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~Praying for Rain(雨乞い)と Playing with Fire(火遊び)~


   ◆


 午後のメインイベントが始まる。

 鉄砲の合図にみんなが校庭から外へ一斉に走り出す。

 十キロは結構長い。一日をまるごと費やすとまではいかないが、それなりに体力と気力は削られる。

 早々に息が切れて、へたばりながら息を吸って吐く。

 見慣れた歩道を走る。そのとき車道でげらげらと笑い声をあげる輩がいた。ぶんぶんと唸りながら、バイクが三台通り過ぎた。ヘルメットをかぶったおそらく男三人のドライバー、その後部座席にあの三人組が乗っていた。

「へっへー、おさきー」

 生徒たちをからかうように、バイクの爆音が遠ざかっていく。どこまでも卑怯な奴らめ、と姫子は嘆きたくなる。

 途端に姫子はいまこのように走っている意味がわからなくなった。どうしてこんな一生懸命に走っているのだろうかと。自分が馬鹿なように思えてならない。

 すると、誰かが後ろから肩をぽんと触れる。

「露子?」

 姫子が振り向くと、彼女がいた。

「姫子ちゃん、ちゃんと走り続けるのが競歩大会の最低限の作法よ」

 露子もあんな不真面目な女子を目の当たりにしたはずなのに、生真面目に走る。

 その誠意に姫子は再び走り始めた。


 息切れを何度か起こしたものの、姫子は露子と一緒に並走した。一方が疲れたら、その都度に相手を励まし合いながら、十キロの道を走り、ようやく学校に辿り着いた。

「ふえぇ、足が痛い」

 ゴールを通り抜け、校庭の芝生に座り込むと、後ろから冷たいものが首筋に当たる。

「はいこれ、姫子ちゃん」

 露子が左手にスポーツドリンクのペットボトルが握られていた。

「ありがとう、露子」

 スポーツドリンクを一口飲むと、途端に身体が軽くなったような心地がした。

「それじゃ」

「待って、露子!」

 露子が足を止める。

「あたし、露子が雨乞いをする姿が見たいな」




「うち見られていたのね」

「うん、あたしだけじゃなくて他の人も結構見てた」

「そう」

 気にしない振りをしているが、露子の頬が紅くなっていた。

 生徒が普段使わない中庭だから、気づきにくい場所ではあったが、あのように踊っていたらバレてしまうものだ。それに時間帯も昼頃だった。いまごろは校舎の陰で隠れている頃だ。それなら目立ちにくいから好都合だろう。

「ねえ露子、片意地にならなくてもあいつらの言うことなんか相手にしないほうがいいよ」

「うちも体育祭がかったるいから、ちょうど雨乞いしたかっただけよ」

 そんなはずはないと思う。彼女も公私混同で雨を降らせるなんて、ここ何日か露子と話をしていているが、とても考えにくい。

「ごめん、いま言ったのは嘘よ。でもうちがたったひとつ言いたいことがある」

「それは?」

「雨乞いをすることに嫌気が差してる自分をうちが嫌いになれなかった。ただそれだけ」

 姫子は無表情を決め込んでる露子の感情を察し、そっとほくそ笑んだ。意固地になってあんなことを言うのは雨乞いの巫女として失格だと思ったし、作法にも反してると思う。けれど露子も人間なんだなと姫子は思った。

 例の場所に差し掛かる。だが中庭に先客がいた。

「この肉うまいわ」

 あの女子三人組だった。バイクに乗せてもらい、ずる賢く悠々とゴールをした卑怯者たちである。

 そしてそれをどうやって持ち込んだのか。バーベキューセットで開き、肉をじゅうじゅう音を立て、焼いていた。

「あん?」

 露子の存在に気づいて三人がこちらを見る。

「何? 肉食べたいの? やらないわよ、あっちいきなさい、しっしっ」

 おもむろに露子は三人のほうに近づく。

「水はどうしたの?」

「水? 何よ、水って」

「火事になったらどうするの? こういうとき、バケツに一杯の水を用意しておくのが決まりでしょ?」

 そもそもバーベキューをすること自体を非難すべきだと姫子は考える。それを含めても、いまここで場違いに三人の行ないを律儀に咎めるのは、あまり好ましくない。何をされるかわかったものではないから。

「何よ、優等生。うるさいのよ、いちいち。人の約束も守らないあんたのような他人様に言われたくないわ!」

 酷い言われ方に姫子は腹立たしく思う。

 そばに角張った灯油缶があった。まさか一から熾きを作るのが面倒で、わざわざ持ってきたのか。太めの角材が燃えているのを見ると、姫子はそんな予想が立つ。しかも灯油缶が火のすぐそばにあって危険だ。

「やっぱりこいつ、徹底的に締めてやる」

 そうやって窓のない壁に露子を追いやって、罵詈雑言を吐く。

 見ていられず、姫子はそれを止めようと露子と相手のほうへと近づく。

「やっ、やめ……」

 だが勇気がなくて直前で、姫子の言葉が尻切れトンボになってしまう。

「この野郎!」

 後ろで肉を焼いてるもう一人が激昂する。火箸を振りかざし、姫子たちに詰め寄ろうとした。赤い火の色をした火箸の先。そんな危なっかしいことを。

 臆面もなく気にすることもなく、いきりたって襲いかかる。

 危害を加えることに周囲に目がいかなかったのがいけなかった。足下に注意を向けていない。放置してた灯油缶に躓く。その拍子に灯油缶が倒れ、中身が飛び出て、バーベキューの火にかぶった。

 その瞬間、火が勢いよく立ち上った。

「しまった!」

 後悔しても遅かった。

「逃げるわよ!」

「待ちなさ……」

「うるさい!」

 相手が露子を突き飛ばして校舎の壁に背中を打ちつける。

「露子!」

 慌てて露子に駆け寄る。そのまま肩を貸して一緒に逃げようと姫子は考えたが、背後はもう手遅れ状態だった。

 完全に炎に通せんぼされた。女子三人組はもうここにはいない。このままでは、二人が焼死するのは時間の問題だった。

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