11. ローゼンヘイムへ向けて
森で数ヶ月の間、ボク自身の能力の検証や外見の細かいアップデートをしつつ、自堕落に過ごしていた。
何にも脅かされない安全な空間で過ごす日々は何ものにも変え難い素晴らしいものであると改めて実感する。
暇に飽かせて作った家や魔道具で生活もそれなりに充実しており、強いて不満をあげるとすれば食べ物が無いくらいな物で、本来ボクには必要の無い趣味の領域で正直な事を言えば別に何がなんでも欲しいものでは無い。
身体面での変化でいえば座天使の権能がボクの能力と上手く嵌ったようで、魂の吸収効率が飛躍的に上がり、寿命の消費量が大幅に軽減された事でただでさえ黒字だった寿命の収支が消費し切れないほどに溜まっていく一方だ。
でも一番役に立っているのは智天使の権能だったりする。この権能は端的に言えば世界をデータベースにして検索エンジンのようなものだろうか。
魔道具の設計図や建築などの様式を検索したり、魔術の習得方法や理論といった内容まで調べればキリが無いほどに膨大な情報が収められている。
多分これだけでも百年は遊べるのではないだろうか?勉強という意味では未来永劫学べるだろうけど。
アナスタシアや苗床たちの記憶によれば失伝したであろう技術なども検索結果に引っかかるので下手に知性体に知られれば面倒この上ない状況になる事は間違いないだろう。
時空魔術の個別空間や錬金術の錬成盤と賢者の石なんてものはその最たるものだろう。
個別空間はその名の通り術者の所有する異空間で広さは術者の技量によるけれど、その最大の特徴は異空間内の時間は外と同期しない点にある。外でどれほど時間が経とうとも異空間内は一切時間が経たず、異空間内でどれだけ過ごそうとも外の時間は経過しない。
失伝魔術の一種だけど習得難易度を無視すればこれだけで流通と保存に革命を起こす事になるだろうね。
錬成盤と賢者の石は何故世界に広まっていないのか不思議な技術だ。
錬成盤は魔力を引き換えに物質を同質量の賢者の石に変換し、また賢者の石を同質量の物質に変換する補助道具だ。錬金技術が高ければ魔法陣やイメージで代用可能だけど効率は錬成盤の方が未だに上だ。
そして賢者の石は石とは名ばかりの水銀状の紅い金属でありとあらゆる錬金媒体になり、核変換と核の組成を無視する万能物質だ。
この技術があれば失伝なんてしないと思うのだけど…考えられるとしたら元々一部で細々と継承されていて現在も失伝していないというのなら納得は出来るかな。
この技術が広まれば畑から金が掘れるようになるようなものだから希少価値の概念が根底から覆されるね。
とまぁそんな感じで楽しく引きこもり生活をしていたのだけど、そろそろ約束を守りに行かなければなんて頭に浮かび始めていた。
いつでも構わないとは思うんだけど、このままズルズルと森に引き篭ったままだと気が付いたら役職を与えられてましたなんて事に成れば、レティシアに悪い気がするんだよね。
さて思い立ったが吉日だ。荷物も大して無いし、あったとしても個別空間に入れておけばいい。
せっかくのお出かけと言う事で少しオシャレをしてみようかな。
ボクの見た目がプリンセスと言うより姫よりな感じから着物風の格好が似合うと思う。まぁ魔力で生み出しているから着物も何も全裸なんだけど気にしない方針でいくよ。
さておき、ベースは黒地に赤の曼珠沙華を咲かせた小振袖と帯は朱色に金の刺繍で菊の花をイメージする。
ボクの風貌を見て日本人なら十人中七人は死を連想するんじゃないかな?アンデッドだし多少は主張してもいいと思うんだよね。
あぁせっかくだから駕籠も用意しようか、錬金術で素材は作りたい放題だからね。
……まぁ運ぶのも乗るのもボクなんだけど。
駕籠運び用のボクは黒子風の見た目にして全頭巾の顔隠しに封でも書いておこうか、読める相手がいるとは思えないけれどね。
では出発しようか。取り敢えず行先はローゼンヘイム王都付近へ。
◆❖◇◇❖◆
森を出てしばらく進めば人類種の生息域を示す街道が見えてくる。でも場所が場所なせいか第一村人発見ならずだね。
街道に沿って森から離れ、人類の生存圏を目指してゆらゆらと駕籠に揺られて進んでいく。開始五秒で飽きてしまう程単調な風景に必要の無い欠伸を噛み殺しながら、野盗の二、三人でも現れないかと現実味の無いことを考え始める。
実際問題こんな辺境で野盗をした所で実入りなんて皆無に等しいから野党なんて生物は生息しようがないんだけど、あまりの退屈にそんな事を考えてしまう。
それから何事も無くゆらゆらと駕籠に揺られて人類の集落に到着した。
この集落は開拓村というような風情で住人の多数が働き盛りの成年で女子どもは非常に少ない印象だ。
村へ入ると直ぐに村の代表と思しき中年が出てきて来訪の理由を聞いてきた。
ボクは森から来た事などを伏せつつ掻い摘んで街に向かっていると伝え、一日だけ泊めて欲しいと頼んでみる事にした。泊まる必要は無いけれどせっかくだからロールプレイでもして暇を潰そうか。
「そういう事でしたか。でしたら何も無い所でお構いも出来ませんが、どうぞごゆっくりとお休み下さい。」
そう言って男の家だという村の中で一際大きな家屋へ案内され、ささやかながらもこの村の規模を考えれば十分な歓待をしてくれた。
ボクとしてはちょっとした気紛れだったけれど、この村は突然現れたボクに対して最大限の礼を尽くしてくれた。ならボクも恩には報いないといけないだろう。
夜が明けて翌朝、ボクが駕籠乗り込むまで見送るつもりだろう村の代表に駕籠に乗り込む前に振り返りお礼を言う。
「今回は突然の訪問にも関わらず快く受け入れてくれた事、感謝するよ。」
「い、いえ!とんでも御座いません。大したお構いも出来ず、申し訳ございませんでした!」
今にも平伏しそうな代表を諌めて本題を切り出した。
「お返しといっては何だけども、きっと村の役に立つよ。受け取ってくれるかい?」
そう言ってボクは個別空間から二つのキューブを取り出した。
代表は困ったような表情を浮かべつつ、少しぎこちなくも恭しくキューブを受け取った。
「あ、ありがたく頂戴致します。…それでこちらは…?」
「それはオートマタといって自立起動するゴーレムのような物だ。家畜のように餌は要らず、労働者のように疲労もしない命令一つで何でも実行してくれる道具さ。」
欠点は知能を積んでいないから単純な作業しか行えないという点だけど村で動かすくらいなら問題ない程度にはパターンを組み込んでいる。
「そ、そのようなものを頂く訳には……」
「それはもうあげたものだからね。家畜のように使うなり守護者のように使うなり、全ては君たち次第だよ。」
一瞬で強ばった代表の顔がボクの言葉である種の諦めに変わっていった。
「そうだ。起動方法を教えておこうか、といっても魔力を込めるだけなんだけど、魔力を込めてから少し距離を取った方がいいかもね。起動すると成年の男くらいの大きさになるから。」
ボクはそこまで言うと駕籠乗り込んだ。ボクの言葉を咀嚼出来たのか代表は深々と頭を下げた。
「貴重な品、大切に使わせて頂きます。ありがとうございました。」
「ボクの方からもありがとう。また機会があれば寄らせてもらうよ。」
「はい、お待ちしております。その時はしっかりとおもてなしさせて頂きます。」
「じゃあ、またね。」
そう言ってボクは村を出て旅を再開した。