開花
いつものように、戦闘後裏庭で部分獣化のため練習をしている梓が大声を上げる。英斗は誰かが襲いにきたのかと考え、梓の元に走る。
「大丈夫か!?」
だが、英斗の目に入ったものは、英斗の想像とは全く別のものであった。
「できた! 出来たよう……先生」
そこには、サイの角は頭に生えているものの殆ど少女に戻った梓の姿があった。サイの状態ではなかった長い髪を靡かせ綺麗な大きい瞳をこちらに向けている。
とても小さい顔に、小さくも形の良い鼻に、整った唇をしていた。その美しい容姿を初めから見せていれば、あの少年達も梓に夢中になっていただろう。
梓はようやく人間に近い見た目に戻れたことに感動し、涙を流していた。梓は英斗の元へ走り寄ると英斗の服を掴みながら泣き始める。
「やった……! やったよぅ……! 私戻れた! 人間に……! やっと……」
彼女の歓喜の言葉は空に響き渡った。英斗は梓の頭を撫でつつ、スキルが必ず人を助けてくれるものではないのだ、と考えていた。
泣き止んだ彼女は恥ずかしそうにするも、口元は上がり喜びは隠しきれてない。
「もう殆ど人間だよ! ここまで来たら、もうすぐ」
「おめでとう!」
『おめでとー!』
梓が喜びで浮ついているので、今日はもうこれで修業はお開きとなった。
夜、梓はしたい事を色々考えていた。
「ワンピースも着たいなー。美味しい物も食べたいから、他の所も行ってみたいし」
「梓、人間化できるようになった後、どうするかもそろそろ考えないとな」
と英斗が言う。それを聞いて梓は少し暗い顔をする。
「先生、もうこのままここに残っちゃえば?」
「すまないが、俺も用事があって旅の途中でな。それに俺は杉並区のギルドマスターだからそこを捨てて移住とは簡単にはいかんよ」
「そっか……。そうだよね、うん! 私もここを出ていくよ! 外出たいもん! そしたらもうサイになんてならずに、普通の人間として生きていくんだ!」
と梓が言う。だが、その表情は迷っているようであった。
「今はスキルが嫌いでもいい。梓がそれで苦しんだのは事実だからな。けどいつか……スキルがただ梓を苦しめるだけの存在じゃなくなるといいな。こんな世界じゃ強さが無いと、救えないことも多い。そんなときに……嫌いなスキルを使ってでも救いたいと思った時に、『サイ』のスキルはいつかきっと梓を助けてくれると思う」
英斗は梓を見ながら優しく言う。きっとこれからも梓が生きていくなら、スキルに頼る事もきっとある。その時、ただ苦痛だけでなく、このスキルがあって良かったといつか思えるようになれば、と思っていた。
「……先生っぽいね」
と梓は茶化す。
「先生だからな。人間化できても外も外で住みにくい。どうしたいかよく考えな。梓が悩んでるならできる限りは待つから」
「……うん」
梓は、ここに残るか、外に出るか悩んでいるようであった。
それから数日で梓は人間化も成功させた。もう見た目は普通の人間になる事ができるようになった梓は喜んでいた。だが、ここに残るかどうかはまだ決められていないようだ。
中々決まらないため、いつものように魔物相手に訓練をさせていた。もうオークも危なげなく倒せるようになっていた。
夕暮れ時、訓練を終わらせようと思っていると、事務長の元宮が歩いていた。
「元宮さん、お疲れ様です。また文京区ですか?」
「そうなんですよ、事務の仕事が立て込んでいてこんな時間になってしまいました。梓ちゃんも強くなりましたか?」
と驚きの声を上げる。
「はい。もうオークも討伐できるくらいですよ」
「それは凄い」
世間話を少しして元宮は去っていった。元宮が去った後、オークを仕留めた梓がこちらにやってくる。
「先生ー、私のワンピース、施設から持ってきてほしいの!」
と頭を下げてくる。
「なぜワンピース?」
「芽衣ちゃんを驚かせたいの! 私が元の姿になった事まだ言えてないし……今の服可愛くないもん……」
可愛くないと言われると、英斗も弱い。何と言っても今の梓の服は、英斗が生み出したTシャツ、短パンである。スキルで生み出せるとは言え、子供の可愛い服など思いつくはずもなかった。
「分かった……後でとってきてやる」
「ありがとー先生!」
どちらにしても今は連続殺人犯が居る状態なので、1人で夜行かせるつもりは無かった。
空き家で晩御飯を食べた後、英斗は梓の住んでいる施設までワンピースを取りに向かう。夜の街は静けさに包まれており、歩いている人は少ない。
英斗がのんびり歩いていると、突然それは起こった。