杉並会合
夜、弦一とアツシに連れられ杉並ギルドに向かう。
「月城さん、今回は『極真会』と『青犬』の中心人物と、杉並ギルドの事務長が来ます」
ギルドの仕組みとして、ギルドマスターはトップクランのマスターであるが、それはあくまで戦闘力を見込まれて看板をしているだけで、普段は事務方の人が一般人の依頼や運営をしている。そのトップが事務長である。
「花田さんか、お世話になったこともあるな」
杉並ギルドのマスターが居ない現在、殆どの決断は事務長が現在行なっている。
杉並ギルドの事務長、花田康太はスキル『商人』を持つ40代男性である。文明崩壊前も卸売業の社長をやっていたようで、てきぱきと仕事をこなしている。
英斗は獲ったオークを定期的に商業ギルドに卸しており、解体してもらっていたのだ。
以前からある四階建ての建物を使い、現在杉並ギルドは運営されている。英斗達が中にはいると既に人が大勢いた。事務長と、クラン『青犬』『極真会』の面々である。
「月城さん、お久しぶりですね。また会えて光栄です」
「こちらこそ。お久しぶりです、花田さん」
花田と英斗は握手を交わす。
「久しぶりやなぁ、月城さん。やっぱりまた会うことになったなぁ、僕はまた会うと思ててんよ」
そこには文明崩壊直後に会った、ユートが居た。初対面と同じ人懐こい笑顔を浮かべている。
「ユート! やっぱり『青犬』は君のクランだったか」
青犬のマスターの名を聞いたことがあったと思ったがそれはユートから紹介されていたからであった。
「覚えててくれたんやねえ。こちらがうちのマスターやで」
そう言って紹介されたのは、20歳くらいの爽やかな青年であった。黒い短髪で肌は茶色に焼けており、長い睫毛に、筋の通った鼻をしており崩壊前はずいぶんモテそうな顔をしていた。
「こんばんは、俺の名前は尾形 朋だ。一応『青犬』というクランのマスターをしている。あの、人を認めない弦一が認めたと聞いて楽しみにしてきたが……とても強そうだ」
そう言って、好戦的な笑みを浮かべた。見た目と違って好戦的なのかもしれない。
「こんばんは、月城英斗です。いえいえ、まだまだ未熟者です」
「では私も挨拶をしようか。クラン『極真会』のマスターをしている西園寺結花という。今の杉並の現状を考えるとトップが現れるのは歓迎だ。私は別に杉並ギルドのトップを張りたいわけではないからな」
「じゃあ、月城さんをトップに据えることに異論はないということだな?」
弦一が問う。
「だが、一条お前は月城さんの強さを知ってるらしいが、私は知らん。全く知らん奴を上に据えるのは……」
弦一はどうやら結花に一条と呼ばれているようだ。
「なに、すぐに分かるさ」
弦一は認めてもらえるのが当たり前という自信に溢れていた。
「結花さん、あなたの言うことは尤もです。どうしたらよろしいでしょうか?」
「簡単なことだよ、君の強さを証明してくれ」
そう言うと、結花は英斗に一瞬で近づき回し蹴りを放つ。英斗は地面から鉄を生み出し、結花の蹴りを防ぐと同時に長剣を結花の首元近くに構える。
「証明になったかな?」
英斗は笑う。
「お見事、文句はない。素晴らしい動きだ。うちの者にも見習わせたいくらいだ」
結花はそう言って笑った。
「いえいえ、手加減されてたからですよ」
英斗は特別格闘に秀でているわけではない。だが、レベルアップにより鍛え上げられた身体能力はもはや人間をはるかに超えていた。
「はは、手加減していたとはいえ、西園寺さんの蹴りを流すとは確かに評判通りだ」
尾形は素直に感心している。
「ほらー、リーダー。俺の目は正しかったんですって」
ユートは笑う。
「今の動きを見せてもらったが、それだけである程度の実力は分かった。月城さんがマスターで構わない。早く中野区の横暴の対処について話し合わないか? もう被害も出てるしな」
尾形が英斗を認めた。
「私も月城さんをマスターに推薦します。私は元々月城さんを信頼してますし良い人選かと」
「ああも軽くさばかれては認めるしかないな。中野区への対応について話し合おう」
事務長の花田、結花共に認める。
「おめでとうございます、月城さん! これで杉並区を傘下に治めましたね、このまま23区制覇しましょう!」
弦一は笑顔で喜んでいる。23区制覇なんて別にしたくないよ……と英斗は苦笑いしかできなかった。
「よろしく頼む。初めに言っておくができる限りはトップとして全力を尽くすが、一番大事なのはナナと自分の命だ。無理そうなら引くからそこだけは承知してもらいたい」
皆が頷く。
「中野ギルドの情報や現状について聞きたい」
「中野ギルドがこちら側を襲ってきたのは1か月前程からや。それから定期的に農業スキル持ちが攫われてしもて、あちらで強制労働させられてるんや。農業スキル持ちがおったら、どんな土からでも種さえあれば野菜を生み出せるからな」
ユートが現状について話し始める。
「そもそもなんであっちはそんな食糧難なんだ?」
「うちと違って、中野区は魔物が殆どアンデッド系なんや。殆ど狩っても食べれんし、少ない農業スキル持ちが軒並み最近死んでしもて食糧難や。遠征でオークとか狩ってたらしいけど、それでもじり貧や」
「移住するしかなさそうな話だが……」
「愛着もあるんやろし、他の区も既にコミュニティ出来上がっとるからなあ。少しずつ中野区を捨てて移住してはいるみたいやけど」
「野菜の種や種もみ、農具等の提供でなんとか解決できないかな。農業については詳しくないが、詳しい人からやり方の伝授でもいい。人同士で殺し合いなんて馬鹿げてる」
「いい案だが、中野ギルドのマスターは中々過激派だからな。どちらにしてもこちらもマスターは決まったのだ、一度あちら側と話し合いをする必要があるだろう」
結花が言う。
「私なら警戒もされないでしょう。一度中野ギルドとの会合の場を用意するよう交渉してきます」
花田が立候補する。
「うちから護衛もつけよう。では今後については会合の結果次第だな。いい報告を期待している。そう言えば、私の知り合いの女の子が月城さん、貴方と会いたがっていた。この後会ってやってくれないだろうか?」
と結花が言った。
「別に構いませんよ」
と英斗は言いつつ、これは弦一が言っていた女の子なのでは、と考えていた。弦一もそう思っていたのか、こちらを見ていた。
「ありがとう」
「では詳しい事はあちらとの会合後話し合おう」
英斗がそう締めくくり会合は終了した。
会合後、結花に少し待っててくれと言われ待っていると、1人の女の子を連れてきた。
「初めまして、月城さん。如月凛と申します。近く中野区との話し合いがあると結花さんに聞きました。私も少しでも助力できればと思い参りました」
そう言って、メイド服の女性、如月凛はスカートを両手でつまみながらお辞儀する。年齢は18~20歳ほどであろうか、長い黒髪で、静かだが意志の強そうな目をしている。小さく整った鼻に、雪のような白い肌をしている。
「彼女の友人が誘拐されたらしくてな、少しでも何かしたいらしいんだ。中々本人も強いし、よければ会合に連れていってやってくれないか?」
と結花が言う。
「極真会の方ですか?」
「いや、彼女はクランには入っていない、ソロだ。だが、まあこんな世界だとクラン以外にも知り合いはできるもんだ」
「なるほど」
英斗はどこまで信用していいのか、測りかねていた。
「初対面ですから、警戒は当然ですね。信頼の証と言ってはなんですが、スキルをお見せします。『重火器ヘヴィーウエポン』。重火器を生み出す能力です」
そう言うと、凛はガトリング銃を生み出す。
「これは……中々戦闘に特化したスキルだね」
メイド服の女性が、ガトリング銃を持つのはシュールである。
「低レベルの時は弾が出なかったので只の鈍器でしたからね……しかも意外にすぐ壊れるし」
凛はしみじみと言う。
「低レベルの時は良いスキルでも厳しいよねえ。これ見せてもらってもいい?」
「いいですよ」
英斗は許可を取り、ガトリング銃を確認する。
「ありがとう、初めて見たから興味湧いちゃって」
「良い子だから、安心するといい」
と結花が笑顔で言う。
「分かりました。このままだと会合1人で行くことになっちゃうところだったので、是非来ていただけると助かります」
とりあえずは信用することにした。なによりダンジョンで戦い抜いた自分を信じていたからである。
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
「あって間もないのに、色々頼んで済まないな」
と結花も結花も頭を下げる。
「いえいえ、ではまた会合ではよろしくお願いいたします」
こうして会合に行くメンバーが一人増えたのであった。
英斗はマンションに帰り、色々あった今日について考えていた。
「悪い子じゃなさそうなんだけど、中野区抗争前から俺を探していたのに、今回聞いた理由は、抗争に関係していたな。何か他に目的があるのか……まあ現時点じゃ分からんな」
英斗は何か引っかかりを感じつつも、ベッドで寝転がる。
『えいと、おさになった?』
「なっちゃったよナナ」
『おめでとう!』
「ありがとうナナ~!可愛いねえ」
英斗はナナに癒され考えることを止めた。流石に情報量が多すぎたのである。
そして英斗が杉並ギルド内で会合を行った2日後、花田から中野ギルドとの会合が1週間後に開かれることが伝えられた。