種なら国の上層部である可能性が非常に高い。


 ただでさえ無名の存在が正体を隠しつつ国家の上層部に意見するなんて少し考えなくても最終的に荒事になるのは分かりきっている。


 暗殺者よろしく国主のみに意図を伝えた所でその意図は全体に伝わるとは考え難く、恐怖による支配の効果範囲は国主のみだ。


 仮にも対国家での争いを避けるつもりなら、阻むものを全て排除しながら堂々と正面から乗り込むくらいの方が最終的な被害はむしろ減る。


 国家の中枢に至るまでの道が悲惨であればある程に、まともな国主なら国を滅びから守る為に対話のテーブルに着くだろう。


 この経路での対話であれば周りも納得せざるを得ない筈だ。恐怖の対象その現物がありとあらゆる国防を蹴散らしながら国の中枢に来るというデモンストレーションが行われた後なのだから。


 隠れてコソコソ国を割るくらいなら、堂々と共通の敵として一致団結させた方が今回の目的も達成しやすいだろう。


 欠点があるとすればボクが加減を間違えるか、国が引き際を間違えるかのどちらかが起こった時は国が滅ぶくらいだろうか?


 ボクにとっては面倒が少し増えるくらいで余り欠点とは言えないけれど、相手側からすれば欠点と言えなくもないんじゃないかな。


 ボクとしては手っ取り早く文明の破壊をした方が楽だけど、こういうやり方を取っているのは言うなれば最低限の善意だ。




 そうこうしている内にそろそろ街が見えてきたね。想像通りの城塞都市っぷりに関心する。


 魔物や生きた災害が生息する世界ではこれでも手薄な部類だと言うんだから建築技術が伸びるのは寧ろ必然といえる。


 山のような巨体を持った魔物がいつ現れるか分からないから耐震技術を磨き、地を這う魔物を押し留める為の外壁を築き、火を吹く魔物に焼き払われないように耐火を施して、それでも尚更なる理不尽によって蹂躙られる涙ぐましい努力の結晶だ。


 立派な外壁を見つつそんな感想を抱く。


 関所の列に並んでボクの順番を待つ。周囲を見て当然だけど駕籠に乗っているのはボクだけだ。


 物珍しそうにチラチラとこちらを見る気配が少なからずあるけれど、まぁ絡んでくるのは今はいないか。


 様式は違えど漆塗りに金細工が施された乗り物だ。その見た目から何者かが乗っていると思わなくとも何かしらの力、最低限財力を持った存在が背後にいる事は想像に難くない。


 それに対して絡みに来るという事は余程の脳無しか同等の力を持った自信家か、もしくは中途半端に力を持った自惚れ屋かのどれかだろう。


 さて今歩み寄ってきている恰幅のいい初老の男は一体どれだろうか?勇気があるのか、面の皮が厚いのか。それともそのどちらもなのか。




 ◆❖◇◇❖◆



 side 商人


 俺は若い頃から自分の目で商品を目利きして俺が納得出来る商品を仕入れてここまでやって来た、それを俺自身誇りを持っている。


 今日も仕入先から荷を仕入れてからエイジャールに戻ってきた、日はまだ高く関所の順番待ちをしている。出来る事なら早く店に戻って荷出しをしたいがこればかりは仕方がない。


 長い待ち時間をどうするべきかと悩んでいると、ふと周囲の空気が少しおかしいように思って辺りを見渡した。


 目に入ってきたのは黒く塗られ金で装飾された荷台のような物を担いだ黒い見慣れない服装の四人組。


 一見するだけで恐ろしく贅の尽くされた荷台のような物の横には引き戸が取り付けられており、その引き戸には小さい窓の様なものが取り付けられていた。


「あれは…人が引く馬車のようなものか…?」


 俺は呟きながらも考える。


 馬車も車輪が無いものがあると聞いた事があるが、それでも人が引く物など聞いた事がない。


 いったい何処の文化なのか俺には皆目検討が付かない。


 利点はなんだ?馬よりは融通が効くだろうが体力面、速度面共に馬の方が優れているはずだ。


 あれ程のものを持って長距離を移動出来る人材も育てるのに手間が……いやそれこそが利点か。


 それに生地の良い揃いの黒装束に身を包み、顔を隠した布には揃いの図柄が施されている四人組はその一人一人が財力の証と優秀な護衛も兼ねているのだろう。


 見れば見る程に近寄り難い異質さ、高貴な雰囲気を漂わせてはいるが俺の物差しでは決して測れない、そんな異質ながらも洗練された高貴さがあの一行にはある。


 そもそもあの荷台には何が乗っているのか?荷物なら分かりやすが、それこそ形状から人を一人二人載せる程度には申し分ないだろうか。


 話し掛けてみるか?この国の貴族ならばその場で殺されても文句が言えない程の暴挙だが、俺の商人としての勘が囁いている。



 ――――――ここは行くべき所だ。


 貴族のそれとは明らかに毛色が違うが贅の尽くされた洗練された荷台にそれを担ぐ仕立てのいい揃いの装束を着た人間。普通の神経なら話しかけに行くような奴は馬鹿だ。


 だが…吸い寄せられるように足が動く。あの荷台の技術系統、その工芸品の一つ、いやそれ以外の何かでも売って貰えるのなら、それを足掛かりにあの一行と良き関係が持てたなら、俺はまたひとつ商人として大きくなれる気がするんだ。


 一行の前へと立つ。

 息を整えていつものように落ち着いた口調で話す事を心がけながら深々と頭を下げて話し掛けた。


「お初にお目にかかります。私、ここエイジャールを拠点として商いをさせて頂いております。ナルキソスと申します。」


 普通の貴族ならこの時点で切り捨てられるか取り押さえられるかだが…


「それで?その商人が我々に如何な用だ。」


 黒装束の一人が俺に面を向けて平坦な声でそう言った。


 …第一関門は突破出来たか……あとは野となれ山となれだ。


「いえ、見た事がない工芸品をお持ちの方々が居られましたので、御無礼かと思いつつも思わず声をかけてしまいました。」


 俺は苦笑を作りつつも少し踏み込んで様子を見る。

 何処まで行けるかは分からないが、とりあえずは文化が違うので興味があると伝える事が出来たはずだ。


「…なるほど、それで我々にど―――ハッ」


 黒装束が俺に何かを聞きかけてからすぐに、まるで主から命令を受けた騎士のように背筋を伸ばして畏まった。


 何がどうなっているのかと困惑している内に黒装束は俺に向けて顛末を端的に言う。


「我が主が、そなたに直に話したいと仰っている。畏まって聞け。」


 黒装束の言う事をゆっくりと咀嚼する。

 さっき言葉を止めたのはその主からの指示があったからだろう。ではその主は何処にいるのか。


 予想はしていたが、まさか本当に乗り物だった

 という事だろうか?本当に屈強な人を馬車馬のように扱える身分の人だということか。


「やぁ、はじめまして。ボクの名はキサラギヒサメだよ。君たち風に直すならヒサメキサラギだ。短い間だけどよろしくね。


 さて君は商人だったね、君はボクに何か売りたいのかな?それともボクから何か買いたいのかな?それとも他の事だろうか?」


 荷台の中から聞こえてきた声は男勝りな少女のようでいて、その声からは想像も出来ない程に大人びた口調で揶揄うような質問に俺自身の思考が絡まる。


 それでも俺は最善の対応に務める為に考えを巡らす。

 声の主は名前を言い直した。

 キサラギヒサメからヒサメキサラギへと、つまりこちらに合わせて名前を名乗ったという事だろう。


 入れ替えたのはキサラギとヒサメの二つの名前、入れ替えたということはヒサメが名前でキサラギが姓という事だろう。


 姓があるのは予測済みだが、姓が前に来る国はこの一帯周辺諸国には存在しない。


 やはり遥か遠くの国から来たと考えるのが妥当だろうか。


「どうした?直答を許す。」


 黒装束が沈黙に気を利かせたのか、急かしたのか。恐らく後者だろうが。


 あぁ俺の思考力では間に合わなかったのか。だが仕方ない、考えは足りていないがその範囲内で何とかやってみるとする。


「お初にお目にかかります、キサラギ様。


 キサラギ様が仰る通り、私がキサラギ様に商品をお売りする事も考えたのですが、いやはや年甲斐もなく初めて見る素晴らしい造形に居ても立ってもいられず参った次第でして、御無礼を承知でお願いします。


 このような工芸品をお持ちでしたらいくつかお譲り頂けませんでしょうか。」



 言った!言い切ったぞ!他国の推定貴族以上の人物に対して極めて失礼だが、現状俺が取れる手段はこれしかない。


 他に良い手があったとしても今の俺には思い付かない。ならないも同然だ。


 格好を付けてはいるが結局の所当たって砕けろの精神であることには違いは無いな。


「ふふ、君おもしろいね、気に入ったよ。

 でもそのやり方じゃ長生きできないんじゃないかな?なんて余計だとは思うけれど忠告をしておこう。


 それで工芸品だったね。

 生憎と数は無いんだけど…クロコイ、戸を開けてくれ」


 どうやら琴線に触れたようで一息吐きそうになる。しかし安心したのもつかの間、その声を聞いた黒装束の一人が荷台の側面を開けた。


 荷台の中に乗っていたのは夜の精霊と見紛う程に美しい少女だった。


 この辺りでは決していることの無い夜闇のような腰まで届く黒い髪、均衡の取れた作り物めいた美しい相貌、身に付ける衣服は夜闇に咲く怪しげな花を描いた一枚の絵画を身に纏うかのようだ。


「今君に渡せる物はこの三つくらいだけれど

 …ん?どうしたんだい、もしかしなくても見惚れてるのかな?」


 キサラギ様のイタズラじみた顔で言う言葉でハッとする。


 いい歳した男が娘とも下手をすれば孫程年の離れた娘に見惚れてしまうとは…


「…失礼致しました。あまりに現実離れした美しさだったもので思わず見惚れてしまいました。」


 俺がそう言うとキサラギ様は楽しげな顔をして「ふふ」と笑い、上機嫌に話す。


「そこまで真っ直ぐに褒めてくれるなんて本当に嬉しいよ。君はさぞモテる事だろうね。


 それはさておいて、商談をしようかナルキソス。」


 上機嫌さを隠す事もなくキサラギ様は商談の再開を促す。俺としてはキサラギ様の容姿を見て、ようやく冷静になると後悔のような不安に駆られる。


 容姿や服装をこの目で見る事でキサラギ様はただの貴族階級相当とは明らかに違う事が分かる。


 これ程手の込んだ絵画のような衣服はそれこそ一流の芸術家が手掛けるタペストリーのように緻密で繊細な仕事が必要なはずだ。


 それを当然のように身に纏うキサラギ様は相当上の立場、それも一国の王のようなひと握りの上位者の娘などでないと身に纏え無いだろう。


 この質のタペストリーですら余程の富豪や王侯貴族くらい財力が無ければ手に入らないだろう。


「…本当によろしいのですか?」


 思わずといった感じで聞いてしまった。

 想定より上位の地位に尻込みしてしまったとも言える。たったそれだけで気が引けてしまうくらいなら初めから話しかけなければ良いんだ。


 そんなことは分かっているが理解した途端に否が応でも気圧されてしまった。


「本当にいいも何も君が言い出した商談じゃないか。」


 キサラギ様はそう言いながらくすくすと笑い、何処からか取り出した品を俺に見えるように並べる。


「君に出せる品はこの三つだよ。


 君から見て左から髪を梳かす櫛、花を活ける花瓶、そして手鏡だね。


 ボクから出せるのはこの三つだよナルキソス。君のお眼鏡に叶うと良いのだけど、どうかな?」


 そうして見せられた品にまたしても目を奪われる。


 黒く艶のある櫛に描かれた白い花――これは鈴蘭だろうか――がただの櫛にはない芸術性を出している。


 花瓶も同様に黒く艶のある全体に深い森を思わせる木々が精巧に描かれており、これを描く職人の技量が卓越している事が分かる。


 最後に手鏡とキサラギ様が呼んだ品を見る。

 純度の高いガラスとその裏地を務める金属のどちらも相当な高品質だといえる。それを囲む枠も黒く艶のある同様の技法が施されている。


 これら三つが一揃えの品だと言われても納得が出切る統一感だ。


「…こ、こちらをお譲り頂けると?」


 思わず声が震えてしまう。

 これが手に入れば新たなルートの開拓も難しくないだろう。上流階級に噂を流せば二度は手に入らない品として値段は青天井だろう。


 断続的にでもキサラギ様に連なる方に品を提供して貰えるとしたら俺の商会は存在感を増すだろうな。気合いを入れ直すべきだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ