閑話 レッツフィッシング!
太陽が東の空から顔を出し始めた頃、熟睡していた英斗を起こしたのは、ドアのノック音であった。
まだ寝惚け眼をこすりながら、立ち上がり襲撃か警戒する。だが、その犯人はすぐ明らかになる。
「月城さん~、魚食べに行きませんか~?」
その声の主は弦一であった。まだ会合まで四日もある。純粋な誘いのようだ。だが、崩壊後英斗は魚を食べた記憶が無く中々魅力的な誘いでもあった。ドアを開けると、弦一が釣り竿を持って立っていた。
「ん? もしかして、既に魚があるわけじゃなく、釣りに行くのか?」
「勿論です!」
「東京湾まで釣りに行くのか? 流石に遠くないか?」
「いえいえ、杉並区にも釣り堀はあるんですよ。そこで釣ろうかなと。今は魚の魔物も居るらしくて生態系がどうなってるかは分かんないですけど、それも含めて楽しもうかな、と。やったことは無いんですけどね」
弦一は端正な顔を歪ませ楽しそうに笑っている。ここまで無邪気な笑顔で言われると断るのも忍びない。
「別にいいけど、俺釣り竿なんてねえぞ」
「大丈夫です。ちゃんと2本持ってきました!」
「そうか、分かった。今準備する。ナナ今日は魚を食べよう」
『さかなってなに~?』
ナナはまだ眠たそうな念話を送ってくる。
「改めて聞かれると難しいな。水の中にいる生き物なんだが、中々美味しいぞ」
『じゃあたべてみる~』
そう言ってゆっくりと起き上がるナナ。
歩いて釣り堀に向かっていると、凛に出会う。
「お久しぶりです。月城さん。釣りですか?」
凛は釣り竿を持つ英斗を見て問いかける。
「ああ、弦一に誘われてな」
「いいですね~、私も夕飯のために、たまに釣り堀行きますよ。家族で釣りをしていたので」
「経験者なのか! 2人ともやったことないんだ、暇なら来てくれないか?」
「別にいいですよ、どうせ今からご飯のためにオーク狩りに行くとこだったので。今日は魚にしましょうかねえ」
凛は自宅に釣り竿を取りに行き、再度合流した。
「月城さん、いつの間にあの女と知り合ったんですか?」
弦一がこそこそと英斗に問いかける。
「いやー、弦一が言った通り、皆で集まって会合した後現れたよ」
「本当ですか。やっぱりあいつストーカーですよ。気を付けた方がいいです」
「まあ、そんな悪い人にも見えないしねえ」
英斗はそう言いつつも、万が一襲われても勝てる自信があった。それほどダンジョンでの修行で、英斗の強さは跳ね上がっていた。
「何こそこそ話してるんですか? 行きましょーよ」
凛は、スキップしながら先頭を進む。その姿に弦一も毒気を抜かれ、気にしないことにした。
しばらく歩いた後、釣り堀に着く。公園に隣接しているために多くの野鳥が飛んでおり、都会にしては自然が多い。赤いベンチが魔物達によって破壊されており少し寂し気な雰囲気を漂わせていた。
英斗達以外に数人同様に釣りをしており、今となっては貴重な食料なのかもしれない。
「じゃあ、さっそく釣りましょうか」
凛に習いながら、釣り糸を垂らす。水面をのんびり覗いていると、確かに明らかに地球産ではない巨大魚がちらちらと顔を出している。
「おいおい、あんなの居たら魚あいつ以外全滅するだろ……」
外来魚もびっくりの凶悪な見た目をしていた。
「あの巨大魚はそんなに数いないから今のところはなんとかなってますけど、どうなんですかねえ」
凛もそこまで詳しくないのか、首をかしげる。
「まあまあ、月城さん。俺達人間も全滅しそうなんですから、魚の心配しても仕方ないですよ」
そう言って、弦一は笑う。
「それもそうか」
そう言って、3人はゆっくりと水面を眺めていた。
「鑑定してみるか」
英斗は謎の巨大魚を鑑定する。
『マーレフィッシュ D級
狂暴で人間相手にも襲い掛かる。だが、その白身は絶品である』
「マーレフィッシュって言うらしい。だが、釣り方とかは正直さっぱりだ」
「あれほど大きいなら、小魚餌にした方がいいんじゃ?」
弦一が言う。
「そうかもなあ、人間相手にも襲い掛かってくるから、最悪近づいたら釣れるかも」
「それもはや釣りじゃないですよ……」
弦一は呆れながら言う。
その後、凛が釣った小さな鮒を釣り針につけ、マーレフィッシュ釣りに挑戦する。釣り糸を垂らすこと、30分遂に弦一の釣り糸から反応があった。
「こいつ凄い力です。これはマーレフィッシュ!」
弦一も高レベルであり凄い腕力を持っているだろう。その弦一に凄い力と言わせるのはマーレフィッシュであろう。
体を動かしながらリールを巻く弦一。だが、英斗も弦一も素人。いまいち勝手が分からない。
「巻け巻け!」
「やってるんですけど……このぉ!」
必死でリールを巻く弦一。そして遂に水面からマーレフィッシュが顔を出す。
そのまま引っ張り上げると、マーレフィッシュが空中まで引っ張りあげられる。
「来ました!」
凛は嬉しそうに声をあげる。
『がんばれー』
さ
ナナも応援している。だが、その瞬間、マーレフィッシュが釣り針から取れてしまう。
「あ……」
弦一は口を開けて水中に落ちるのを見守っていた。
「逃がすか!」
英斗は左手から電気を生み出すと、マーレフィッシュに雷撃を加える。 感電した音と共にマーレフィッシュが水面に落ち、浮かび上がってくる。
「えーっと……まあ文明崩壊後の釣りっていうのはこんなもんかもしれないな」
英斗は顔を逸らしながら言う。
「別に水面に電気流したわけじゃないからセーフです! 食べましょう!」
凛はそう言うと、まな板と包丁を取り出す。凛は鮮やかな手つきで魚をさばく。あっという間にマーレフィッシュの刺身が完成した。英斗は醤油を生み出すと小皿に入れる。
「興奮してましたけど、こいつ食えるんですかね?」
弦一が英斗に尋ねる。
「分からんが、鑑定結果は美味しいと言ってたぞ」
「なるほど、月城さんを信じます」
そう言って弦一が醤油につけた後、口に含む。
「美味いっす! 鯛みたいな味してます!」
英斗は本当か、と思いながらも口にする。
「本当だ! うまいな……」
「あの謎の巨大魚がこんなに美味しかったとは思いませんでした」
凛もマーレフィッシュの意外な美味しさに驚いていた。
「如月さん、調理ありがとうな。俺達じゃこう上手く捌けなかったよ」
英斗は凛に礼を言う。
「確かに。俺焼くことしか考えてなかったっす。ありがとう、如月さん」
弦一も同じく礼を言う。
『これおいしいー』
そう言って、ナナも幸せそうに魚を頬張っていた。英斗は皆が刺身を堪能した後に口を開く。
「弦一も今度の会合についてきてくれないか? 何があるか分からないしな」
「俺がギルマスに推薦したんですから当然お供しますよ」
快諾してくれた。英斗はこの2人のためにも会合が無事に終わることを祈った。その後、弦一はクランメンバーに、凛は家族に残った魚を持って帰っていった。
英斗とナナも満足いくまで食べた後、自宅に帰る。
『きょうはたのしかったねえ』
「そうだな。ああいう日常も大事なんだよな。また行こうか」
『うん!』
友人と遊ぶことなど、久しぶりだった英斗は素直に楽しむことができた。