君の魅了は俺の魔眼よりずっと強い
俺はこの街で一番モテる男、デリック。
高貴で超絶イケメンなのだから、当然ではある。
だがそれだけではなく、生まれ持った魔眼をウインクで発動させると、人を魅了することができるのだ。
「デリック様だわ!」
「デリック様、ぜひうちに寄っていらしてー!」
「うちの店にも来てくだせえ、デリックさん!!」
ひとたび街を歩けば、誰も彼もが目をハートにして寄ってくる。
男も女も老人も子どもでさえも、みーーーんな俺の虜だ。
ちやほやされるのは、気分がいい。
「あの、占いは、占いはいかがでしょうか」
俺の周りに人垣が出ているのを見て、ひとりの女が道の端でそう声をあげている。
この街では見たことのない顔だ。俺は魅了している者たちを仕事に戻らせると、その女の元へ向かった。
「見ない顔だな」
「はい。昨日この街に入ったばかりです」
「ふうん……まぁ、せっかくだから占ってもらおうか」
「はい、ありがとうございます!」
女は亜麻色の髪をなびかせながら、俺を見上げにっこりと笑った。
その瞬間、俺の体は雷が落ちたんじゃないかと思うほどに衝撃が走った。
「ふぐうっ!」
「ど、どうされましたか?」
「い、いや、なんでもない……」
な、なんなのだこの女の笑顔の破壊力は?! まさか、こいつも魅了魔眼の持ち主か?!
だが魔眼特有の光は発していなかった。一体どういうことだ。
女は簡易テーブルを出し、俺はその前へと立つ。
「では、お名前を教えていただいてもよろしいですか?」
「ああ。デリックだ」
「デリックさんですね」
「お前の……いや、君の名前は」
「私はチェルシーといいます」
なんともかわいらしい名前だ。なんだか食べちゃいたい衝動が走るのはなぜだろうか。
始めていきますとカードを出して、チェルシーは一枚ずつテーブルの上に並べていく。
白くて美しい手だ。一枚めくってチラリと俺を見る透き通った空色の目は、全てを見透かされているようでドキドキする。
まさかこれは………恋?
「あなたは今、恋をしていらっしゃいますね」
「んな!! なぜわかった!!」
っく、当たって動揺してしまった。
占いの腕はなかなか良いらしいな。
「あなたの初恋だと出ていますが、合ってます?」
俺の、初恋。
そう言われるとそうかもしれない。
俺は、いつも、誰でも、気に入ったものを魔眼で魅了してきた。
そこに恋心があったかと言われると、答えは否だ。
俺は好かれるのが好きだった。だから誰も彼もを魅了してきた。けれど、自分から恋心を抱いたことは……ない。
「は、初恋のようだ……これが、はじめての……」
「ふふ。素敵ですね」
二十五にもなって初恋だなどと言うのは、恥ずかしすぎて顔が熱い。
けれどこんなにも顔が熱くなるのは、素敵だと微笑んでくれたチェルシーのせいでもあるんだからな。
「お、お前は……いや、チェルシーはいくつだ」
「私の年ですか? 二十六になりました」
まさかの年上だった件。
「若いですね」
何言ってんだ俺?
「もう若くないですよ。地元じゃみんな十代で結婚してますから、私は立派な行き遅れです」
「いや、十代といっても十分に通じる容姿をしている。かわいらしいのに美しい」
「褒めても占い代は安くしませんからね?」
チェルシーは困ったように笑っていて、俺の心は嵐がきたかのように荒ぶっている。
それはもう、ビュンビュンビュンビュン大荒れだ。
「あなたは、その人と結婚したいと思っていますね」
「俺の心を先読みするような、すごい占いだ!!」
「ふふ、この道のプロですから」
「どうすれば、結婚できる!?」
「ちょっと待ってくださいね」
そう言ってチェルシーは次のカードを捲り始めた。すると、チェルシーの顔が少し暗くなり、俺は不安で彼女の顔を覗き込む。
「な、なんだ、悪い結果が出たのか?」
「あの、大変言いにくいんですけど……」
「言ってくれ!」
まさか、チェルシーとは結婚できない……?
そう思うと俺の胸は、深海に突き落とされたように沈んだ。
「デリックさんは、なにかの能力持ちと出ています。なんの能力かはわかりませんが……もしそれを使うと、結婚できたとしても、お相手の女性を幸せにすることができない、と出ています」
「な、なにぃ!」
俺の魔眼は、強制力が強い。チェルシーを魅了し、俺と結婚させることは不可能じゃないが……それは、チェルシーの意思ではないんだ。
つまり、魔眼を発動すると、チェルシーは本当は好きではない俺と結婚させられてしまうことになる。それは確かに幸せとは言えないだろう。
「俺は──好きな人を、幸せにしたい……」
「デリックさん……良い人ですね。その思いがあれば、きっと大丈夫ですよ」
優しく微笑んでくれるチェルシー。まるで女神のようだ。
俺は、この人を幸せにしたい。魔眼なんか使わず、両思いになり、いつかは結婚したい。
さっき出会ったばかりで、こんなふうに思うのはおかしいのかもしれない。
でも、彼女に恥じる生き方はしたくなかった。
すでに魔眼を使用してしまった者はどうしようもないが、これから先、俺はこの魔眼を使わずに生きていく。
ありのままの自分で、俺は彼女の心を射止めていく。俺は今、そう決めた。
「あ、風が……!」
その時ぶわっと強い風が吹いて、カードが飛び散っていった。
俺も思わず右目を瞑ってしまい──
「きゃ……?!」
俺の左目は一瞬熱くなり、チェルシーの顔を照らした。
あ……発動しちゃった、俺の魔眼……。
「カードが……」
チェルシーは急いでカードを拾い集めている。嘘だろ? ウインクしようとしてしたんじゃないのに!!
終わった。俺の人生終わった。
彼女を幸せにするために、魔眼は使わないと決めたばかりだぞ!
なのに、魅了してしまった……どうしてこうなった。
「すみません、もう一度占いのやり直しをさせてください!」
カードを拾って戻ってきたチェルシーが、うるうると俺を見上げている。
それは、俺に……魅了されている顔。
「っく……」
涙が出てきそうだ。
俺は今まで、この力を使うことに罪悪感など感じたことはなかった。
皆が俺に魅了され、ちやほやされることに疑問を感じたこともないし、むしろ優越感しかなかったんだ。
「デリックさん、私の占いの結果は、努力次第でいくらでも変わりますから……!」
もう遅い。俺はチェルシーにこの魔眼の力を使ってしまった。つまり、幸せに出来ないってことだ!
「な、泣かないでください……っ! 私にできることなら、なんだってお手伝いしますから……!」
それは、魅了された者がよく使う言葉だった。
そう、チェルシーが俺に優しくしてくれるのは、魅了されているから。
どうして俺は今まで、偽りの言葉で優越感を感じていたのだろうか。言わせた言葉など、なんの意味もないというのに。
深く沈む俺の手を、チェルシーは優しく取ってくれる。
「どうしたんですか、デリックさん……悲しいことでもあったんですか?」
「ああ……俺の能力で、たくさんの者を不幸にしてきたかもしれないとわかったんだ……俺は、いい気になっていたんだ……」
「そうなんですか? もし仮にそうだとしても、反省しているなら大丈夫じゃないでしょうか。少なくとも私には、デリックさんはとても素敵な人に映ってますよ」
優しいチェルシー。でもそれが魅了のせいで言わせている言葉だと思うと、涙が止まらない。
「大変、デリック様が泣いてらっしゃるわよ?!」
「どうしたんだ、デリックさん!」
街の者が俺の涙に気づいて、わいわいと集まってきた。
「どうして泣いているの? 私が慰めてあげるっ」
「今日一杯つきあってやるよ、悩みがあるならなんでも話してくれ!」
見知った者たちの、温かい声。嬉しい言葉。
「ほら、デリックさん。あなたにはこんなに慕ってくれている人がいるんだもの。誰も不幸にされただなんて思っていないですよ、きっと」
何も疑っていないチェルシーの笑顔が、俺の胸に突き刺さる。
「違うんだ……俺は魔眼持ちで……みんなに魅了をかけてしまっていたんだ……」
「魔眼……ですか。噂には聞いたことがありましたが……」
「すまない、俺はチェルシーにも魅了をかけてしまった」
初めての罪の告白は、息ができないほどつらく苦しい。申し訳ないという気持ちを、俺は生まれて初めて知った気がする。
「そうなんですか? えっと、その魅了を解除してもかまいせん?」
「え? 解除なんてできるのか?」
「はい、魔法解除はこの街にくる前に習得しましたので」
「やってくれ!! ここにいる、全員!!」
「わかりました」
チェルシーはうつむくと、魔法を唱え始める。体は薄く光り、パッと正面を見た瞬間、俺の胸に手を当てた。
「ディスペル!」
温かいものが入ってきたかと思うと、それは霧散し至る所に飛んでいく。
キラキラとした光が、雪のように人々の体に降り注ぐ。
「あれ? 俺はなんでデリックなんかを慰めているんだ?」
「こんなことしてる場合じゃないわ、仕事にもどらないと」
「私はどうして彼を振ったりしたの……デリックなんて、これっぽっちも好きじゃなかったのに!」
俺の魅了を解除された者たちは、次々に俺の前から去っていく。
面倒そうな顔をして。あるいは、恨むような目つきを残して。
恥ずかしい。俺は、こんなことをしている自分に全く気づけなかった。
こんなに迷惑をかけていたこと、知らなかった。
「デリックさん……」
俺の周りには、チェルシーを残して誰もいなくなった。
好きな人にこんな情けない姿を見られてしまって、恥ずかしくて消えたくなる。
「すまない……お金は言い値で払うよ……君も、俺なんかのそばから早く離れたいだろう」
もう、魅了の魔法は誰にもかかっていない。
俺はこの街で、嫌われるだけの存在となってしまった。
友人の一人すらいなかった事実を突きつけられて、俺の心はズタズタのボロボロだ。胸に穴でも空いたんだろうか。痛い。痛すぎる。
「デリックさん」
そんな俺の手を、なぜかチェルシーは握ってくれた。
もう魅了はかかっていないはずなのに。
「チェル……シー……?」
「あなたの生き方は間違っていたかもしれない。けど、こうして魅了を解除するのは勇気のいることです。それを実行できたあなたを、私は尊敬します」
こんな俺に、にっこりと優しく微笑んでくれるチェルシー。
「どうして……魅了はもう、かかっていないはず……」
「はい、かかっていませんよ」
「なのに、逃げないでいてくれるのか……? 俺に軽蔑の目を向けないのか?」
「人は誰だって間違いを犯すものですから。これからどう償い、どう生きていくかだと思います」
女神のようなその言葉に、俺の涙腺は崩壊する。
「チェルシーに出会えて良かった……こんなことを言われても困るだろうが、俺は……君を好きになってしまった」
「え?」
涙をだばだばと流しながらの告白に、チェルシーは目を丸めたあと、ほんのりと頬を染めている。
「デリックさん」
「迷惑なのはわかっている。忘れてくれ」
「迷惑なんかじゃ、ありませんよ」
その言葉に、俺の涙はピタリと止まった。どうしてそんなふうに言ってくれるのか、俺には理解できない。
「私、恥ずかしながらこの年まで誰にも告白というものをされたことがなくて……素直にデリックさんの気持ちが嬉しいです。この街は来たばかりでお友達もいませんから、よろしければお友達から始めてくれませんか?」
「……ありがとう、チェルシー……! 俺にダメなところがあったら、いくらでも指摘してくれ……!」
「はい、お友達として指摘させてもらいますね!」
差し出された手を、俺は恐る恐る握り返す。
チェルシーの頬は紅色がさし、そしてやはり女神のように微笑んでくれた。
***
数年後、俺たちは結婚をした。
俺は街の人たちに謝罪して周り、償えることは全て償ってきた。困っている人がいれば手伝い、嫌なことも率先して引き受けて、社会貢献に勤しんできた。
それをチェルシーは、ずっとずっと手伝ってくれた。
俺の隣で微笑みながら、時には叱咤してくれ、俺の彼女への愛情は日に日に高まっていく。
結婚してほしいと俺が言った時、チェルシーは言った。
もう若くないけど、いいんですかと。
君じゃなきゃダメなんだと伝えると、彼女はずっと隠していた秘密を教えてくれた。
「ディスペルを覚えてこの街に来ると、幸せになれるって自分の占いに出たんです。だから本当は私、出会った時から運命を感じてたんですよ」
そう言ってお茶目に笑うチェルシー。俺たちは出会ったその日に惹かれ合っていたのかと、チェルシーを抱きしめた。
結婚式の日、俺たちは街中の人に祝福され、おめでとうという優しい言葉を浴びながら、式を挙げることができた。
俺はもう、誰にも魅了をかけない。
魅了をかけずとも、皆が俺を慕ってくれるようになったから。
そして、何より──
「デリックさん、ずっと愛しています」
ディスペルでも解けない魅了に、彼女は掛かってくれているから。
「チェルシー、これからもずっとそばにいてくれ」
そして俺も、一生君に夢中なんだ。
俺は愛する妻を抱きしめると、そっとその唇を奪った。
「愛しているよ、チェルシー」
そういうと、チェルシーは目を細めて俺を抱きしめ返してくれる。
知ってるか? 君の魅了は、俺の魔眼よりもよっぽど強いということを。
女神のようなチェルシーの微笑みは、俺を一生の虜にしているんだ。
──けっして消えない、その魔法で──
お読みくださりありがとうございました。
『若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。』https://ncode.syosetu.com/n7891hn/
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