滅んだ世界の喫茶店
中野区との抗争後、英斗は定期的に中野区にスキルで生み出した野菜の種や種もみ、時には肉類も差し入れていた。
野菜が育つのには時間がかかるが、農業系スキル持ちがいれば大幅に時間が短縮できる。3か月かかる野菜が、1か月かからないと聞いて英斗はスキルの凄さに驚いたものである。
抗争以降、すっかり杉並区での知名度が上がった英斗は、駅前近くの孤児院的な施設にオークを差し入れに向かっていた。
前回の夜の宴会で、あの大災害以降親を失った子供たちを養っている人が居ることを知ったのである。自分にはできないことだな、と感心しつつできる事だけでもとたまに差し入れ始めたのだ。
「おっ、ギルマスか。いつもすまねえな」
扉を開けた先に居たのは、髭を生やしたいかつい神父である。髪は長くぼさぼさであるが、どこか色気のある渋い男といった風貌をしている。
「いえいえ、気が向いた時だけですから」
そう言って、オーク1体丸ごと卸す。神父はオークの解体もお手の物であった。
「それでも助かるさ。オーク狩れる奴は少ねえからな。そろそろ俺も狩りに行かねえと、って思ってたとこだ」
神父は自らもスキルでオークなどを狩り、孤児達の食料を調達していた。30人を超える孤児を養うのに足りない分は、寄付でなんとかしているらしい。
「それはちょうど良かった」
「ナナも来てるなら、少し子供と遊んでやってくれねえか?」
「だってさ、ナナ」
『いいよー、いってくるー』
そう言ってナナは子供達の所に向かって走っていった。
「賢い子だな」
「そりゃあうちの子ですから」
「はは、そうだな。まあ中に入れ。コーヒーでも入れよう」
「今はコーヒーも貴重品でしょう。大丈夫です」
「飲まれなきゃ腐る品だ、遠慮すんな」
そう言って、英斗を引っ張る。英斗はコーヒーをいただいた後、世間話をして施設を出る。
駅前に向かっていると、凛に出会う。こちらに手を振りながら、走ってくる。
「お久しぶりです! 今日はどうされたんですか?」
「いやー、見回り的な? 今一応ギルドマスターだからね」
「本当ですか? 孤児院側の方向から歩いてきましたけど……寄付でもしてたんじゃないんですかぁ?」
凛は上目遣いで、にやけながら言う。どうやらばればれのようだ。
「……まあ寄付とかは自慢するものでもないからね」
「まあ確かにそういうものですね」
「お礼にコーヒーも頂いたし、悪いことばかりじゃないしね」
そう英斗は頭を掻きながら言う。
「なるほど! そんな善行を積む月城さんに、私がフルーツをご馳走しましょう! ここから数100mの所に美味しい苺と葡萄を出すところがあるんですよ。ナナちゃんもどう?」
凛はくるりと回りながらある店を指さす。
『ぶどうといちごってなに?』
ナナは疑問符を浮かべながら英斗を見る。
「瑞々しくて美味しい食べ物だよ。酸っぱくて甘いんだ。今時果物なんて珍しいな」
『わたしもたべたい!』
ナナは尻尾を振っている。
「店主がスキル持ちで、葡萄と苺作ってるみたいなんです。女性陣からは大人気なんです。きっとナナちゃんも気に入りますよ!」
そう言って連れられたところは、駅前にある喫茶店である。昔ながらの喫茶店といった装いで、ガラスにヒビがはいっているものの、店前には看板が立っている。看板にはチョークを使い可愛いタッチで苺と葡萄が描いてあった。崩壊前と違うのは、通貨が魔石なところであろうか。
壊れかけのドアをあけると、店主であろうお姉さんが顔を出す。
「いらっしゃーい。何にする? そうは言っても、苺と葡萄と水くらいしかだせないんだけどね」
そう言って笑う。
「私は苺とお水を! 月城さんは何にします?」
「じゃあ、俺は葡萄と水を。ナナは何がいい?」
『わたしもぶどう!』
「じゃあもう一つ葡萄を」
「はーい、ちょっと待っててねー」
そう言って、店主は店の奥に向かう。2人はソファに向かい合いながら腰掛ける。
「凛はどうして駅に居たんだ?」
「おもに食料ですね。うちには家族も居るので、オーク肉だけだと栄養も偏りますし、野菜を買いにきました」
「確かに。ここ来ないと、基本的に仕留めた魔物肉のみになっちゃうもんなあ」
「葡萄2人前と、苺1人前と水です。ごゆっくり」
お姉さんが慣れた手つきで持ってくる。器には瑞々しい葡萄と苺が置かれていた。英斗が1粒、葡萄を口に入れると口の中で果汁が溢れる。普段果物を食べない英斗は、その瑞々しさに舌鼓を打つ。
「甘い! 久しぶりにこんなおいしい物食べたよ」
英斗は笑顔でもう一つ、もう一つと頬張る。
『これとってもおいしいー。これすきー』
ナナは皮ごと葡萄を美味しく頂いていた。
「こんな世界になっても果物食べられるのは本当に感謝しないといけませんね。やはり人間助け合いってことでしょうか? 私達が魔物を狩るだけでも生きていけませんし、農業だけでもこの世界で生きていくのは難しいですもんねえ」
凛は苺を口に入れると幸せそうな顔をしていた。
「そうだな。こんな状況だからこそ、協力すべきなんだろうなあ。俺が言うな、って話だけど」
1人で生きるためにひたすらレベルを上げていた英斗である。
「まあまあ、最近は月城さんも皆さんと交流するようになったじゃないですか」
「それは良かった。それにしても喫茶店でフルーツなんてまるで地震も何もなかったみたいでいいねえ」
一時でもこんな世界を忘れてゆっくりしてもらおうという店主の計らいで、店内は綺麗に掃除され、崩壊前の喫茶店に近い環境になっていた。
「いつかまた魔物なんて居ない平和な世界が来るんでしょうか?」
凛が少し不安そうに尋ねる。
「さあな。俺達はこの世界でしばらく生きていかなきゃいけないのは確かだ」
「そうですね! 私もギルドに所属してますので、いつでもこき使ってくださいね」
少し暗い話になったと思ったのか、凛は明るく振舞いながら言った。
「ありがとう、凛」
「いえいえ。それにしても、共通通貨が無くなったのも不便ですよね。ちゃんとした価値基準がなくなってしまいましたから」
会計のことを思い出した凛が言う。
「まあなぁ。今は政府も無いからなあ。それこそ今までの札束は今じゃ紙切れだ。誰かがこの世界を統一したら再び札ができるんだろうか?」
「月城さんが統一したら、新1万円札が月城さんになるんでしょうか」
「怖えよ、それ」
英斗は苦笑いしかできなかった。
英斗は果物を全て食べ終わった後、会計を全て支払おうとしたが、決して払わせようとしない凛とレジ前でバトルすることとなる。最後は英斗が負け、凛に支払われてしまったのだが。