~Raining(雨が降る)。そして二人はDating(デートする)~ *3*
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雨の降り続く最中に、あすなろは古民家に入った。道の途中にあり、ただひとつ雨宿りに適しそうな場所である。物が整理されて置かれている。姫子が持っていた折りたたみ傘を持ちながら、あすなろは家の中を見渡す。雨で濡れた足を載せた三和土が、じわっとそこだけが染みていく。それを見てあすなろは、いましがたにここに入ったのはどうやら自分だけのようだと悟った。
目の前が光って、雷鳴が再び響き渡る。地震でも起こったかのように、地面が轟く。
見上げると、人影が映り込んだ。やはりいるのか、振り向いた。つぶさに見ても人はおろか小動物一匹すらも確認できはしない。
「あの子、待ってるわよ」
あすなろは誰かに何かを言われたような気がした。
「また後悔したいの?」
悪戯とは思えなかった。スピーカーとかの音ではない。それは人間の生の声である。
「今度こそ守れるわよね? あすなろくん」
そして声は次第に小さくなり、やがて雨音に消えた。
だがその雨も弱まっていく。あすなろは折りたたみ傘を持ったまま、外へ出た。もう晴れたから遅いとかそんなことは気にしていられない。姫子に傘を渡すためにあすなろは走った。
姫子の背中がそこにあった。
二度目の後悔を避けられる。あすなろはそんな思いで姫子に駆け寄った。
◆
翌日、姫子は学校であすなろに会った。
「昨日はごめん、姫子さん。もっと早く傘を持って行けなくて……」
「あ、大丈夫だよ。あたしバカだからあの程度の雨じゃ風邪引かないし。それにあすなろくんがあたしのことを心配してくれたんだ、ってことがわかって嬉しかった」
さてここで姫子は、あすなろのことを試そうと思った。
「あすなろくん、帰り少しだけ付き合ってくれる?」
「え? うん、いいけど」
姫子が話したこの言葉の真意。それは、あすなろが感じている申し訳なさの大きさを知るために。それと、あすなろがこの小さな用事を受けることで大きなリターンを手に入れるために。これらふたつである。これはルテからの入れ知恵だ。
かくして放課後、二人は商店街に寄った。ウィンドウショッピングをするばかり。何か気になるものが出てくるたびに、姫子は指差してあすなろの反応を見ていた。そのたびに、いいね、かわいいね、とか言って共感を示してくれる。
とはいえ、このとき姫子は緊張をしていたのだけれど。
あと少し。本命のデートを申し込む時が、近づきつつあった。
「あすなろくんって、映画は見るほうかな?」
「うん、人並みには見るほうだよ」
そして姫子は商店街の一角にある広めの映画館を指差した。
いま上映中の映画のタイトルが、大きなポスターで貼り出されていた。
「あすなろくん、あの中で見たい映画ある?」
姫子が硬い笑顔で聞く。あすなろはポスターを見比べ、目で吟味する。
「レイニー・レイヤーかな」
観客動員数にしてみれば極端に一位を取ったりする映画ではなかったものの、話題作として人気を博していた映画だったように思う。
「僕、あの映画がちょっと気になってたんだ」
「ふうん。ちょっと待ってて」
彼をその場で待たせ、姫子は受付まで行き、それから元の場所に駆けて戻ってきた。
姫子の手に握られていたのは、映画の予約チケットだ。
「あすなろくん、明日あたしと一緒に映画を見ませんか?」
あすなろはここまで付き合ってくれた。
雨の中、多少びしょ濡れになるだけでよかったのに、傘を持ってくるのが思いのほか遅れた負い目。
姫子と帰りの商店街に行くのに付き合ってくれたこと。小さな用事に付き合ってくれれば、たいていの人は本命となる申し出を快く承諾してくれることをルテが教えてくれた。
そして、明日は土曜日だ。土曜日の予約チケットを姫子は買った。意地悪だけれど、もう買ってしまった。ここまで来たらもう断りづらい状況だ。
本当にルテは悪人だと思う。ここまで計算尽くをしてくれたのだから。そういう姫子も自分を悪い女の子だと思う。
「いいよ、一緒に見よう。姫子さん」
緊張していた姫子の顔がぱあっと花のように開いて、苦労も懊悩も消し飛んでいくのを感じた。
「よ、よろしくお願いします!」
デートをする。「あたしとあすなろくんがデートする!」と心の中で叫ぶ。心の耳元でファンファーレが鳴った。
入学してあすなろのことが好きになり、ずっと叶えたかったのだ。胸の鼓動が心に波紋を打っている。いままでで一番幸せだった。きっと明日も一番幸せになるかもしれない。そう思うとますます心に大きな波紋が浮く。
ありがとう、あすなろくん。
ありがとう、ルテ。