メイドの秘密
2人が仲間の元へ去っていった後すぐ、お爺さんが泣きそうになりながら英斗の元を訪れる。
「本当にありがとうなぁ。いつも助けてもらってばかりで。本当にすまねえ」
お爺さんは何度も頭を下げ、英斗の手を握る。
「いえいえ、そんな。少し強かっただけですよ」
英斗は謙遜すると、お爺さんは首を横に振る。
「お兄さんの本当にすごいところは強いところじゃねえ。自分が危険になってでも他人を助けるその勇気だよ。お兄さんは覚えてないだろうけど、実は儂がお兄さんに助けてもらったのは2度目なんだ。世界が変わってしまったあの日、儂はオークに捕まってしまったんだ。皆怖くて動けない時、お兄さんは氷をぶつけて儂を助けてくれた。あの時、きっとまだ今ほど強くなかったんだろう? だけどお兄さんは自分の命を顧みず、見ず知らずの儂を助けてくれた。ずっと礼を言いたかったんだ。本当にありがとうございます」
そう言って、お爺さんは深々と頭を下げる。真正面からこんなに感謝される事はとても嬉しくて、同時にこそばゆかった。
「いえいえ、お元気そうで何よりです。こんな世界ですが、頑張っていきましょう」
英斗がそう言うと、お爺さんは本当に素敵な顔でにっこりと笑った。すると、凛が突然大声を出す。
「お爺ちゃん、無事だったんだね!」
「おお~、凛か! そりゃー無事よ。月城さんも、凛も頑張ってくれたからのう」
「ええ、この人凛のお爺ちゃんなの!?」
突然の情報に驚く英斗。
「そうなんです。お爺ちゃん、ちょっと英斗さんと話あるから先に下降りといて」
「分かったわい、あまり失礼のないようにな」
そう言って、お爺さんは下へ降りて行った。
「前に英斗さんに近づいたのは、実はお爺ちゃんを救って貰ったので、その恩返しがしたかったからだったんです」
凛はぼそりと呟く。
「2人の関係が分かって、すぐ理解したよ」
凛は昔、中野区と揉める前から英斗を探していた。だが実際に会った時は、攫われた知り合いを助けたいと言っていた。本当の理由を隠していたのだ。
「実は、お爺ちゃんがオークに捕まった時、私も近くに居たんです。ですが怖くて動けなかった。勝てるわけないと思ったし、自分まで殺されたらどうしよう……って。ですが、英斗さんはまだ今みたいに強くなかったのに命をかけて救ってました。私は臆病な自分が情けなかったです。本当のことを言わなかったのも、家族を見捨てたと英斗さんに思われるのが怖かったからなんです」
凛の声は尻すぼみに小さくなっていった。凛にあの状態でお爺さんを助けろというのは酷な話だろう。誰もが魔物を初めて見て、強さも何も分からなかった頃である。むしろ助けようと動いた英斗が異質であった。
「それが普通だ。あの時は、だいぶん無茶をした。あの時の事で凛が気に病むことはない。それに俺の無茶で凛の家族が助かったのなら、俺の無茶にも価値があったってことだ。俺はそれが嬉しいよ」
そう言って英斗は凛の頭を撫でる。
「お爺ちゃんを助けてくれてありがとうございました。私からすると、あの時からずっと英斗さんはヒーローでした」
凛は泣きそうになりながら言った。英斗は、自分の正義感で友人の家族を助けられたことがなにより嬉しかった。
「どういたしまして」
英斗は笑顔で言葉を返す。凛は涙を拭い、はにかみながら歯を見せて笑った。
凛が落ち着いた後、英斗は1つ気になったことを尋ねる。
「そう言えば、なんでメイド服なの?」
「友達が言ってました。男性はメイド服を着て接すれば喜んでくれると。お礼を込めてメイド服を着ようかと」
なんとも純粋と言うか、素直と言うか……と英斗は思った。
「な、なるほど。だが、このご時世でメイド服は目立つだけだと思うぞ?」
「えっ!? 英斗さんはメイド服お嫌いでしたか?」
凛は涙目で尋ねてくる。位置的に上目遣いに近い状態であり、これで嫌いと言える男は居ないだろう。
「い、いや……嫌いじゃないけど」
「そうですか、良かったです!」
英斗の無責任な言葉により、1人の女の子の服装がメイドになった瞬間であった。
弦一もこちらに気付いて、駆け寄ってくる。
「アニキ、こちらはしっかり……とは言えないかもですが守り抜きました」
「いつも世話になるな。北門の敵半分以上弦一が仕留めたらしいな。それに東門の援護までしてくれたって聞いたよ」
「いや、本当に頑張ってくれたのは、うちのメンバー達です。あいつらが頑張ってくれたから北門は守れました」
その言葉を聞き、彼もまたクランのトップなんだな、と英斗は感じた。
「そうか、彼等にも礼を言わないとな」
「むしろ、後であいつらにアニキに礼言うように言っときますよ! 杉並区をスタンピードから守った英雄なんですから」
英斗は、恥ずかしいから止めてくれ、と弦一を止めた後、皆の様子を見回った。
やはり戦の代償は大きく、ギルドメンバーのうち80人以上が死亡した。避難民は屋上に上がらなかった人達の多くが蟻に食べられてしまったようで、レベル10以上で戦った者を含めるとその数は150人にも及んだ。
だが、これは10000体規模の戦争では驚異的な少なさと言えるだろう。
「そういえば、中野区は大丈夫なんでしょうか」
一緒に見回っていた凛が英斗に尋ねる。
「そうだな……おそらくあちらに行った軍勢も、白豪鬼の部下だったはずだ。だから俺が仕留めるまで、守れていたら大丈夫だと思うんだが」
杉並区にもはや中野区を助ける余裕は無い。せめてもと、英斗は中野区の無事を祈っていた。