閑話 BBQ
抗争から少し経った昼下がり、弦一と我羅照羅のメンバーは本拠地としていたビルに居た。
「今日は抗争勝利の記念に、焼き肉でもするか」
弦一は突然思いついたアイデアを皆に告げる。
「や、焼き肉ですか?」
我羅照羅の副マスターである坊主頭のアツシは疑問形で尋ねる。
「今日はオーク肉だけじゃなく、ハイオークの肉でしよう」
その言葉を聞き、メンバーは歓声を上げる。ハイオークの肉はオークより遥かに美味しいが、弦一とアツシ以外は狩れないため普段食べる事は無かった。
「ホームセンターから搔っ攫ってきたバーベキューセットがあります。あれでやりましょう!」
部下の提案により、急遽我羅照羅メンバーでのバーベキューが決まった。皆すぐさま外に出て用意を始める。
しばらくすると、50人程が食べられる程の用意ができた。弦一は英斗との敗北後、抜けたい者は自由に抜けて良いという通達を出した。それにより抜ける者も多かったが、弦一が穏やかに変わったという情報が出回り新しく入る者も多く、結局人数はあまり減らなかったのだ。
「総長、野菜買ってきました!」
そう言って、部下たちが駅前で野菜を買ってきた。鉄板の下に弦一が黒炎を灯す。消えない炎を使った焼き肉である。
「お前ら、自分に付いたら、すぐに俺に言えよ。お前ら自身がバーベキューになっちまうぞ。俺はちょっとアニキ呼んでくるわ」
そう言って、弦一は英斗を呼びにマンションへ向かう。
「アニキ―、バーベキューしませんかー」
部屋の扉を叩くと、英斗が顔を出す。
「また急だな、お前は。と言うかアニキってなんだ」
突然のアニキ呼びに驚く英斗。
「まあまあ、ギルドマスターは皆のアニキみたいなものでしょう」
「そうなのか、まあトップだからな……。そう言えばいい肉があるぞ! 今日はこの前のお礼に、俺がお前らにご馳走してやろう」
そう言って、英斗はにっこりと笑う。英斗が言っているのは、ドラゴンの肉である。抗争後空いている時間に解体して貰ったはいいもののマジックバッグに入れたままだったのだ。
「おおー! 何肉ですか?」
「なんと……ドラゴンの肉だ! ワイバーンじゃないぞ!」
英斗はハイテンションで言う。
「マジっすか! アニキしばらく居ない間にドラゴン倒してたんすか? 知らなかったっす!」
弦一は目を輝かせながら言う。
「ハハハ、凄かろう。まだ食ってないから美味しいか分からんが、ドラゴン肉はうまいのが定番だから期待しておけ」
『ついにどらごんのおにくたべるの?』
ナナは目を輝かせながら言う。
「そうだ! ご馳走だぞー。凛の奴も誘ってやるか、仲間外れは可哀想だし」
「了解っす! 我羅照羅のビル前でやってるんで来てくださいね!」
そう言って弦一が先に戻ると、英斗は凛の住んでいる家へ向かう。小さいながらもちゃんとした一軒家である。
「凛ー。弦一達とバーベキューするんだが、来ないかー?」
玄関前で凛を呼ぶ英斗。すこしすると階段を下りる音がして、凛が顔を出す。
「楽しそうですね! 行きます!」
再びメイド服であり、どうやら少し時間がかかったのはメイド服に着替えていたからのようであった。
「メインはなんとドラゴンの肉だ!」
『だー』
英斗達の言葉に驚く凛。
「まさか、月城さんドラゴン討伐してたんですか?」
「いやー、修行中にな」
「さ、流石です……。私ももっと修行しないと……」
凛はぼそぼそと言っているので、そのまま連れていく。
しばらく歩くと、ビル前に着いた。皆既にハイオークの肉で始めていたらしい。
「おい、お前ら! アニキがなんと今日は皆にドラゴンの肉をご馳走してくださるらしい!」
「「「ありがとうございます!」」」
弦一の言葉を聞き、皆が一斉に頭を下げる。相変わらずの体育会系である。
「いえいえ、皆で食べたほうがおいしいからね」
解体してくれた料理人の人にもドラゴン肉を渡したりもしたが、まだ何トンもの手持ちがあった。凛に厚めに切り分けてもらい、ステーキとして焼くことにした。鮮やかな赤身はどんな和牛にも負けない輝きがあった。
英斗が生み出した塩コショウを振り、鉄板に乗せる。英斗はまだ肉が赤い状態であるレアで食べることにした。
口に入れた瞬間、泣きそうになるほどの旨味が口の中に広がる。一口噛むごとに肉汁が口の中に溢れ出し、英斗はこのために生きていたのではないか、と本気で考え始めた。
今まで食べたどんな肉よりも美味しいこの肉は、世界の者が知ったらこのために命を懸ける者もあらわれそうなほどである。
英斗の周りで食べていた者達には泣いている者までいた。
「俺、こんな美味しいもの食べたこと無いっす……! こんな世界になってこんな良いもの食べられるなんて」
そう言って、涙を拭っていた。
「これは……本当に美味しいですね! 私の拙い語彙力じゃ言い表せません」
そう言って、凛はステーキに齧り付く。
『とってもおいしい!』
ナナは無心でステーキを食べていた。
「アニキ、こちらが誘ったのに、こんな素晴らしい肉をありがとうございます」
皆を代表して、弦一が頭を下げる。
「お前まだ、年的には高校生だろ。遠慮せず食え! 大きくなれんぞ」
そう言って、ステーキを勧める。
「ありがとうございます。頂きます!」
弦一も幸せそうに、ステーキを食べていた。盛り上がっていると、クラン『青犬』のメンバーが通りかかる。
「バーベキュー? めっちゃ楽しそうやねー」
ユートがにっこりと笑いながら近づいてくる。
「お疲れ様です。ドラゴンのステーキ今焼いてるんですけど皆さまも食べますか?」
英斗が尋ねると、青犬のメンバーが驚きで口をぽかんと開けている。
「ド、ドラゴンの肉って……。ギルマス、ドラゴンも倒してたんだ」
青犬の1人、成宮心が茶色の髪を揺らしながら呆然と呟く。
「まあ、なんとか? 1人一枚ずつ食べてるんでどうですか?」
英斗の言葉にユートが飛びつく。
「ええのー? ファンタジーの世界やと定番やけど、ほんまにドラゴンのステーキ食べれるなんて生きててよかったわ!」
ユートは英斗を拝み倒している。
「すぐ焼くから待っててくれ」
そう言って、青犬のメンバー5人分の肉を焼く。皆一口食べるとその味に感動し無言で貪る。
「これは……なんという絶品! こんな美味しい肉がこの世にあっただなんて! 皆これはもうドラゴン退治に行くしかないぞ」
そう言って興奮する尾形。
「勝てるかい!」
そう言って、心が尾形の頭を叩く。
「分からないだろう~? 挑戦してみなければ」
頭をさすりながら言う尾形。
「荒川ギルドはドラゴンに半壊させられてるからなぁ」
ユートが思い出したかのように言う。
「分かったよ、冗談だ。流石に皆を危険にさらしてまで戦うつもりは無いよ」
どうやら話はまとまったようである。
「美味しかったです」
そう言ったのは、青犬メンバーの1人、雪岡青空である。180cm後半の長身に100kg近い巨体の青年だ。髪は短いソフトモヒカンで糸目で優しそうな顔つきをしている。
穏やかな物腰で、老人や子供から人気があるらしい。
「いえいえ、良かったです」
英斗は青空と話すのは初めてであったが、前評判が良かったおかげか緊張もせず話せた。
「戯言聞かせてごめんな~。ほんま美味しかったわ! この恩はいつか返すで!」
「中々食べられるものではないからな。こんな貴重なものをいただけて感謝する」
すっかり青犬の皆も上機嫌で、野菜や他の肉を食べていた。
「横いいですか?」
すると、凛が英斗の横に座る。
「皆楽しそうですねえ」
「ああ。いいことだよ。文明が崩壊しても人の営みは変わらないものだなあって」
そう言って、英斗はキャベツにたれをつけながら頬張る。
「こうやって穏やかに生活できるのも、抗争が終わったお陰ですよ?」
「なら俺達も頑張ったかいがあったな」
「はい!」
そう言って、英斗と凛は乾杯して、グラスに口を付けた。
夕焼け空になりカラスが鳴き始めた頃、バーベキュー大会はお開きとなった。英斗はその後、前回お世話になった極真会の人々にもドラゴン肉をおすそ分けした。
この日からナナがステーキを定期的におねだりするようになった。
今日と明日は閑話です。箸休め回?