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~Rained(雨降り)。Lied(嘘つき)と、Laid(放置)~

 どうしてこんなことになるのか、姫子には見当もつかない。

 熱い外気の中のはずなのに、そんなことに抵抗なく走っていて、それでいて苦しくない。姫子はちぎれた雲の上を飛び跳ねているように足の裏が感じた。

 あすなろに手を結ばれて、姫子が走ってる走ってる走ってる。

 しかしそれは無理をしていることに気づかせなかったのだろう。

 次第に息苦しくなって、自然に咳き込み始める。

「姫子さん!」

「もうちょっとゆっくり……走って?」

「ごめん」

 あすなろは姫子から手を離す。

「あ、手は離さなくて……?」

「え、でも」

「あ、ううん。なんでもない」

 せっかく近距離になれたのに、どうしてここで手を離してしまうのか。姫子の願望はうまく叶わないものだ。けれど姫子には、そこで手をつないだままにしてくれと、直接言う大胆さには踏み込めない。

「何があったの? あすなろくん」

「露子さんが……」

 ことの真相はこうだった。先日露子に言い寄っていたあの例の女子三人組が、偶然ここで鉢合わせになり、彼女のことをからかってきたのだ。

 三人は暑い暑いと言いながらこの天気なんとかして欲しいわねぇ、誰かさんだったら簡単に雨降らせて涼しくしてくれるのかもねぇ、などと囃し立てているところを、あすなろが通りかかった。

 あすなろは、そういうことはよくない、そう三人に説教すると、いたたまれなくなったのか露子がその場から逃げ出したのだ。そこを逃すはずもなく、三人が徒党を組んでふざけながら待て待てとふざけながら、追いかけていった次第だ。

「あすなろくんは、どうしたいの?」

「見過ごせないから、納得する形に仲裁したい」

 あすなろはどこまでも優しい。他人から余計なお世話と言われそうな男の子だ。それにも構わず一生懸命になってくれるから、姫子は惚れてしまったわけなのだけれど。

 ともかく見過ごすことができないのは姫子も同じだったから、あすなろと一緒に走った。

 アーケードが途切れる手前で、露子を囲んでいる三人組の姿が見える。

 猛烈に彼女一人を罵倒する様子が見て取れた。

「バカ! 二度と学校来んなっ!」

 普通じゃない苛立ち方、その理不尽さに三人の自分勝手さが垣間見える。

「本当は雨なんか降らせられないくせに」

 その言葉に反発するよう、露子が目の前の相手を突き飛ばす。

「降らせられるわよ! 雨乞いの儀式をうちはちゃんとやってる!」

 露子が威風を持って堂々と応える。なんという実直さだろうか。

 見かねたあすなろがそこに駆け寄って、沈静化を促そうとする。

「まぁまぁ双方意地にならないで」

「うるさい!」

 三人に気圧されるも、あすなろは尻込みはしない。

「露子さん」

「……あすなろくんは黙ってて」

 それを受けてあすなろは目をぱちくりさせる。このいがみあいに、自分が入り込んでいるのがお節介だと、どうやら気づいていない。

 さっきから商店街を通る人からの視線を集め始めてる。

 この状況を傍観しているに過ぎない姫子も、次第に苛立ち始める。

 そして姫子はその苛立ちが小さい勇気より勝ってこう叫んだ。

「ハーフタイムッ!」

 その叫び声に目の前の五人が黙り、姫子に視線が集中した。この子いったい何を言ってるのか? とでも言いそうな顔で。

「争いは後半戦に持ち越し。双方とも作戦を考える時間に移りましょう。あすなろくんはそこの三人の作戦、あたしは露子ちゃんの作戦を考えるから」

 あすなろは何を言っているのか全然わからず、立ち尽くしている。やっぱり鈍感だなぁと、姫子は頭を抱える。

「作戦タイムと見せかけて、喧嘩をやめるよう説得するチャンスだよ。あすなろくん」

 姫子は小声で伝えて、あすなろは頷いてから「あっちで作戦会議しよう」と言いながら三人を別の場所に引き入れた。戸惑いながらも女子三人はあすなろに促されるままに歩いていく。


 あの三人組があすなろに促されて席を外す。それから少時経って露子の気持ちが落ち着いてくる。

「露子」

「何? 姫子ちゃん」

 とがった口調を露子はまた返してくる。

「作戦タイムだよ! 露子」

「うち降伏する。それでいいわ」

「いやいや、そんな」

 いや、むしろ喧嘩を止めることが目的のはず。好都合だ、と姫子は遅れて気がつく。

「はぁ……」

 しかし露子はどうしても納得ができない表情をする。このまま終わらせてもいいのか、姫子は疑問に思う。

「うちを笑ってくれればいいわ」

「そんなこと言わないで、胸を張って生きようよ露子」

「姫子ちゃん、あすなろくんのこと好きなの?」

「え、そ、そんなこと……」

 露子は二本の指で姫子の額に触る。

「なに?」

「動揺してる。あすなろくんなんて嫌いだって言えばいいじゃない」

「え、そ、それは」

「言いなさいよ、好きじゃないなら、うちがあすなろくんに伝えてあげる。姫子はあすなろくんのことが大嫌いなんだって」

「やめてよ! 露子!」

 思わず怒号をあげて、反発する。

 露子は笑いかける。

「そう、やっぱり好きなのね、あすなろくんのこと」

 なんか遊ばれてるような気がする。でも一瞬だけ勇気が湧く感触を得た。

「いやいや、いまそんなこと関係ないし」

「姫子ちゃんの勇気を確かめただけよ、うちなんか無鉄砲だから」

「露子?」

「うちはね、姫子ちゃん。うまく雨を降らせられなくて悔しいの」

 科学的というか、冷静に考えると雨乞いで雨が降らせられるなんて、姫子も思ってすらいない。だけど雨乞いをしようとする露子には感銘を受けている。神社での所作を注意されたとき、ああ露子はきちんとやってくれる女の子なのだと、わかりきっている。だから真面目に雨乞いをする露子の心意気が、姫子は羨ましかったのだ。

 ただそれでも、雨乞いで雨が降らせられるとは考えていない。

 だから姫子は裏腹に、雨を降らせられなければ学校をやめるというのは、露子自身が言うように無鉄砲だと考える。

「信じてないんでしょ?」

「そ、それは……」

 それを正直に言うほどの勇気はない。それは、深く傷つけてしまうから……プライドも、雨乞いの御業も、そして露子の心も。

「ダメよ、姫子」

 真上のアーケードで逆さに立つルテが声をかけてくる。

「その女に雨を降らせることはできないわ」

 露子には聞こえないだろうけど、遠慮会釈もなく露子を傷つける言葉を言えるものだ。

「どうしてそんな酷いことが言えるの!」

 かっとなって叫ぶと、ルテの姿が消える。

 露子には奇妙に見えただろう。何もない上の空間に姫子が話のつながらないことを口にしたのだから。

「姫子ちゃん?」

「頑張って露子ちゃんが雨を降らせようとしているのに、ふざけないで!」

 ルテ一人に姫子の心をぶつけたつもりだったが、その心は露子にもぶつかっていた。

「うちは頑張ってる。でもうまくいかないものはいかないから」

「露子……」

「もうやめよう、うちあの三人に謝るから。もう雨を降らせられますなんてホラを吹いたりしないから。嘘つき露子はこうして正直者になりました、めでたしめでたし、これでいいでしょう?」

 それが露子の答えなのか、それはあまりに姫子が望んだ形にはほど遠い。

「あたしはそんなことを言え、なんて一言も」

「うるさい」

 どうも露子は投げやりになっている。


 それから露子は三人に対し、降伏の形で「うちは嘘つきでした」と言って謝罪した。

「いいのよ、あたいらは露子の大罪を絶対にゆるさないとは言ってないから」

 なぜ大罪を決めつけているのか、その断定こそが大罪だと姫子は思うのだけれど。

 露子は無言で頭を下げたままの姿勢を保つ。

「もっと心の底から謝ってるのなら、地面に頭こすりつけて土下座しなさいよ」

 この傲慢極まりなさに怒鳴りつけて髪の毛引っ張ってやろうと思ったけれど、姫子は右手を強く握りしめるだけに留める。

 頭を下げた状態でアスファルトの地面に両膝をつき、本当に礼儀正しげな所作で露子は土下座した。そんなことのために礼儀作法使う必要あるの? 姫子はそう訴えたかった。

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