嫌な予感程よく当たる
居間で真剣な顔でソファに座っていた亀井は決意した顔で、立ち上がりナターリアに告げる。
「今日は、オークかビッグボアでも狩ったらギルドに持っていこうかと思うんだ」
ビッグボアとはその名の通り、大きな猪である。その牙の威力は凄いが、比較的狩りやすい魔物で、オークを狩れない人にも人気がある。
「珍しいわね、貴方。勿論いいけど」
「まあ、たまにはギルドの人とも関わりたいのさ」
目を逸らしながら言うと、斧を持ち家を出た。
「あの人、人間嫌いなのに無理して……。ばればれよ、優しい人ね。傷ついて帰ってこないかしら」
そう言いながらナターリアは微笑む。ナターリアの人と関わりたいという願いを叶えるために動いているのはバレバレであった。
だが、その優しさが嬉しいナターリアは鼻歌を歌いながらソファを立つ。
「何かあったら私がいっぱい慰めてあげましょうか。今日はご馳走ですね」
無事オークを狩った亀井は、オークを担いで中野ギルドを訪れる。
「こ、こんにちは……」
亀井はおどおどとしながら中野ギルドに入る。
「亀井さん! 珍しいですね」
丁度ギルド内に居た榊が対応する。
「ああ。オークを狩ったが、うちはそんなに食べないから……」
「それで持ってきてくれたんですか! ありがとうございます」
榊は普段の亀井を知っているからこそ、驚く。
「いや、別に。大したことでもないからな」
「凄い助かります。今中野区は全体が食糧不足だから」
「また持ってくる」
だが、ギルドの他の者は亀井を見ながらこそこそと話していた。
「あいつって、確か……」
「ああ、人形を嫁とか言ってるやばい奴って噂だ」
「あのオークも自分で倒したのか怪しいもんだ」
亀井は陰口を聞き怒りがこみ上げるも、ナターリアの願いを思い出し我慢をする。
「亀井さん、すみません」
同じく陰口を聞こえたのであろう、榊が代わりに謝罪する。
「いや、俺の普段の態度が原因だから仕方ない」
亀井はオークを丸ごと寄付した後、去っていった。
「人と関わるのを嫌がっていたのに、月城さんと話したから?」
本当は英斗の影響ではなくナターリアのためであるのだが、そんなことは知りようもなかった。
亀井は家に着くと、疲れたのかソファに横になる。
「貴方、オーク喜んでもらえた?」
「ああ、やっぱり食糧不足みたいでな」
「良かったわね! あなた、偉いわー」
ナターリアが亀井を撫でる。
「もっと通ったら、きっとナターリアも通えるようになるよ」
「じゃあその時が来たら貴方と一緒にギルド?に行ってみようかしら。楽しみだわ。今日はご馳走よ」
ころころと笑うナターリアを見て、なんとか頑張ろうと亀井は思った。
亀井はそれ以来、毎日のようにギルドに食べ物を納入するようにしていた。その甲斐あって少しずつ榊以外にも話せる人が増えていた。
「これ今日の分です」
「毎日ありがとうございます」
窓口の女の子が礼を言う。
「今日はレタスが沢山あるので、お礼にそれ持っていってください!」
「ありがとうございます」
すると先日悪口を言っていた男達が再び口を開く。
「またあいつ来てるよ」
「いつも1人だよな。噂のお人形は動けねえのかな?」
そう言って笑っている。だが、その様子を見ていたとあるクランの女性が口を開く。
「お前ら、毎日食料の少ないギルドのために食料を取ってきてくれている人をあざ笑うとはどういうことだ? お前達より彼の方がよっぽど役に立っているだろう、少しは見習ったらどうだ?」
女性の方が強いのか、2人は気まずそうな顔をして俯く。
「すまないね、亀井さん。榊さんから聞いてるよ。最近よくみんなのために食べ物を納入してくれてるんだって? オークをソロで狩れる人は今そこまで多くないからね。そういえば、君のスキルは人形を生み出すらしいね。また会わせてよ」
と女性は言う。勿論社交辞令である。
「本当ですか! 貴方もリアに会いたいんですか! 連れてきます! 本当に綺麗で可愛くて貴方も一目見れば虜になりますよ! あっ……」
と大声で言う。だが、最後の方で興奮している自分に気付いて、亀井は自分を恥じた。これでは前と一緒ではないかと。
「ふふ、大層好きなようだな。会わせてもらえるのを楽しみにしてるよ」
だが、その女性は軽く微笑し馬鹿にすることもなく返した。
「はい。ありがとうございます」
亀井は頭を掻きつつも感謝した。少しずつだが、亀井を認める者も増えていた。亀井はもう少ししたらナターリアも呼べるのではないかと思いながら、嬉しそうに帰路に就いた。
練馬区を確認してから2週間ほど経った後、英斗がマンションの自室で、ナナの柔らかい毛に包まれながら熟睡していると扉を叩く音がする。
「アニキ、大変です! 練馬区民がこちらに避難してきました」
弦一が叫ぶ。
「えっ? どういうこと?」
英斗は体を起こし、眠い体を引きずりながら扉を開ける。
「練馬区は残念ながら壊滅しました。スタンピードです」
その言葉でいっきに英斗の頭は覚醒する。やはり嫌な予感ほど当たるものだと英斗は苦笑いしかできなかった。