狼煙
その魔物達の攻撃は、透明なバリアに阻まれた。魔物達は自分の攻撃が何に防がれているのか理解できず、混乱しているようだ。
「いったいこれは……?」
亀井も混乱しながらナターリアを見る。ナターリアは、私ではない、と首を振る。
「亀井さん、これ飲んで早く立って! 逃げるわよ!」
すぐ後ろには、中野ギルドマスターである榊が立っており赤ポーションを投げる。
「障壁圧縮」
そう言うと魔物の裏側にもバリアを生み出し、押しつぶす。だが、全てを殺すことは叶わない。
「円障壁」
そう言うと、ドーム型のバリアで生き残った魔物を閉じ込めた。
「これで少しは時間を稼げる。行くわよ」
亀井は赤ポーションを飲み、傷だらけの体を引きずり、ナターリアと共にすぐさま走り出す。
5分ほど走り、どうやら魔物達は撒いたようである。
「本当にありがとうございました。ですが――」
なぜ、という言葉が喉から出かかった。なぜこんな事態にも限らず、なぜわざわざギルドマスターである榊が助けに来てくれたのか、分からなかったからだ。
「どうして、って顔ね。実は、月城さんがスタンピードのことをうちのギルドに報告してくれたの。その手紙の中に『できれば亀井さんのことを気にかけてもらえませんか?』と書いてあったのよ。北部に住んでいるから危ないってね。しかも赤、青ポーションを10個ずつ一緒につけて。そこまでされちゃ私も動かないと……あの人には恩義があるから」
と言った。
「月城さんが……」
亀井は、ここには居ないもう一人の恩人に感謝した。
「勿論、それだけじゃ動かないけど。最近よくギルドを助けてくれたでしょ。他のギルドメンバーも皆亀井さんを助けに行ってあげてください! って背中を押してくれたわ。貴方の行いのおかげよ」
そう言われて、亀井の目から涙が零れる。
「ありがとう……ございます。この恩は返します、こいつで」
そう言って、斧を見せる。
「勿論よ、これからスタンピードの本隊が来る。皆一丸となって戦わないと明日は無いわ。君の力を貸してほしい」
そう言って伸ばされた榊の手を握る亀井。中野ギルドの戦いはこれからであった。
校舎に籠っている人達は魔物達が近づいてくる様子を眺めていた。軍勢は3手に分かれたようで、こちらに白豪鬼率いる本隊が10000ほど。残りは1000ずつ別方向に進んでいる。
本隊はもちろん英斗達の居る校舎に向かっていた。1万近い魔物が近づいてくることはやはり多くの人にとって恐怖なのだろう、過呼吸を起こし膝をつく者もいた。もう魔物達は30mほどの距離まで来ていた。練馬区から逃げてきた人々も皆屋上に居た。
英斗は仕込みを終え校舎に戻る。屋上には覚悟の決まった者、怯えている者、全てを諦めた者、と様々な顔ぶれである。だが、これでは勝てる戦も勝てない。トップの役割は仲間を戦える状態までもっていくことでもあると、英斗は考えていた。
「皆さん、今様々な気持ちだと思います。怖い人や、覚悟の決まっている人。この大群を見たら怖いと思うのが普通です」
英斗は優しい声で語り掛ける。
「ですが、大勢はゴブリンやコボルト。いつも我々が狩っている魔物に過ぎません。オーガや、ハイオーガなど中々倒せない魔物もいるだろう? と思ってる方もいるかもしれません。ですが、そのような大物は俺や、弦一、尾形さん、結花さんが必ず倒します。皆さんは無理せずいつものように倒せる魔物だけ倒してください」
英斗の話を皆静かに聞いていた。
「あの神輿のような物に乗っている白いオーガが頭です。あの魔物は必ず俺が仕留めます。だから安心してください。もう魔物達に追われて逃げる日々は終わりにしましょう! 今日俺達は本当の意味でこの町を魔物達から取り返す! 皆武器を持ち戦え!」
「「「オオーーー!」」」
皆武器を持ち覚悟を決める。
「開戦だ!」
英斗のその言葉と同時に魔物の軍勢が通っている大通りの両端のビルが爆破される。ビルは2棟共、8階建ての巨大ビルである。英斗は予め仕込んでおいたダイナマイトをオートマータに爆破させたのだ。ビルの魔物側の柱のみを爆破することにより、重心の崩れたビルは魔物側に傾く。
魔物達は倒れてくる巨大な鉄の塊に奇声をあげるも、前後全てが仲間であるため逃げることもできず叩き潰される。
「「「グギャアア!」」」
ビルの下敷きになった魔物は1000体を超える。英斗は砂煙を眺めつつ、横の弦一に笑って言う。
「いい狼煙だろ?」
「最高でした」