衝撃
「私ここ嫌いなの……。皆私のことサイ子って言うし。私だけ完全にサイだもん。芽衣ちゃんは耳と尻尾だけだから可愛いけど、私だけ化物みたい」
そう言って、梓は俯く。
「レベル上げたら、人間に戻れるって聞いたの! 連れていくのは無理でも、レベル上げ手伝って! お願い!」
梓はそう言って頭を下げる。少女にとって、サイの姿はきついものがあるのだろう。英斗はすぐに無理とは言えなかった。英斗が山田の方を見ると、首を横に振る。
「ここにはルールがあって、子供は12歳になるまで魔物狩りには連れていけないんです。危ないですから」
子供の安全を考えるなら至極真っ当なルールである。ただでさえ嫌われている英斗が勝手に少女のレベル上げを手伝い、怪我の一つでもさせたら大問題だろう。
「私まだ10歳だもん。あと2年もある。私も芽衣ちゃんみたいに可愛い服着たいよ! どうして私だけこんな化物みたいな姿になっちゃうの……こんな姿人間じゃないじゃん!」
そう言って、涙を流す梓。英斗は手伝うべきか悩むが、ここのルールを破って勝手にレベリングをするというのはここのルールを否定するようなものである。
英斗は既に杉並ギルドのマスターであることも知られている。迂闊なことはできなかった。
「すまないな……俺は数日でここを出るんだ。そこまでレベル上げを手伝う時間は無い」
と英斗は正直に告げる。
「……ううん。皆手伝ってくれないもん。危ないからって……。そうだよね、ばいばいお兄さん」
そう言って、梓はフラフラと去っていく。
「お兄さん、なんとか梓ちゃんの願い聞いてあげてくれませんか? 梓ちゃんはとっても優しくていい子なの。だけど男の子はそんなこと知らずにひどいことばかり……」
と芽衣も泣きそうな顔で頼んでくる。だが、英斗は首を横に振ることしかできなかった。最近ここは危険だと聞いたので、せめてもの思いで梓達を家まで送る。
梓達の家は子供達が皆で住む施設みたいな場所であった。そこを管理している象のスキルをもつおばちゃんが礼を言う。
「あんた、梓をここまで送ってくれたんだって! ありがとね。最近はここも危ないからね」
「はい……」
「なんだ、あんたもあの子にレベル上げ手伝えって言われたのかい? 気にすることないよ、皆に言ってんだよあの子は」
「そうですか」
少し安心するも、彼女の剣幕に中々差し迫ったものを感じた英斗は心配しながら家路に就いた。英斗は山田の隣の部屋を使うことになった。どうやらこのマンションはガラガラらしい。
「ここを使ってください。英斗さん、中々気にされてますね。昔の月城さんならそこまで気にしてないでしょう、変わりましたね」
山田が優しい声で言う。
「確かに、そうかもしれません。最近他人のために動くことが増えましたので、少し甘くなったのかもしれません」
英斗は苦笑いだ。
「良いことですよ。今日は酒でも飲んで語らいましょう」
そう言って、ワインを持ち出す山田。
「そうですね」
そう言って、山田と酒を飲みながら机で今までのことをゆっくりと語り合う。2人とも久しぶりの再会なので話が弾んだ。
「そういえば、連続殺人の犯人って誰なんだろうなあ」
と英斗が話のネタとして呟く。
「一般的な意見では、やはりさっきの龍の獣人である太刀川さんと揉めている外のクランのリーダーと言われてますね」
「けどそれなら直接その人狙えばいいと思うけど」
「表立って行うと、流石に抗争になりますから。それに太刀川さんはうちでも多分レオさんの次に強いんです」
「やっぱり強いんですねえ。スキル『龍』とか弱いわけないもんなあ」
英斗はそう言い、酒を飲み干す。
「ですが、もう1つ噂があるんです。実は殺したのは太刀川さんという噂です」
「ええっ!? あんなに怒ってたのにそれはないでしょう」
英斗は反射的に大声を出してしまう。
「実は殺された方はうちのクランでも穏健派の方ばかりなんです。他のクランと揉めるなんて良くないっていう。そして過激派はうちの方が強いんだからうるさい相手は黙らせようって派閥です。その筆頭は太刀川さんなんですよ」
山田は他にナナしか居ないのに、口に手をあてて小声で言う。どうやら彼も中々酔っているらしい。
「なるほど。外にいるとただクランの人が殺されただけに見えますけど、実は内部の争いの可能性があるのか」
「そうはいっても、この意見は少数派ですがね」
田中は牛の鼻をふんふん言わせながら笑う。見た目ミノタウロスなので笑うと強者感がある。
10時を超えたあたりで、ナナが英斗の元へ駆けよってきた。
『えいと。なんかへんなにおいする。そと』
ナナの嗅覚は人より遥かに優れており、外で何か異変があったのかもしれない。
「ちょっと外出てきます、山田さん」
「私も行きます」
山田は1人で英斗が歩いていると疑われるかもという気持ちから同行を申し出た。ナナに連れられ、臭いの下へ向かうとそこにはアンデッドが何体も発生していた。
「アンデッドの臭いか。なるほどな」
英斗が剣を構えようとすると、声がかかる。
「月城さんか。ここは俺がやるから大丈夫だよ」
そう言ったのは、ギルマスのレオである。どうやら彼も臭いを感じたのだろうか、ここに現れたようである。
レオはその爪を使い、現れたアンデッド達を瞬く間に討伐していった。数分間で全てのアンデッドは沈黙した。
「お見事です」
英斗は素直に拍手をした。
「ここ最近アンデッド系の魔物が発生するようになってな。誰も怪我がなくて良かった」
しばらくすると、他にも異変を感じたのか、人が集まってきた。その中に元宮も居た。
「なんかあったんですか?」
「遅いぞー元宮。お前の見回り区域だろ」
「いやー、申し訳ない」
と頭を下げる元宮。
「最近は色々物騒だから、大人たちで見回りをしてるんだ。戦える者でな」
とレオが教えてくれる。
「まあ僕は弱いから、見つけても誰か呼ぶんだけどね」
と元宮は恥ずかしそうに言った。皆で雑談していると、男が急いで走ってくる。
「どうした? また魔物が? それとも殺人犯か?」
レオが尋ねる。
「た、大変です……! 梓が屋上から飛び降りました!」
「「「なっ!?」」」
皆の驚きの声は、静かな夜の空の中に消えていった。