愛しの人
野菜や食べ物を卸しているのが英斗と皆知っているのか、中野区の市民は英斗を見ると皆笑顔で挨拶をしていた。
「あ、こんにちはー」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、お疲れ様です」
皆、笑顔で農業に勤しんでいた。
コンクリートジャングルの中の人工的な田んぼや畑はシュールさが拭えなかったが、これこそが文明崩壊後の世界とも言えるだろう。
田んぼを抜け、中野ギルドマスターの榊に会う。
「こんにちは、英斗さん。こちらから取りに行ったのに、いつもありがとう」
そう言って、榊は頭を下げる。
「俺はギルマスになっても普段そんな仕事も無いし別にいいですよ。最近どうですか?」
「いやー、おかげさまでなんとかやれている。野菜も少しずつ育ってきてますし、最近は北にある練馬区の境界でオークも獲ってるので食べ物もなんとかなっている」
「それは良かった。オーク獲れるような人結構いるんですか?」
オークは誰でも狩れるわけではない。
「いや、そんな居ないんだ……、私も定期的に行くくらいだ。北部に一人強い男が居るんだが、変わり者でなぁ……彼が手伝ってくれたら少しは楽になるんだが」
「へえ、そんな強いんですか?」
「いや、君達ほど強いわけではないんだが……しかも少し、いやかなり変わっていてな。人と関わるのが嫌で中野区北部で一人で住んでいる。スキルも全く戦闘向きじゃないのに強い不思議な男だ」
榊は苦笑いを浮かべた。
「スキルが戦闘向きじゃないのに強い? いったいどういうことですか?」
謎の男に興味が湧いてきた英斗である。
「人形を作るスキルで全く戦闘向けでないんだが、中々本人は強いのだ。それ以外に表現しようも無い。その人形のことが大好きだから、見せてほしいと言ったら喜んで見せてくれるぞきっと」
「人形……? 一回会いに行ってみようかな。なんか興味湧いてきましたよ」
「きっと彼も喜ぶ。是非会うといい。変わり者だが中野区でも強い方の男だ」
私は行かないがな、と榊は笑いながら言った後、彼の家を教えてくれた。英斗には自動人形生成の精度をより上げるためという打算もあった。
英斗は教えてもらった家に向かうと、丁度そこに入る男が目に入った。家はまだ新しく小さな一軒家と言ったところである。
「はじめまして」
英斗がその男に挨拶すると、男は振り向くと手に持っている大きな斧を構えて警戒心を露わにする。
その男はぼさぼさで適当に伸ばした髪に、ぽっちゃりした体に眼鏡をしており、一目ではあまり戦えそうにない見た目である。だが、よく見るとそのふくよかな体は筋肉で覆われており、かなり鍛え上げられていた。
「あんた誰?」
男はぶっきらぼうに答える。
「月城英斗と言います。榊さんに、貴方は素晴らしい人形を創られていると聞いて来ました」
「君リアに興味があるのかい! 中々お目が高いねー! いいでしょう、お見せしましょう! だがあの子は創ったわけじゃない。ずっと居たのさ、そこを間違えないように。おっと、僕の名前は亀井信也だ。入り給え」
そう言って、亀井は扉を開ける。英斗は亀井の喋りに圧倒され、既に少し後悔していた。
英斗が促されて家に入ると、そこには綺麗な金髪の美女が居た。本物の人間にしか見えないが、その美しさはお人形のような、という形容詞が似合うほど整っていた。青い目に、ウエーブのかかった髪、まるでお姫様のようである。
「ふふ、リアの美しさに面食らっているな。無理もない、世界一の美女だからな。僕のお嫁さんさ」
「こんにちは、ナターリアと言います。貴方、こちらの方は誰?」
ナターリアは少し詰まりつつも、流暢な日本語を話した。実はどっきりでフランス人を奥さんに貰った人を紹介されたのかと疑い始める。
「月城さんだ。君の美しさを見たくてわざわざ来たらしい」
「あらヤダ。あなたったら」
と言ってコロコロと笑う。
「あの亀井さん、この方は人間じゃないんですか?」
「人間に決まってるだろう! と言いたいところだが、僕のスキル『愛しの人』で創った人形さ。だが、今では人間にしか見えないだろう? 初めから美しい人形ではあったが、レベルを上げると徐々に人間に近づいて今では人間にしか見えないほどまで成長したんだ」
亀井は笑顔でうんうんと唸る。
「ここまで精巧になるということは、そうとうレベル上げてますね……」
「勿論だ。もう40を超えている。彼女と語り合う時間以外は殆ど魔物狩りだ」
40という高レベルに英斗は驚きを隠せなかった。ダンジョンに行く前の英斗よりも高い。
「確か、亀井さんは戦闘向けスキルじゃないと聞きましたが」
「ああ、僕のスキルはリアを生み出すだけのスキルだからな。全て戦闘はスキル無しだ」
「ナターリアさんが戦ったりは?」
「何を言ってるんだ! リアに戦わせるわけないだろう! 君は自分の奥さんを魔物と戦わせるのか? そんなのありえないだろう。リアの美しい体に傷一つでもつくなんて考えられない」
亀井は大声で言う。
「そうですね、おっしゃる通りです。すみません」
亀井が本気でリアを愛している事を理解した英斗は、軽率な発言を謝罪した。
「別に気にしないで、月城サン。私も彼のために闘いたいんだけど、彼がどうしてもだめって言うのよ」
そう言ってナターリアは笑う。
「僕は君を守るために強くなってるんだ。だから安心してくれ」
そう言って、亀井はナターリアの手を握る。中々幸せそうなカップルである。英斗は亀井がナターリアのために、戦闘スキルも無しにひたすら魔物を狩っていたことを知り、畏敬の念を抱き始めていた。レベル上げで身体能力が上がるとは言え、それは並大抵の苦労ではなかっただろう。きっと少しずつ少しずつ命を懸けてあげたのだ。
「亀井さん、凄いですね。愛故のその努力、尊敬します」
素直に口から出た。
「あたりまえだ、僕はリアの夫だからな」
そう言って、笑う亀井。
「月城、君はいい奴だな。僕をそんな目で見る奴は初めてだ。だいたいの人は人形に現を抜かす狂った男として見てくるからな。榊はまあ、僕を馬鹿にしたりはしなかったけど」
「そうですか、レベル上げの大変さを知っているからですかね?」
「きっと君も変わり者さ」
「いい人で嬉しいです。貴方、人にもやっぱり良い人がいるじゃない。私ももっと色々な人と関わりたいわ」
ナターリアの言葉を聞き、亀井は困った顔をする。
「月城はいい奴だが、皆が僕たちに優しいわけじゃないんだよ」
中々実感のこもった声色だった。
「知ってます。まあ私は貴方がいれば十分よ。ずっと一緒に居てくださいね?」
ナターリアは笑う。
「勿論だ」
亀井は笑顔でナターリアに返事をした後、英斗の方へ振り向く。
「お礼にいいことを教えてやろう、最近練馬区から流れてくる魔物が増えている気がする。練馬区で何かが起こってる可能性がある。君がどこに住んでいるかは知らないが、気を付けるんだな」
「そうなんですか、気を付けます」
「ご飯も食べていきますか? 用意しますよ?」
ナターリアが尋ねる。
「暇なら、昼飯くらい食べていきな。そこのワンコの分も用意しよう」
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
英斗は亀井宅でご飯を食べた後お暇した。ちなみに、ナターリアは料理も上手であったが、ご飯は食べれないらしい。亀井は、もっとレベルを上げてナターリアにご飯を食べさせてあげたいらしい。
英斗が去った後、亀井は静かに呟く。
「僕ももっと人と関わらないといけないのかな……魔物退治よりずっと大変だが」
亀井は文明崩壊前は引きこもりだったのだ。だが、ナターリアが色々な人と関わりたいことも知っていた。
英斗は帰りながらナナに言う。
「変わってたけどいい人達だったな、ナナ」
『うん、ごはんもおいしかった』
英斗は練馬区からの魔物が多くなっているという情報が気になり、ギルドに寄ることにした。