荒れゆく世界
「事の発端は1か月前、中野ギルドが杉並の駅前広場を襲って農業系スキルを持つ人達を攫っていったんだよ……。杉並ギルドへの宣戦布告さ。奴らの要求は農業スキルを持つ者の引き渡しと、定期的な食料の献上さ。こっちも舐められたものさ……。夜にいきなり消えた人もいるんだ」
畑山が深刻そうに言う。
「畑山さんも引き渡しの対象なんですよ」
我羅照羅のメンバーが小さく英斗に伝える。畑山も要求の対象らしい。要求の酷さに英斗は言葉を失った。確かに日本は文明崩壊後、法治国家として機能していない。だが、そんな人身売買みたいなことまで行われているとは。
「それは……うーん」
そう言いつつも英斗は既にできるだけ動こうと決めていた。英斗は何もしていない人のために何かする気などさらさらない。だが、連れ去られた彼等は精一杯この世界を生きていた。戦闘向きではないスキルでは現代を生きていくのは生易しいものではない。そんな彼等を英斗は尊敬していた。
「分かりました。できる限りですが力を貸しましょう」
英斗は覚悟を決める。
「月城さん、ありがとうね。この礼は必ずするから」
畑山は怖かったのだろう、安心して泣きそうになっていた。
「お礼はおばさんの野菜で頂きますね」
「いっぱい作らなきゃねえ」
畑山はそう言いながら笑った。何度もお礼を言った後そのまま去っていった。
「既に他の2つのクランには、俺は月城さんをギルドマスターに推していることは伝えてあります。他のクランのトップも、月城さんと実際に会って判断したいと言ってくれました」
弦一は英斗に言う。
「分かった。流石にギルド間の戦いを1人でするのは厳しいからな。他の2つのクランにも動いてほしいし、認めてもらわないとな」
すると、思い出したかのようにアツシが弦一に声をかける。
「総長、そういえばあの女のことも言っておいたほうがいいんじゃ」
「ああ、あいつか」
「誰だ?」
英斗が尋ねる。
「なんか月城さんを探してる変な女が居たんですよ。月城さんが杉並区を去ってすぐくらいですかね? うちの者にマンション守らせてたんですけど、月城さんを探してるってマンションに訪ねてきました」
弦一の言葉を聞いても全く想像がつかない。正直、文明崩壊後殆ど女性と関わっていなかったからだ。
「うーん、心当たりないな」
「多分今日の会合のことどこかから聞いて、会合後現れると思いますがどうしますか?」
弦一は暗に、会いたくないなら止めますよ?と聞いてくる。
「いや、まあ俺に用あるなら会うよ」
「では、会合になったら呼びますんで。今日は来てくださってありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
弦一が頭を下げると他のメンバーも皆、頭を下げる。どうやらすっかり皆に認められているようであった。英斗はマンションへ一旦戻ることにした。
『えいとのおんな?』
帰り道、ナナが念話で尋ねてくる。
「どこでそんな言葉覚えたんだ、ナナ!」
英斗は驚きつつ、ナナの顔を伸ばす。
マンションは特に荒らされている様子もなく、前と何も変わっていなかった。
「いやー疲れたなあ。いきなり情報が多すぎるよ。別に人付き合いが嫌いなわけじゃないんだけど、すごいそういう風に思われてたなあ。ただ警戒心が高いだけなんだけど」
スキルは何も持たずに人を殺すこともできるので、どうしても自分に強さが無い時は小心者の英斗からすると警戒してしまうのである。
『えいと、むれのおさになる?』
「なるのかなあ、守る者が多くなるとどうしてもリスクが上がっちゃうんだよなあ」
『えいとつよいからおさとうぜん』
「ありがとな、ナナ。けどあくまで大事なのはナナと自分だから。そこだけは伝えておかないとな」
英斗は押し付けられた役職で命を懸ける気はなかった。
『わたしもえいとがいちばんだいじだよ』
「なんて可愛いことを言うんだ! 俺が命をかけて守るからな!」
結局英斗は弦一が来るまでずっとナナを愛でていた。