百獣のOH
魔物から住民も守るためだろう、廃車や工事で使う塀で囲われた箇所があったが、ここが獣人の宴のエリアなのだろう。
中に入るとそこには本当に獣人しか居なかった。様々な動物のスキルを持つ者達が歩いている。だが、やはり動物系スキルでない英斗を見る目は怪しい人を見る目であった。
英斗は、まるでファンタジー世界に来たみたいだな、とのんびり考えていた。そこで英斗は、近くに居た男に尋ねる。
「すみません、牛のスキルを持つ山田さんという人を探しているのですが、ご存じありませんか?」
「山田さんなら、ここから300m先のマンションの201に住んでるはずだ。だが、あんた誰や? ここらのもんじゃないだろ?」
「山田さんの友人です。旅の途中でここに寄ったのです」
「……そうかい。今ここはごたごたしとる。早めに出ることをおすすめするよ」
そう言って、男は去っていった。
英斗はごたごた、という言葉が気になったが、足早に去っていった男から関わりたくないというオーラを感じたため諦めて礼だけを言った。
英斗はマンションに向かった。着いたマンションは中々大きく6階建てである。防犯系は既に壊れていたので、階段で上り201号室のドアを叩く。
「山田さーん、月城です」
ノックから少しすると、部屋から山田が顔を出す。相変わらず全身牛であった。
「月城さん、来てくれたんですね!」
山田は嬉しそうに言った。
「お久しぶりです。少し人探しで旅に出てまして、寄らせていただきました」
「いえいえ、ここは食べ物も十分にあるので、ゆっくり滞在していってください! ですが、中々不幸なタイミングで呼んでしまいました」
山田は申し訳なさそうな声色で呟く。
「ここで最近何かあったんですか? 先ほど道を聞いた男性も不穏なことを言っていたんですが」
「実は、最近獣人の宴内で連続殺人が起こってるんですよ。丁度英斗さんに手紙を出してすぐの話ですね」
山田はそう言って頭を押さえる。
「だから、見ず知らずの私に皆が嫌な視線を送っていたんですか……。怪しまれてたのか」
「しかも『獣人の宴』って一応クランみたいなものでして……他のクランとも折り合いが悪くて外の通常のスキルの方と揉めていて。多分英斗さんはそっちに間違われたのかと」
なかなか最悪のタイミングで来たものだ、と英斗は思った。これは早く出た方がいいかもしれない、と考えていると、山田から提案があった。
「うちのクランマスターが、台東区のギルマスでもあるので、その人に紹介しますよ。それがあれば最低限安全かと……」
「ありがとうございます」
「いえいえ、そう言えば、杉並ギルドマスターおめでとうございます。新聞で見ましたよ」
「ありがとうございます。顔が載らなかったのがせめてもの救いですよ」
その情報がこんな所まで流れていることに驚いた。これだけ情報の拡散力があることに驚き、この世界の世論は彼等新聞記者に握られているのでは、と小さな脅威を覚えた。
その後英斗は台東区のギルマスに会うことにした。ギルマスは台東ギルドに居ることが多いらしいので、そちらへ向かう。
台東ギルドは、獣人の宴の敷地外にあるらしい。向かっている最中、大きな2足歩行のライオンと若い男が揉めていた。すぐ近くにはおとなしそうな男が2人の間で困った顔をしている。
「外の奴らが殺してるに決まってるだろう! この前だって襲われたんだ」
若い男が大声で言う。男は見た目は普通の人間に近いが少し違う点があった。頭に2本の龍のような角が生えており、大きな鱗に覆われた尻尾が生えている。おそらくスキルは『龍』だろうか。
「変なことを言うもんじゃない。彼らが殺したという証拠は何一つない。これ以上彼らと揉めるわけにはいかないだろう」
ライオンにしか見えない男は静かな低音で、優しく返す。
「なんだよ、うちのクランメンバーが斬られたんだぞ! どう考えてもうちを目の敵にしてるじゃねえか! あいつらが仕返しにうちの者を殺しまわってるに決まってる!」
「お前も仕返しはしただろう……。おあいこだ」
ライオン頭の男は溜息を吐きながら言う。
「前のあんたならもっと怒って俺達のために先陣をきって戦ってくれたはずだ! どうして……」
「前とは状況が違うだろう? いつまでも争った相手を殺していてはきりがない。勿論相手が殺す気できたなら別だが、あれは事故ということになっただろう?」
ライオン頭の男が子供を諭すように言う。
「……くそっ!」
若い男は舌打ちをすると、その場を去っていった。
「あの人は?」
英斗は山田に尋ねる。だが、今の雰囲気からあのライオン男がギルマスだろうとあたりを付けていた。
「あの方がギルドマスターの葉月玲雄さんです」
玲雄もこちらに気づいたのか、顔をこちらに向けた。