日本の守護神
文明崩壊の日、東京品川区の駐屯地では自衛隊員が目まぐるしく動き回っていた。
「小林三佐、90(キューマル)式、10(ヒトマル)式、全てやられてます」
部下からの報告を受けたのは小林武彦三等陸佐である。
90式とは90式戦車という自衛隊が使用している戦車の略称、10式も10式戦車の略称である。
「また謎の巨樹か……。武器庫の武器も全て巨樹に飲み込まれている。他国の侵攻かと思うくらいだ」
「小林三佐、駐屯地内も多数の死傷者が出ています。どうされますか?」
「医療班に向かわせろ。残っている武器は少しでも携帯させろ」
「小林三佐、MCV一台だけ残ってます。動かしますか?」
「いつでも動かせるようにしておけ、多分すぐに出番が来るぞ」
MCVとは16式機動戦闘車という戦闘車の略称である。小林は部下からの膨大な報告を受けながら、駐屯地を魔物から守護していた。
今品川駐屯地には多くの市民が流れ込んでいた。だが、魔物が多く出たにもかかわらず未だに秩序を保っていることからもその練度の高さが窺えた。
「いったいこの化物達はなんなんだ……? スキルとは……?」
小林のスキルは『指揮官』であるが、そのレベル故全く変化を感じられなかった。
「先ほどの豚の魔物とは違う、赤い鬼のような魔物が出ました! 既に何人も殺されています!」
「また新しい魔物か……くれぐれも一対一で戦うな。囲んで戦え」
外ではオーガと自衛隊員達の攻防が始まっていた。
「放てェ!」
自衛官は一斉に銃を放つ。オーガは血を吐きつつもそのまま近づき、一人の首をへし折る。他の隊員は動揺しつつも銃を放ち続ける。
激しい戦闘で何人も殺されはしたものの、オーガを殺すことに成功した。
魔物の侵攻が落ち着き、自衛隊員達は各自休憩やスキルの確認を行っている。
「おお! 炎出せるぞ!」
胡坐をかきながら、念じていた隊員の手から小さな火が灯る。
「お前ら、慣れるまであまりスキルとやらに頼るなよ!」
そう隊員を戒めるのは、長谷川隆太二等陸曹である。高校卒業後即自衛隊に入っている叩き上げの男である。長谷川のスキルは『剣士』であり、私物のサバイバルナイフの切れ味が鋭くなっていることに気づいていた。
「勿論です、ですがこの謎のスキルは有用だと思いますよ」
「それは分かってる。だがこの魔物達は慣れるまで待ってはくれんだろうからな。また新しいのが出た。お前ら行くぞ!」
そう言って長谷川二曹の隊はゴブリンの群れと戦闘を始めた。
「長谷川二曹の隊が奮戦してるようです」
小林は部下の報告を聞いていた。
「あそこは練度高いからな。だが、こうなってくると武器庫が全てやられてたのが本当痛い。こう大量に出てくると、弾がもたん。武器庫からまだ使えそうな物は獲れたか?」
小林は苦い顔で頭を掻く。
「2丁程……」
「そうか。腕のいい奴に持たせろ。おそらく切れた後はスキル?とやらでの戦闘になる。各自部隊長は部下のスキルを把握し、戦闘方法を考えろ。魔物を仕留めることで身体能力やスキルの向上が確認されている。戦えば戦うほど徐々に楽になっていくはずだ!」
「はっ!」
部下はすぐに去っていく。
「それまで俺達がもてばの話だがな」
部下が去った後、小林は静かに呟いた。
魔物が現れてから既に半日が経過した。周囲の避難民は1000人を超えており、市民を守護しながらの戦闘は困難を極めた。
「戦闘スキル持ちは4割ほどです。ですが、もう明日には殆ど弾はありません。白兵戦になるかと」
「そうか……。まだ生きている幹部で話し合ってくる」
品川駐屯地のトップとも言える木田将補が最初の地割れで亡くなってしまったのは大きな痛手であった。他の駐屯地との連絡がつかず、全国各地で同じような状態になっていることが窺えた。
幹部同士の話し合いでは、魔物を撃退しながら駐屯地の安全を確保しながら少しずつ安全圏を広げていくことに決まった。つまり何か大きな打開策は出なかったのである。
小林が外を見回っていると、ナイフでゴブリンを狩る男の姿があった。長谷川である。
「明日に体力を残さねば、守り切れんぞ」
「お言葉ですが、小林三佐。銃はもう尽きます。我々にある武器はもはやスキルしかないかと。少しでも磨かねば……」
「確かにな……。だが、今日も多くの隊員がやられた。気を付けろ」
「はっ!」
そう言って、小林と長谷川は別れる。そして夜が更ける。
次の日は前日よりも更に過酷な戦闘となった。A級魔物ワイバーンが何体も現れたのである。
「遂には空飛ぶドラゴンか……勘弁してほしいね」
残り少ない銃でワイバーンと応戦する。
「小林三佐! 西側からオークの群れが!」
「第1小隊を向かわせろ!」
「大変です、東側からオーガの群れが!」
「……そちらには第2、第3小隊を向かわせろ!MCVもそっちに回せ!」
あわただしく動く戦線。小林は他の幹部に指揮を任せ激戦区となっているオーガの元へ向かう。
そこには昨日1匹でも苦戦していたオーガが10体以上おり、なによりも目立っていたのは赤く鍛え上げられ膨張した赤い筋肉の鎧を身に纏う鬼『赤大鬼』である。
明らかにまだ人類が戦ってはいけない相手であった。
「あいつ、知能もあるな……。お前ら弾を惜しむな! 放て!」
だが、既に弾を持っている隊員も少なく、そこまでのダメージは見込めなかった。
「私が行きます」
長谷川2曹を含め、戦闘向けスキルを持つ者達がオーガ達に立ち向かう。だが、まだレベルが低すぎたのだ。数か月後であれば勝てたかもしれない。そう思わせる鬼気迫る強さがあった。
圧倒的な身体能力の差。それは如何とも覆しがたかった。
次々とやられる部下達。
「舐めるなァ!」
両手にサバイバルナイフを持った長谷川がオーガの首を切り裂く。こと切れるオーガの傍でレベルが上がることを感じていた。
長谷川の後ろから襲い掛かるオーガ。だが、そのオーガの目に銃弾が刺さる。オーガは悲鳴を上げながら後退する。
「長谷川2曹、援護します」
そう言ったのは、スキル『銃手』を持つ伊藤1等陸士である。彼は魔力を消費することで銃弾を生成できた。
「助かる」
だが、大赤鬼の強さは別格であった。長谷川がオーガを倒している間に殆ど2小隊は全滅していた。大赤鬼は次の獲物を見つけて笑っている。
「化物め……!」
「あいつは今のスキルで倒せるようなレベルではない……MCVの主砲しか無い。長谷川退け!」
小林は、MCVに一縷の望みを託す。MCVには多目的対戦車りゅう弾があり、対戦車用攻撃能力を持っていた。
「ここの前線を今下げると、市民も危ない。引けません」
長谷川は覚悟を決めてナイフを構える。
「自衛隊を……日本を舐めるなよ……!」
この日も世界中で多くの死者があった。それは品川駐屯地でも同様である。だが武器が無くとも、市民のために命を懸ける男たちの姿がここにはあった。