王者の風格
その空間は今までと違い荘厳な雰囲気が漂っていた。洞窟の中であるものの天井は30mを超える高さにあり、今までのボス戦よりはるかに広い空間がそこにはあった。
そしてその空間の主は威風堂々と中心に鎮座している。
ドラゴンである。全長10m以上はあろう巨体は赤く強堅な鱗に包まれている。その尾は全てを破壊できそうなほど強靭で、その爪は全てを切り裂けそうなほど研ぎ澄まされていた。禍々しくも美しい瞳は英斗を静かに見つめている。
英斗はその強さ、名前を今更聞くのも野暮だなと思いつつ鑑定する。
『ドラゴン S級
あらゆる魔物達の中でも頂点に君臨する龍族の魔物。そのブレスはあらゆるものを消し去る。非常に高い知能を持ちS級でも上位の強さを誇る』
『よく来たな……小さな者達よ』
英斗の脳内にドラゴンの言葉が流れ始める。
「喋れるのか!?」
英斗は驚きつつ返事をする。
『言葉を話せるのが人族の専売特許とは思わないことだ……まあ念話だがな』
ドラゴンは微動だにせず答える。
「確かに……傲慢だったな、すまない」
『別に構わぬよ。高位の魔物以外は会話をすることはできぬ。人族で魔物が話せることを知っている者は少なかろう』
ドラゴンは穏やかに答える。
「ワイバーンも話せたりするのか?」
『あれは龍族ではない。所詮まがい物よ』
静かに、だがわずかに怒気をこめた返事が返ってきた。ワイバーンと一緒にされるのは心外のようだ。
会話できる魔物を一方的に攻撃するのも気が引けたので一応聞いてみる。
「もしかして21階への扉、譲ってくれたりしない?」
『愚かな問いだ。我を殺さずしてあの扉は開かぬ。そして――』
ドラゴンはその翼を広げ立ち上がる。
『我は戦いこそが生きがいよ。楽しませてくれ、ここまで来た小さき者よ。我が名はリヴィス。誇り高き龍族の末席だ』
リヴィスの咆哮は空間中に響き渡る。
「俺の名は月城英斗。さあ、やろうか」
英斗とナナは身構える。英斗初のS級魔物との戦闘である。
英斗は鉄球を生み出し、鉄の棘を生み出し、枝分かれした棘がリヴィスに襲い掛かる。鉄の棘は全てリヴィスに命中した。だが、その棘は何一つリヴィスの鱗を貫くことができなかった。
『その程度の牙で我が龍鱗に傷つけられると思われているとは心外よ』
ドラゴンの鱗はどれも硬く防具に重宝する、というのが定番ではあるがその硬度を目の当たりにして英斗は背筋に冷たい汗をかく。
自分が戦っている生き物はあの伝説の存在、ドラゴンなのだと。
「今のは小手調べだよ!」
英斗は先ほどより遥かに硬度を上げた魔鉄で棘を生み出す。だがそれも傷一つ付けること叶わずリヴィスは飛びながら英斗にその爪を向ける。
「ガウウウーー!」
ナナが英斗の背中の鎧をひっぱりながら高速で跳びリヴィスの一撃を躱す。
「危ねえ……」
リヴィスの爪が通った跡は全てが消し飛んでいた。おそらくそのまま居たら英斗も鎧ごと消し飛んでいただろう。
『まだ子供のようだが、やるではないか』
リヴィスは地面のみを抉った爪を見た後、ナナに視線を移した。
「ワォォオオオオオオオン!」
ナナは舐めるなと言わんばかりに咆哮を上げる。
英斗はナナに騎乗しながらの戦闘を決めた。リヴィスの速度についていけないのだ。
「炎槍」
英斗は炎槍をリヴィスに放つもその鱗には焦げ跡すらつかない。リヴィスは回避にすら値しないと意にも介さない。
これがS級……まるで歯が立たない状況に笑みがこぼれる。
「最初のオーク討伐だって……ハイオーク討伐だって、簡単な戦いなどなかった。俺は所詮ただの人間なんだからな! 今回も挑戦者なだけだ!」
英斗は顔を両手で叩き自らに活を入れる。より魔力を、より熱く全てを溶かすような、全てを貫くようイメージし、英斗は炎槍を生み出す。
リヴィスはその炎槍を爪で弾き飛ばす。その後英斗達を狙い尻尾を振り回す。一振り一振りが英斗達を仕留める程の威力があり、古代では天災と言われる龍の凄まじさを垣間見る。ナナはその俊敏な動きで躱すが、さながら命がけの縄跳びである。
リヴィスの爪での一撃を鉄壁で受け止めようとするも粉砕されてしまう。
だめだ、もろにリヴィスの一撃を止めるのはまだ厳しい……流すんだ……。
英斗はリヴィスの一撃を流すため攻撃が当たる直前に斜めに鉄壁を生み出し力をいなすことに力を尽くす。
失敗しつつも少しずつ爪の方向を変えることに成功していった。
ナナも氷の槍を放つもリヴィスを傷つけることは叶わない。
『弱いが……その工夫こそが人族の戦い方よな』
段々流される攻撃にリヴィスが呟く。
一方英斗は今リヴィスを倒す可能性があるのは『巨大人型兵器』しか無いと考える。
英斗は通常の炎槍を飛ばしつつ、リヴィスの隙を窺う。
『こんなおもちゃじゃ動きすら止められんぞ』
リヴィスは笑いながら、炎槍を気にせずその剛腕を振るう。ナナは必死で躱すが、中々反撃の隙は見つからない。
「無理やり作るか……」
英斗は魔力を込め地面から木の根をリヴィスの足元に無数に産み出す。木は瞬く間に成長しリヴィスに絡みつき始める。
『邪魔な技を』
リヴィスはその爪を使い成長する木々を即座に粉砕する。
「ワオーン!」
ナナは特大の冷気をリヴィスの手に当て凍らせる。ダメージが与えられなくとも少しでも時間を稼ぐためである。
リヴィスは凍った手で木々を殴りつけるが、鋭さが失われているため先ほどより時間がかかっていた。
今しかない、と英斗は魔力を込める。
「巨大人型兵器」
今回のイグニールは弦一戦と違い、全身が鉄でできている。より魔力を使ったが中身が木ではリヴィスに通じると思えなかったからである。
『ほう……お主の奥の手か』
リヴィスは自分の両手を思い切り打ちつけ氷を砕き木々を薙ぎ払いイグニールに集中する。 リヴィスとイグニールと激しい攻防が始まる。その攻防は凄まじくまるで怪獣大戦争とも言える光景である。だが、やはりリヴィスの方が強く、イグニールは徐々に押されていく。
このままじゃ、只イグニールが破壊されるだけだ、と思った英斗は勝負に出る。
英斗はより魔力を、熱さを、そして回転を更に加えた炎槍を生み出し、リヴィスの首元に向けて放つ。リヴィスはイグニールに集中しており、炎槍など全く気にしていなかった。だが、研ぎ澄まされた炎槍はイグニールの鱗を傷つけ、一瞬動きを止めることに成功した。
「炎槍・改といったところか。おもちゃも中々に効くだろう?」
英斗はにやりと笑う。次の瞬間、イグニールの渾身の右ストレートがリヴィスの頬に突き刺さった。
その一撃は初めてリヴィスの鱗を砕き、リヴィスを体ごと大きく後退させた。リヴィスは血を吐きながらもにやりと笑う。
『やるではないか……月城よ。お礼に見せてやろう、本物の龍の息吹を』
リヴィスの口元に絶大な魔力が集まる。イグニールは即座に防御態勢を取る。
『龍の息吹』
閃光のような眩い光とともに光線が放たれる。その一撃は凄まじくイグニールを消し飛ばし背後にいる英斗達にまで迫る。
ナナは光が放たれる瞬間には回避行動に移っており、なんとか龍の息吹を回避することに成功した。
「凄いな、これがドラゴンか……。こんなに負けてばかりなのは、何もできなかった最初の頃以来だな……最近は少し天狗になっていたのかもな」
英斗はドラゴンの凄さに只、感嘆する。
最初はオークも倒せず四苦八苦していた。オークに見つかっては逃げて、ゴブリンを倒してレベルを上げていた。ある程度強くなり少し調子に乗っていたと、自戒する。
本来の英斗であればもっとレベルを上げて挑んだであろう。だが、米谷に勝とうという気持ちが逸り、無謀な挑戦をしてしまったと言えるだろう。
「だが、死ななければまた戦える」
英斗は遮光ゴーグルを2つ生み出し装着した後、フラッシュバンを生み出しリヴィスの前方に投げる。
閃光が空間を覆い尽くす。
『グッ……小癪な……』
リヴィスの目が押さえる。英斗は煙を生み出し部屋中に充満させる。残りの魔力を全て使い、英斗とナナそっくりの精巧な人形を生み出す。
「ナナ、今だ! リヴィスに一撃入れるぞ!」
英斗は声を上げた後、人形達をリヴィスに向かわせる。リヴィスは何かがこちらに向かっているのを音で感じ、その爪で切り裂いた。
『下らん煙幕と閃光如きで我を止められるとでも……』
リヴィスは切り裂いた者に微かに違和感を覚えた。だが、煙が晴れる頃には英斗達は入ってきた扉の前に戻っていた。
「出直してくるよ、リヴィス」
リヴィスは自分が切り裂いたのは紛い物で、一杯食わされたことに気付く。
『小僧……!』
リヴィスは龍の息吹を放つも、それが英斗に届くことはなかった。
英斗は扉から出た後、すぐにその場を離れる。
「追ってこれないはずだけど、一応距離を置きたい」
リヴィスが後のボス部屋から出ることができるなら、既に20階の魔物は全滅しているだろうと思うが、気持ちの問題である。
英斗は扉から距離を置いた後、地面に倒れ込んだ。命がけの戦闘はやはり神経を尖らせるためか非常に体力を使う。ナナも常にリヴィスの攻撃を躱していたためかフラフラであった。
「はあー疲れた。俺は常に挑戦者だったはずなんだよな」
英斗は空を見上げて呟く。
「死ななかっただけでラッキーか。戦い方も強さもある程度分かった。実力不足ならつければいい。初心に戻って1から出直しだ!」
「ワウ!」
ナナもまだ戦ってくれるらしい。
「ありがとな。まずは御飯からだ」
「ワウウ!」
英斗は沢山御飯を食べた後、再び自らを鍛え直すことにした。幸いここは20階。自分を鍛え直すには絶好の場所だった。
英斗はこれからひたすら20階の魔物と戦い、腕を磨くことに専念していった。