~Made of Faith(てるてる坊主)とMade of Fides(ルテ)~
◆
月曜日、あすなろに会えるのが楽しみで姫子はわくわくしながら登校の道を歩いた。
いま感じている現実感が夢でないことを祈りながら。それが夢でなければ、あすなろはきっとあのように言ってくれるはずだ。
しばらく歩いて、ようやくあすなろが学校の道を歩くのを見つける。
「おはよう! あすなろくん!」
姫子が手を振ってあげると、あすなろも気づいて手を扇いだ。
「あ、おはよう。姫子!」
やっぱり期待通りの反応を示してくれた。
よそよそしい「さん」づけをしない。姫子のことを姫子と呼んでくれた。だからわかる、土曜日のことは夢じゃなかったんだと。
「あすなろくん」
言って姫子は、なんとなしな自然さであすなろの隣を歩く。
そうこんな感じでいい。姫子は願っていた、あすなろのことがもっと知りたいと。そして、あすなろとは恋人同士になりたい、と。
「あすなろくん?」
少し元気なさそうな感じだった。何かよくないことがあすなろにあったのだろうか。不安げに姫子が見つめているのに気づいたのか、あすなろは「あ、ああ」と虚ろになりかけていた心が現実に戻ってくるのを認める。
「どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「ああ、ちょっと病院に行ってたから」
病院というワードを聞いて、当然ながら姫子は心配になった。
「どこか具合悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。大丈夫」
そうは言ってもその顔は、病み上がりの顔にも、空元気の顔のようにも読み取れた。
本当に大丈夫だろうか。自分の体調を悟られたくないように思える。
こういうときは、あまり詮索しないほうがいいのだろう。たとえ、自分があすなろのことを深く知りたいとしても、だ。
◆
休み時間、第一校舎の三階から中庭を見下ろす。あのときと相変わらず酷く焼け焦げた姿を晒している中庭を。
「ねえ、ルテ」
「何?」
天井に貼りついた彼女が姫子のほうに近づいた。
姫子は階下の惨状を見て、どうしても聞かずにいられなかった。
「あんた、あのときてるてる坊主をあたしに渡してくれたわよね」
「そうね」
「どうして?」
「どうしてって、あなたが雨を降らせて欲しいか、聞きたかったから」
それなら直接ここに来て聞けばいいことだけれどそれは無理だな、と頭の思考回路がつながった。あのときルテと喧嘩していたから。
でもそれもまた変だ。自分が死の間際まで追い詰められているのだから、あんな状況になったならそんなことは気にもとめずルテがあの場に来たとしても、そのほうが大分親切だ。
けれど、ルテはそうしなかった。てるてる坊主をよこしてそれを炎に投げ捨てることで雨が降らせてくれというサインをしろという、どうしてそんな遠回しなことを聞くようなことをしたんだろうか。
それに、あのときてるてる坊主を投げたのは、あの変にリアルで気持ちの悪い夢を見たからであったのだし。そんな遠回しな質問に答える意図はあのときの姫子にはなかった。いや、あのリアルな夢があったからこそ、思考回路がうまい具合につながって、あんな行動に出たということにいまさらながら気がついた。
「まぁいいわ、でもあたし、あのとき本当に死ぬかと思ったわね」
「そうね。もし死んだら私と本当の意味で接近できたかもしれないわね」
「バカ」
姫子は死にたくない。少なくともあと六十か七十は生きていたい。そんな途方もない未来に姫子自身がどうなっているかわからないけれど。
「あのてるてる坊主ね、あたしが作ったの」
「へえ、あなた器用なのね、姫子」
「あたしが不器用だって言いたいの?」
「そうね、生き方が不器用だから手先も不器用だとい思ってたわ」
それはルテなりの冗談なのだろうか。悪い意味で心に刺さる。
「……こほっ」と咳払いを立てて、姫子は本題に戻るために話を始める。
「あのてるてる坊主の作り方は大切な人が教えてくれたの。大切な人と言っても、あたしの伯父さんにあたる人なんだけどね」
ルテが珍しく姫子の話に食い入るように黙り込んだ。
「あのときは小学一年生、はじめての運動会が楽しみだった。でも、天気予報では当日の天気は雨、あのとき奇跡でも起こらなければあたしは気分が沈むところだったわ」
「そうなのね」
「でも、その奇跡の起こし方をおじさんは教えてくれた。てるてる坊主の作り方を教えてくれたの」
てるてる坊主の作り方なんて誰にでもできると言われるかもしれない。
けれど、伯父は動画投稿サイトで手芸の仕方を教えるほど凝っていた。
でも技術だけではない。奇跡を起こすためには技術は二の次どころか三の次四の次と言って、大事なのは格好良く作ることではなく願いを込めて作ることだって言った。
心から信じなければ、姫子が作ったてるてる坊主も自分に自信がなくなって、その気持ちが雨を呼び寄せてしまうだろうと伯父は言ったのだ。
根性論だとか信仰心だとか、そんな精神論的な話ではない。きっとそれは自分勝手なものではなくて、信じることは人間のできる唯一のことなんだ、と。そんなことを教えてくれたような気がする。あのとき言ってくれた言葉を明確に覚えているわけではない。けれど姫子はそう思っている。
「運動会は晴れたわ、雲一つ無い快晴だったわ」
だから姫子は信じたことに報われた。そんな感動を味わったのかもしれない。
「ルテ、あたしね、意外かもしれないけど晴れてるほうが好きなのよ」
「わぁ、本当にイガーイね」
「うるさい」
茶化してくるルテに怒りながら、次に姫子は悲しい表情を浮かべる。
「その数ヶ月後、伯父さんは亡くなったわ。晴れやかな表情をして。とても幸せそうだった。その幸せが煙になってのぼっていったとき、外で雨が降り出したの」
黒い服を着ていた。けれど姫子は雨に濡れて惨めな姿になった。伯父さんのことはいまでも忘れない。けれど雨が降ると、伯父さんがいなくなったことを思い出される。伯父さんのことが好きだけど、伯父さんは雨を降らせるような人間ではない。だから雨が降るたびにふと思い出してしまうことがある。伯父さんはもういなくなったのだ、と。
「てるてる坊主をあなたに渡したのは間違いだったかしら」
あのときちょっとムキになっていたから、思い出のものをルテにとられたとき、冷静さを欠いていた。それに火事になったあのとき命のほうが大事だったから、とっさに燃やすという行動を取ったのは自然のなりゆきである。だから姫子がルテを責める権利はない。場当たりかもしれないがそうするしかなかった。
そうするしかないときは、やはり人はそうするのだ。
「でも、いまは少しだけ雨が好きになれたかな」
「そう? 私のおかげね」
「ううん、あすなろくんのおかげよ」
「なんでそうなるの?」
ちょっと考えると、まるでとんちんかんな言い方をしてルテを困らせる。
(まぁ、これは当然のペナルティとして受け取りなさい)