誘いの手紙
あの多くの犠牲を払った戦いから2週間ほどが経過した。杉並区の人々も少しずつ立ち直り駅前では既に商いも再開していた。多くの人が行き交い活気に溢れる駅前と同様にギルドも大忙しであった。
「いや~、やはり四方八方に散ったとは言えまだ杉並区に居た魔物も多かったですねえ」
そう言って、事務長花田は溜息をつく。ここ最近は激務で睡眠時間も短かったようで、目元には隈ができている。
「俺なんて、スタンピードが終わってから既に1000体くらい魔物仕留めたぞ……」
英斗もまた駆り出されていた。本来ギルドマスターだからと言って、そこまでする必要はないのだが、やはりまだ負傷者も多く、動ける大手クランと英斗に負担が集中していた。
「けど、ようやく落ち着きましたよ。本当にありがとうございます」
皆に代わって花田が頭を下げる。
「成り行きとはいえ、もうギルドマスターだからなあ。落ち着いてよかったよ」
花田と話していると、ギルドの扉を開ける音がした。
「郵便でーす! 月城さん居ますか?」
そう言うのは、若い青年である。
「珍しいな、郵便か! それにしても俺宛て?」
文明崩壊して郵便サービスは廃れたかに見えたが、こんなご時世だからこそ出したい者も多く、そのニーズに応える形で個人で郵便配達する者達が生まれた。
その料金は千差万別だが、殆どが23区内の配達である。ただ言えることは、現代の郵便配達員は皆強者だということだ。
「はい! お相手は台東区の山田さんです」
どうぞ、と言って手紙を渡す。封筒を開封すると中には便箋が入っていた。丁寧な時候の挨拶の後に、無事に台東区に着いたこと。またこちらに来ることがあれば、歓迎するためぜひ来てほしい旨が書かれていた。
「ありがとう、青年。お代はいくら払えばいい?」
「いや、代金はもう貰ってるので大丈夫ですよ。ではでは」
そう言って青年は次の場所へ去っていった。
「それは牛スキルの山田さんですか?」
花田が尋ねる。
「はい。獣人の楽園と言われている台東区に向かったんですが、無事着いたようです。それにしても書いた日付は3週間ほど前か。結構前だな」
「今の郵便はそれくらいかかるようですね。複数の郵便を受けてから行く上に、人探しが一番大変と聞きます。英斗さんがギルドマスターじゃなきゃ探し出すのも大変ですしねえ」
「このご時世、人と会うのはスキル無しでは厳しいでしょうねえ」
なにより相手が生きてるかも分からない世の中である。
「しばらくお暇をいただいていいですか?」
英斗が花田に聞く。
「構いませんよ。そこまで貴方を拘束する権限はここにはないですしね。山田さんに会いに行くんですか?」
「メインは人探しです。あっちに向かう予定があるので、山田さんの所に顔でも出そうかなと」
「なるほど。どれくらいになりそうですか?」
「分かりません。数か月とかにはならないと思いますが、あまりに遅かったら死んだと思ってください。割と命がけの用事でして」
英斗はナナを殺そうとした男、米谷探しを遂に行おうと考えていた。
「……分かりました。ですが、どうか生きて帰ってきてください。皆貴方を待ってますよ」
と花田は微笑む。
「ありがとうございます。用意出来次第ここを発ちます」
そう言って、ギルドを出た。
ギルドを出てすぐ弦一に出会う。どうやら弦一も依頼をこなしてきたらしい。
「依頼終わらせて報告に来たんすけど、ようやく落ち着いてきましたね」
「本当にな。我羅照羅にはお世話になってるよ、ありがとう」
「いえいえ、アニキこそお疲れ様です。そう言えば、アニキに言っておくことがあったんすよ」
「どうした?」
「俺、しばらく世田谷ダンジョンに潜ります」
「また急だな」
「正直、今の俺じゃあの白いオーガは仕留められなかったと思います……。奴に襲われたときに死の危険を、恐怖を感じました……。このままじゃいけないと、そう思ったんです」
弦一は真剣な顔で言う。前英斗に庇われたせいもあるのだろう。
「そうか。あそこは確かに強くなるにはいいところだと思う。白豪鬼と変わらない、超えるような魔物もいる。だが、その分危険だ。危なくなったら退くことも大事だぞ、弦一」
「ありがとうございます。次会う時には、必ずもっと強くなって戻ってきます」
「期待してるよ。俺もしばらく旅に出るから丁度いい」
「アニキもですか。用事は……顔を見ればわかります。お気をつけて」
弦一はそう言って去っていった。
「凛にも一言言っておいた方がいいか」
そう思い英斗は凛の家に行き、しばらく旅に出ることを告げる。
「えっ! 旅に出るんですか? 急ですね……」
「物事とはいつも急なもんだ」
と英斗は笑う。
「私もついていきます! って言いたいんですけど……」
そう言いつつも、暗い顔をする。凛の家にはお爺ちゃんが居る。そして今凛が一家の大黒柱となっている状態だ。お爺ちゃんのことを考えると、長期間の旅は厳しいのだろう。
「一応伝えに来ただけだから。親族は大事にしな。こんなご時世じゃ生きている親族が居るだけで幸せなことだ」
「ちゃんと帰ってきてくださいね」
「死ぬつもりはないさ」
そう言って、英斗は凛の家から去る。夜、ナナにここを出てあの男を探しに行くことを告げる。
『いいよー。とおではひさしぶりだねえ』
「世田谷以来か。あれも殆どダンジョンだったからなあ。台東区に入った後、色々探そうと思ってる」
『わかったよー』
「よしよし。まあ久しぶりだしのんびり行こうかね。どうせのんびり行っても1日かからないし」
『たのしみっ!』
ナナを撫でながら、計画とも言えない計画を立て、久しぶりに友人に会いに行くこととなった。
英斗は久しぶりにわくわくしていた。生活自体は安定してきたが、そうなると刺激が欲しくなるのが人間というものであった。





