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~Dolly Mover...Dream Over...(カメラの動き、夢の終わり)~


   ――


「……、姫子、姫子!」

 あすなろの声がする。

 瞼を切り裂いて強烈な光が瞳の中に入る。

 まぶしさに目を開く。草の地面が背中に触れていた。ゆっくり起き上がると、全景が目に飛び込む。灯台が光る夜半どきの孤島だった。

 灯台と反対側の方角に、切り立った崖。そこに廃墟が座っていた。

「姫子!」

 あすなろの声が再び聞こえた。暗闇の中でで、灯台が周囲を照らす。しかし、あすなろの姿はどこにもない。

 そこにフラッシュが焚かれた。シャッター音がして、それがカメラのフラッシュであることに気づく。

 焚かれたフラッシュのほうを見ると人影が見えた。それはあすなろの影で、姫子は即座にわかる。

 もう二度三度と焚かれるフラッシュ。

 連続写真のコマ送りのように、あすなろは廃墟を指差す仕草が取られる。

「あすなろくん!」

「姫子、走って!」

 そこで姫子は思い出した。自分はカメラが映し出す世界に閉じ込められたのだということに。それは比喩でも戯れでもない。心霊写真のようにカメラでしか浮かび上がらない虚構の世界に行ってしまった。あすなろは彼女を助けるためにカメラを使って、ここまで来たのだ。

 焚かれるフラッシュ。カメラがあすなろの像を、三つ、切り取る。

 動く、歩く、走る。

 姫子は彼の影についていく。必死になって彼の姿を追った。

 廃墟のある方角へ行け。目指した先に何かがある。

 走っても走ってもまるで距離は縮まらない。近くに見えて遙か遠くにあるように感じた。瞳が歪みすぎの魚眼レンズにでもなったのだろうか。

 坂道を走っても走っても登り終わらない。どうして一歩も近づけないのか不思議がる。

 フラッシュが描く経路、写真を撮る光の道が、どんどんと遠ざかっていく。

「姫子!」

 光の道が途中で消える。しばらくして、強い光が照らした。あすなろと姫子を。

 あすなろの姿が切り取られたように現れた。

「大丈夫だ、もう少しだよ、頑張って」

 あすなろは優しい。

 二人を救う優しさよりも、二人がともに死ぬ優しさのほうが強いのは誰もが知っていること。だから姫子は、あすなろが優しすぎる人間であって欲しくない。自分のせいであすなろまで死んでしまうことが怖かった。

「君を写真の世界から解放する。僕は誓ったんだ、君を助け出すって!」

 やはり、あすなろは優しすぎるんだ。

 これからどうなるか姫子は思い出してきた。

 あの廃墟は姫子が身投げした断崖である。そこはあまりに危険で、誰もが恐怖を覚える。

 自分が海に飛び込もうとしたとき、姫子の気持ちにはためらいがあった。断崖を飛んだとき、死にたくない死にたくないという本能が遅くに生じたのだ。中途半端に死ぬことを考えたため、身は滅んでも魂は現世に取り残されてしまう。それがあすなろを巻き込むことになった。

 それはとてつもなくバカでどうしようもない、姫子に与えられた人生のシナリオなのだと、気づいた。

(シナリオ?)

 何かまた思い出そうとする感覚が押し寄せてくるが、いまはそれどころではないと気づく。

 姫子が死んだのは、あの廃墟がそびえる崖だ。そこに再び行けば現世に戻るための何かが待っているはず。それを信じてあすなろはここまで姫子を連れてきたのだ。

「走って、姫子!」

「あすなろくん……」

 その瞬間、影が姫子の手を掴んだ。強く強く。二度と触れられないとわかっていた彼の手が、懸命に姫子の手を握ってくれる。それが嬉しくて、姫子は止めどなく涙が溢れてきた。

「諦めないで! きっとまた戻れる。君は何度でもやり直せる。だから、ためらわずに突き進むんだ!」

 それは怒鳴り声だった。けれど、ここまで優しい叱咤をいままで感じたことがあるだろうか。男の人に怒られることばかりがいつも怖い。だけどいま胸に響くのは、あすなろの優しさと本気だった。そのひたむきな気持ちが姫子の心を震わせる。

 あすなろの想いを踏みにじりたくない、姫子はひたすら走った。絶望を通り抜けて、自分が自ら捨てた希望を取り戻す。

 廃墟との距離が目と鼻の先、ようやくその近くまで辿り着く。

 だがそこで二人に与える試練のごとく、雨粒が二人に襲いかかる。

 強く握られた手が離れてしまう。

 彼の姿が坂沿いの高みから落ちたのだ。

「あすなろくん……」

 弱くなったカメラの明滅が、まさに絶望のシグナルだ。

「姫子、僕に構うな、僕は絶対に後からついていく。だから行くんだ!」

「あすなろくん!」

 姫子は瞼をぎゅっと閉じた。

 こんな絶望を見たくない。


   ――


 ぼんやりとした光が開きかけた瞼の中にゆっくり飛び込んでくる。

 映画のスクリーンで、ケイアとレイが抱きしめ合っていた。

『レイ、あなたを信じてた。私、生まれてはじめて人を信じられた。あなたを信じていいのね、レイ……』

 古城を背景に、ケイアとレイが手を握りしめる。そこで雨が降り出す。二人の涙を隠す。レイがアニメの試写会でしでかしたような雨なのに、それは皮肉でもシュールでもない演出だった。

 よくまとめあげたわね、と姫子が思いながら後悔する。

 映画の中盤と後半をすっ飛ばして、すでにレイニー・レイヤーは物語を閉じる展開であることは、明らかだった。

(いけない。あたし……上映中に眠ってしまって)

 隣にいるあすなろくんを見た。そこで姫子は驚いた。

「うう……」と唸りながら、ハンカチで目鼻を覆っている。あすなろが映画に涙していたのだ。その姿を姫子は一度として見たことがなかった。はじめて目にする彼の反応である。

(あすなろくんは男の子だけど、泣くこともあるんだね)

 その彼の姿に涙をもらって、姫子もハンカチを取り出して目に当てる。


 涙を拭いながら、エンドロールの流れるスクリーンを背に、二人はホールから出てくる。

 あすなろくんの意外な一面が見られて姫子は嬉しかった。

「映画よかったね、姫子さん」

「そうだね、最初は会社の試写会を潰しちゃって、ハラハラドキドキの展開だったけど。ケイアが勝負を挑んできて急に波乱が起きて盛り上がったね……それからケイアが崖から身投げしてカメラの世界に閉じ込められたっていう設定も斬新だった。そして写真の中からケイアを助け出すレイくんが、とても勇敢で優しくて」

「姫子さん、途中で眠ってたよね?」

「あっ……」

 途中で眠っていたのが、やっぱりバレていたのか。姫子は自分の耳が熱くなるほど、恥ずかしくなった。

 どうやら姫子は、レイニー・レイヤーで見た内容と、夢の内容とが、ごっちゃになってしまっている模様である。

「ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「ううん、これからあすなろくんと映画の感想を交換しようかなって思ってたの。あたし眠っちゃったから、その映画の内容を正しく覚えてなくて、その……ごめんなさい」

「じゃあ、僕が教えてあげるよ」

 そう言って顔を輝かせる。いいよいいよと言っても聞かないと思った。あすなろは姫子に映画について話したい気が満々だということがわかっていたから。

 それから二人は喫茶店で喋り込む。姫子はあすなろの話を聞いて、今日見た映画の内容を頭の中で形にする。

 物語の中盤でケイアは失踪し、ケイアがレイに残した写真をもとに、それに込められた意味に気づいたレイは、古城に車を走らせた。彼女はそこでずっと待っていて、もし雨が降るまでに来なかったら死ぬつもりだったらしい。彼女は過去、何回も雨によって大切な人を亡くしていた。だからレイが写真画像の中で雨を降らすことを嫌った。レイは最終的にケイアを見つけ出し、ハッピーエンドというあらすじだった。

 とても素晴らしかった。二回映画を見たような感覚に浸れた。

 だけど姫子はそのとき秘密にしていることがあったのだけれど。

 そう、夢の中で姫子を必死に助け出そうとしていたあすなろくんも、とても格好良かった。そんなことを思っていた。

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