マスターになっちゃいなよ、YOU
ビルの一階に我羅照羅のメンバーが左右に整列している。
「月城英斗さん、来られました!」
坊主の男、アツシが叫ぶと皆一様に深々と頭を下げる。
「「月城さん、お疲れ様です!」」
左右の整列の最奥に弦一も居て、同様に深々と頭を下げる。相変わらず綺麗な金髪を左右に分けている美少年であったが、前回と違うのは邪悪な笑みが鳴りを潜め、年齢相応の顔をしていることだろう。
「月城さん、お久しぶりです」
礼儀正しく弦一は切り出す。
「久しぶりだな。皆ずいぶん礼儀正しくなった」
「それは俺が負けたからですね……。前から俺に勝った奴に俺は従う、と部下に言ってましたから。やはりトップは最も強い男が相応しい。強いものに敬意を払うのは男として当然です」
皆頷いている。どうやらここは強き者は敬われるようだ。
「なるほど、まあ無礼よりいいから助かるよ。相変わらず気持ちのいい男だなあ。恨まれてるかと思ったよ」
「いえいえ、こっちがタイマン張ってくれ! って頼んだんですから全然恨んでないですよ。あの試合は楽しかったです。俺初めて負けましたよ」
と負けたのに無邪気に笑う。
「世の中には俺達より強い奴等なんて山ほどいるからなあ。俺もまだまだだ」
と、英斗はダンジョン内での敗北を思い出しながら言う。
「俺が前、最も強い男こそトップに相応しい、って言ってたの覚えてますか?」
「ああ、そう言えば言ってたな」
「俺より強い人である月城さんに、トップになってほしいんです。そう、杉並区のギルドマスターに」
「はい?」
弦一の唐突な頼みに、英斗は呆れた返事しかできなかった。
「いきなり言われても困りますよね。まず杉並ギルドにはマスターが居ないのはご存じですよね?」
「それは知ってるよ。確かトップクランが居ないからなんだろう?」
「はい。今までは別に不在でもよかったんですよ。ですが今はトップが必要です。最も強い人である月城さんこそ、ギルドマスターになるべきだと俺は、思っています」
「気持ちは嬉しいが、遠慮しとくよ。ナナとのんびりしたいだけで、別に権力が欲しいわけじゃないしな」
勿論邪魔があるなら取り除くが、というのは言葉にはしなかった。
「やっぱり月城さんは元々ソロでしたし、そう言うかな、とは思ってました」
と弦一は悲しい顔をする。
「だが、それと駅前に人が居ないこととなんの関係があるんだ?」
「それは――」
弦一が答えようとすると、ビルの扉を開ける者の姿があった。
「月城さん、帰ってきたんだね!」
そこにはいつも駅前で野菜を売るおばさん、畑山の姿があった。
「あ、お久しぶりです」
英斗は頭を下げる。なんでここに、という疑問が生まれる。
「今杉並区は大変なことになってるんだよ! 月城さんにとってマスターなんて迷惑なだけなんだろうことは知ってる。けど今杉並区をまとめられるのはあんたしかいないんだ。もう少しだけ考えてくれないかい?」
おばさんの真剣な表情に、これはただ事ではない雰囲気を感じた。
「分かりました、もう少し話を聞かせてください」