中野防衛戦
英斗達が白豪鬼の軍勢にぶつかる直前、中野ギルドも軍勢の対処に追われていた。
「榊さん、おそらく軍勢の数は3000ほどです」
同じクランの部下から報告を聞く。
「3000か……。強そうなのは?」
「赤大鬼と、ワイバーンあたりかと」
「……ここで篭城する。3000ならなんとかなる。これ以上魔物達にいいようにされる訳にはいかん!」
「はいっ!」
中野ギルドの戦闘員は600程である。避難民の数は2000程。勝ち目はある人数差である。中野ギルドは最近復興の兆しを見せており、その絆は固かった。50人程消えていたものの残りは籠城戦に参加する事となる。中野ギルド本拠地は元区役所の本庁舎を利用している。1階の窓部分は全て車を積んだり、トラックを置くことで魔物の侵入を防いでいた。
「俺も……行きます」
亀井がボロボロの体を引きずり立ち上がる。
「気持ちは嬉しいけど、まだ休んでなさい。赤ポーションだけじゃまだ回復してないでしょ。うちのギルドにも治癒師がいるから後で少しでも治してもらって」
榊は亀井にそう言うと、指揮をとるため、席を立った。
「はい……」
その後まもなく魔物達と中野ギルドの攻防が始まった。
戦闘員は正面玄関前と、裏口に配置された。魔物達は区役所を囲いつつも襲い掛かる。
「おらあ!」
青年がオークを切り裂く。だが、その一撃は致命傷にならず、オークが槍を向ける。
「障壁」
その一撃を榊が、バリアを張り防いだ。榊は2階の窓から、危ない戦闘員をバリアで守っていた。スキル『障壁』の凄いところはその同時展開数にあった。現在榊が同時に展開できるバリアはそのサイズにもよるが最大20ほどである。更に展開範囲も広く、半径50mほどであれば、どこにでもバリアを展開できた。
「マスター、ありがとうございます!」
致命傷になる場面をバリアで防ぐことによって、メンバー達は皆長時間戦うことができた。防衛は既に一時間ほど経過している。
「流石に少ししんどいな」
榊は額に少し汗をかく。同時展開はそれだけ魔力消費も激しい。青ポーションと魔石を使いつつ、仲間を守っていた。
遠距離攻撃スキルを持つ者はワイバーンにかかりきりになっている。攻撃面では榊を超えるクラン『鋼の盾』のNo.2の男が双剣を持つハイオーガの相手をしていた。
ハイオーガの実力の方が上ではあったが、榊の援護によりなんとかもっているという状態である。ハイオーガの魔力を込めた拳が襲い掛かる。
榊は次の瞬間、通常のバリアより遥かに厚い鋼の盾のようなバリアを、No.2の男の目の前に生み出し防ぐ。鈍い音を奏でながらも、盾は壊れることはない。榊が両手を円を描くように回すと、盾が回転しハイオーガの足に刺さる。
「今よ!」
榊の声と同時に、男は大剣を振るい右足を切り裂く。致命傷ではないものの、ダメージは通っているようである。
榊達はハイオーガに掛かり切りになっている。ここで奴を止めねば多くの犠牲がでるからである。だが、男もだいぶん消耗しているのか、動きも散漫になっていた。
「榊さん、大変です! 裏口がオーガに破られました!」
聞きたくない報告が遂に榊に告げられる。現在のNo.2クランが裏口を守っていたが、やはり敵の数が多く、遂に侵入を許してしまったようだ。
「仕方あるまい、中にも予備としてギルドメンバーはいる。なんとか一階で堰き止めてくれ」
「わ、分かりました」
そう言って、伝令の者は戻るも不安を隠せていなかった。8割以上は外にいるのだ。
「うちは、これからだと言うのに……神様も中々意地悪をされる」
榊は内側を守るか考えるも、今榊が正面を抜けると一瞬で瓦解するのが目に見えていたため正面に集中する。
内側の防衛には、亀井を馬鹿にしていたギルド員達も参加していた。彼らのレベルは低く、複数人でオーク1体と戦闘を繰り広げていた。
「ぐっ! この、化物め」
剣を振るうも、思うように斬れない。技術も力も何もかも足りていなかった。
「おらっ!」
もう1人が後ろからハンマーを振るう。だが、緊張のためかオークの肩に当たる。
「怖えよ、逃げれば良かった……」
1人は魔物の恐怖に声を震わせる。彼らは自分達だけで逃げる度胸も無かったのである。オークの槍での1突きが剣を持つ男の腹部に刺さる。
「ァアア! 痛えよォ!」
男は地面に転がり、腹部を押さえている。それを見てもう1人も震え上がる。オークの一振りで、もう1人はハンマーを落としてしまう。恐怖で腰を抜かしてしまった。
「ああああ、助け……」
オークを見つめ、声を上げるも、喉が緊張で枯れているのか上手く声すら出せなかった。オークはそんなこと気にするはずも無く、槍を構える。
男は恐怖を噛み殺し、目を逸らす。
オークが槍を振るう寸前、亀井の一振りがオークの首を刎ね飛ばした。鮮血が男の顔にかかる。
「アア……」
男達は腰を抜かし、倒れ込んだまま自分の命を救ってくれた、自らが馬鹿にしていた男を見る。
「なんで……馬鹿にした俺達なんかを……」
助けたんだ、という言葉を男達は飲み込んだ。2人は只呆然と亀井が何か発するのを待った。
「知らないな」
不愛想な亀井による精一杯の一言であった。亀井の無かったことにするよ、という一言に2人は己を恥じた。弱い自分にも、心の醜い自分にも。
「1人は結構重傷だろう、上にあげてやれ」
亀井はただそう言うと、斧を担ぐ。
「だけどあんたも重傷だろう」
亀井は治療してもらったものの、その怪我は深く、顔色も悪かった。表面の怪我は閉じていたとしても、血が足りなかった。
「この先には、大事な人がいる。ここは絶対守らなければならないところだ」
そう言って、亀井は裏口から入ってくる魔物達に襲い掛かる。2階で怯えている人達が、亀井が立ち向かう姿を見ていた。
「あの人は、戦闘スキルなんて何も持ってないらしい……。なのに、どうして立ち向かえるんだ」
皆怖いのである。だが、戦闘に何の役にも立たないスキルしか持っていない亀井が、皆のために戦う姿は、彼らの心を動かした。実際はナターリアのためではあるが。
1階で戦っている者は数十人。だが、魔物達が50匹以上既に侵入していた。
「お、俺も行かないと。お前達まで死んでしまう」
そう言って、子供の頭を撫でる父の姿があった。
「だめよ! 貴方、ろくに戦えないじゃない!」
妻であろう女性は夫の無謀を止める。夫はゴブリンを倒すのが精々の戦闘力であった。
「無理はしない。せめてゴブリン1匹でも、彼等の負担を減らせれば。彼等が敗れれば次はうちの番だ。お前達には生きてほしいからな」
そういって、男は護身用の包丁を持って1階へ向かった。その姿を見て、少しずつ震えていた者達の一部が戦うために下に降りていく。
「俺達も行くぞ!」
彼等が戦うことでギルドメンバーの負担も少しは減った。だが、彼らは強いわけではない。多くの犠牲が出たことは言うまでもないだろう。





