10. 管理者の立場と行く末
「私が君をお呼びした理由ですが、君には早々に育ちきって頂き世界の枠から外れて欲しいのです。」
管理者レティシアはそう言うとカップを傾けてお茶を飲むと話を一旦落ち着かせた。
「つまりボクに管理者に成れという事かな?」
「いえ、管理者は世界を管理する性質上その世界に縛られています。君は順当な手順で管理者の領域に踏み込んでいないので正しくは管理者ではありません。」
という事は管理するモノを持たない管理者、あるいは管理者相当の格を持つ管理権の無い存在のどちらかになるけれど、話し方的には後者になるのか。
「管理者は世界に縛られると言うけれど、ボクにはそういう縛りはないのかな?」
「そうですね。今のところ君が何になるのかが不明ですが今現時点での縛りはありません。君は良くも悪くもまだ世界に属した存在ですので。」
ボクが何れ世界の理から外れるかのように言っているのは気になるのだけれど、いつかは何かに縛られると。恐らく遠くない将来に。
「それまでの間に気が向いたらで構わないのですが異世界召喚や勇者召喚を行っている知性体がいれば釘を刺すか、面倒なら滅ぼしてくださいませんか?」
「それはまた何故?言い方は悪いけれど、知性体や獣なんて貴方達管理者からすれば大した存在でもないでしょうに。」
ボクの問いにレティシアは苦笑を浮かべて説明を始める。
「管理者からすれば確かに知性体がどうしようと世界全体を大した被害を及ぼさないので基本的に放置なのですけれど、こと召喚は言い換えれば拉致であり管理者からすれば窃盗です。」
確かにそうだろう。例えるなら庭に落ちている石を無断で隣人に盗られるようなものか、盗られた物そのものより、物を勝手に取られたという事実に気を悪くするといった感じだろうか。
「世界の壁を破壊するような召喚では無い以上私達が直接手を下せる案件ではありません。だからと言って見ていて気持ちのいいものでは無いので君に対処をお願いしたいです。」
「まだ管理者やそれに準じた義務が発生していない内に雑用をさせておこうという魂胆かな?」
レティシアはニコリと笑って頷いた。
ボクは現在するべき事もやりたいことも無い言わば暇を持て余していると言っても相違ない状態だ。
出来るか出来ないかで言っても出来ると判断できる案件ではあるけれど、素直に「ハイやります」では面白みが無いし、何より旨味がない。
ただ使われるだけなのは癪なので直接聞いてみる事にしよう。
「お使いをするのは吝かでは無いけれど、報酬を聞いてからにしようか。ボクにどんなものを用意してくれているんだい、管理者様?」
ボクの煽りにも似た問い掛けを聞くとレティシアは少し考えてから口を開く。
「達成未達成に問わず上位三隊の天使を各種一体づつ先払いでどうでしょう?取り込むも良しそのまま使うも良しの優れものです。」
…これはまた面白い事をいう管理者さんだね。
「そんな生贄みたいな事して大丈夫なのかな?それも一応は自我があるんだろう?」
「こと上位三隊の天使に関しては我々管理者の忠実な下僕です。天使たちも喜んで君に仕えるなり取り込まれるなりしてくれる事でしょう。」
精神性の違いのようなものだろうか?人間時代の神話には神に反逆した上位天使の話もあったような気がするけれど、それもある意味では強い意志が芽生えた存在だった事の裏付けだったのだろうか。
「ではありがたく頂くとしようかな。それと欲をいえばもう一つ貰えるなら欲しい能力があるんだけどどうかな?」
「……物にもよりますが、なんでしょう?」
座天使、智天使、熾天使の三体を恙無く取り込んでレティシアにあわよくばとおかわりを要求する。
「ボクが使えるリソース、寿命を年単位でも良いから知覚出来るように出来ないかな?それが無理でもある程度知覚出来るようにしてくれると嬉しいんだけど。」
「そういう事でしたか、君なら何れ任意での使用が可能と気付くとは思いましたがもう気付いていたという事ですね。知覚に関しては君自身で出来るようになるとは思いますが…これは貸しにしておきますね。」
レティシアがそう言うと僕の中に未知の感覚が現れる。まるで深く眠る時に沈む黒い海のようなものが身体の中にあるような感じだろうか。
これが寿命なのだろうか?ボクのイメージによる所が大きいのだろうけれど、そういう物だとして受け入れていくしか無いだろう。
その黒い海に意識を向けると数字が脳裏に浮かんでくる。
1,879,640
百万年強いや二百万年弱といっても差し支えないほど貯まっているね。まぁ寿命が丸々加算されていると考えるのなら予想範囲内の年数だ。
ゴブリンの平均寿命が四十年と考えて一般戦士になるのが五年と考えれば、平均的な余命は二十年くらいと考えて五千体を取り込めば十万年とゴブリンだけでそれだけいくなら他にも取り込んだことを考えれば寧ろ少ないくらいだ。
恐らく無意識で使用した年数は相当な年月になっているはずだ。膨大な年数を使いそうな竜種とか悪魔とか天使とか思い当たる節はあるからね。
ともあれボクが現在欲しいものはだいたい手に入った。後は管理者レティシアのお願いを叶えるくらいか、貰うものを貰ってしないのはボクのプライドが許さないからね。
「では気が向いたらで構いませんのでよろしくお願いします。」
「任せてくれ、少なくともボクの目に付いた窃盗誘拐犯は手段共々壊しておくとするよ。」
――――――――そこでボクの意識は白く染まり、気付くと見慣れた森に帰っていたのだった。