第四話-遠退く世界-
「やあ、久しぶりだね」
屋上の上には二人の人間がいた。勿論、僕と黒髪の美少女だ。
彼女に、僕は言葉を返した。
「ひさしぶりって、さっきラーメン屋で会ったじゃないか。」
僕は懐から煙草とりだし、口に咥えながらライターをとり出した。気味のいい音をたてライターの蓋をあけ、煙草に火をつける。一服しながら、そういえば僕はこの子には人見知りしないなと思った。
彼女は言った。
「そういえばまだ名前言ってなかったよね。花蓮、篠崎花蓮って言うの、私。よろしくね。」
「僕は熊谷海人。ところで君はどこの高校に通っているのかな。僕、ここら辺の制服には詳しいんだけど、その制服は見たことがないな。」
「ああ、これは自分で作ったの。」
「え、どういうこと?」
「私学校に行ってないから、気分だけでもと思って。」
なんとなくこれ以上の詮索はまずいなと思ったから、適当に相槌を打って話題を変えることにした。
「そっか。なんか大変そうだな。それにしてもあそこのラーメンおいしかったな」
話題の変え方が少し無理やりすぎた気がした。やっぱり会話のスキルが足りないのかな。それでも彼女は、僕の無茶な振りにしっかりついてきてくれた。
「そうね、でもまだお箸の使いに慣れてなくて、食べずらかったのが残念だったわ。」
「ん、もしかして外国の方?どこ出身なの?」
僕のそのなんともない問いに彼女はなにかしらの覚悟をきめたような、鋭いような顔をした。………気がした。
「出身・・・か。すべての原因は私にあるんだから答えなくちゃね。でもあなたは私がこれから言うことを信じてくれるかしら?」
意味深なその返しに、もしかしたら彼女は電波さんなのかもしれないなという危惧をしながら、僕は微妙な首肯をした。つまりそれは、あんまりにも突拍子のないないものなら信用するに値しない可能性を秘めているということだった。
そして彼女はあんまりにも突拍子のないことをいった。
「私、この世界の住人じゃないの」
もちろん信じられるわけもなく、僕はよほどすっとボケたな顔をしたのだろう、彼女はやっぱりという顔をして口を尖らせて言った。
それにしてもこの子、顔の変化が顕著だった。
「ほらね、やっぱり信じてくれない。でもね、直ぐに分かると思うよ。」
僕はそこでその会話を区切って、屋上の淵の方ぎりぎりまで近づいた。
そして街に向けて指さして、彼女に向けて言った。
「ほら、見て。あそこが僕の通った小学校で、あっちが中学校。高校はさすがに見えないね。」
「え、え?」
当然彼女は混乱したようだった。が、僕は構わず続けた。
「僕はね、ずっとむかしからこの街に住んでいるけど、それなりに今までの生活には満足しているんだ。死ぬまで平穏に過ごしていきたいってのが僕の夢なんだ。」
「ちょ、ちょっと待って。一体何の話をしているの?死ぬだのなんだのって・・・」
「なにが言いたいのかって、ようするに、今僕はものすごく嫌な予感がしているんだ。僕の人生の根底を覆すような。鳥肌が立っているんだ。こんな不安、僕の人生には不必要だなんだよ、花蓮。」
花蓮は言った。
「・・・もうすぐここ一帯のひとが消滅するわ、いえ、より具体的に言うならはあっち側の世界に送られることになるの。すべて私のせいでね。だから、ごめんなさい、あなたたちを巻き込んでしまって。」
刹那、空に奇怪な文様が浮かび上がった。それが七色の光を放ち街を照らす。
光に包まれ、静寂した世界。
混沌に引き込まれながら、一人、また一人と街から人が消えて行く。
人々はまるで、そこに理想の世界を見い出したかのような、至福の笑みで空を仰いでいたが、彼女だけは悲しそうだった。