終の住処
「その方は大丈夫ですか?」
英斗は倒れている女性の元に駆け寄ると、傷口に上級ポーションをかける。瞬く間に怪我が塞がり、か細い息が規則正しい息遣いに変わる。
「本当に助かった……ありがとう。ありがとう」
「いえいえ。そこのおばあ様も怪我を負っているでしょう? 使ってください」
シゲは、女性が助かったことに心底安堵すると、英斗の手を握り何度も礼を言った。
「この程度、かすり傷じゃ。そりゃあ良いポーションじゃろう。代わりに渡せるものなんてこの村にありはせん」
「別に対価など要求しませんから。思いっきり斬られていたじゃないですか。そのまま放置するわけにはいきませんよ」
ヤスは疑わしい目で英斗を見るも、最終的には折れ、頭を下げながらポーションを受け取った。
「すまんなあ……。それにしてもお前さん達本当に強いのう。あれほど強い者には会ったことがないわい」
「鍛錬してますから。ですが、皆様も中々強いのでは。レベル三十を超える人もいたように感じましたが」
「ああ。シゲは三十五くらいばい。シゲっちゅうのは猟銃を持ってた爺じゃ。この集落は人も十人程度しかおらんけん、どんなすきるでも戦っとるんじゃ。お礼に飯くらい食っていけ。ここは米がうまいけん」
ヤスはにっこりと笑うと、英斗達を半ば無理やり家に連れていった。
案内された部屋は十畳以上ある大きめの畳の部屋だ。どこか懐かしい実家のような畳の匂いが仄かに香る。障子の破れを薄ピンク色の桜の形のした和紙で修復した後があった。
ヤスが言ったことは本当のようで飯ごうで炊かれた米は、ほどよいもっちり感に豊かな甘みを感じる素晴らしきできであった。炊き立てで湯気のでている米は艶やかで、この村の人達が大切に育てていたことが感じられる。
「本当に美味しいわ」
有希は手を頬にあて、幸せそうに笑う。それをみて村の少年たちは頬を赤らめている。今はヤスの家に村人全員が集合して、英斗達が食べるのを見守っていた。
「お前さん達、その方言、こちらのもんじゃねえな?」
「はい。俺達は東京から来ました」
英斗も米を味わいながらシゲの問いに答える。その後にお互いの自己紹介を行う。
「ずいぶん遠くから来たんやねえ、英斗君に有希ちゃんは」
「はい。皆さんずっとここに住んでるんですか?」
「そうじゃ。わしはもう七十年以上になる。他の者も、生まれてからずっとこの村におる。こんな世界になる前は五十人くらいはおったんじゃが……」
シゲは昔を懐かしむような顔をする。残った人達は皆過酷な環境でも笑顔を失わず、幸せそうな顔をしていた。家族以上の強い絆が感じられた。
「いつもアンデッドの群れがここまで来るんですか?」
「いや、あそこまでの規模は初めてじゃ。じょじょにひどくなっちょるばい。あんたらが来んかったら、きっと半分以上やられとった」
おそらく死王が長崎から佐賀に移動したことによって、アンデッドの数がふえているせいだろう。
「ここは危険です。佐賀には大きな集落があります。そこに移動した方がよろしいのでは?」
英斗は言い辛そうにそう切り出した。彼等はきっとこの村を愛しているのだ。ここが危険なことは誰よりも彼等が知っているだろう。
それを聞いたシゲは別に怒るでもなく、冷静に口を開く。
「わしは生まれてからずっとずっとこの集落にいる。お前さんは都会生まれか? ここは何もない場所かも知れねえが、わしらにとっては思い出も人生も全て詰まったところなんだ。ここを捨てられねえ」
「ですが、ここに居たら、長くは……! ここは皆様にとってとても大切かもしれません! でも命にはかえられないでしょう! 命さえあれば、ここもいつか必ず復興できるはずです。村とは土地で無く、人じゃないんですか!?」
英斗は余計な世話を焼いている自覚があった。だが、言わずにはいられなかった。
「ああ。分かっとる。助けてくれたのは感謝しとる。だが、わしらはここと心中するつもりだ。悪いが、終の住処はじぶんで決めさせてくれ」
こういわれてはもう何も言えなかった。佐賀も絶対に安全とは言えないのだ。彼等の最後の願いを無為にしてまで誰が連れていくことができようか。
「私もここに居たい。どこも安全とは言えないしね。それならこの地と、ともに生きたいのよ。子供達だけでも安全な場所にはいかせてあげたいけど……」
三十代くらいの女性が子供を見て言う。
「僕は皆と居たい。僕は別に町でも、村でもどちらでも皆が居ればいいかな」
シゲの後ろから声を上げたのは中学生くらいの少年である。
「余計なことを言いました。どうかご無事で」
英斗は頭を下げる。
「わしらのために言うてくれとるんじゃ。気持ちはありがたく受け取っておくわい」
とヤスはコロコロを笑う。少女のような可愛らしい笑みだった。
「わしが何十年生きてると思うとる! そんな簡単にやられんばい! おぬし、佐賀に向かうんじゃろう? そうじゃなきゃこんなところにこんけんね。数か月前、佐賀の者達が化物に、町を乗っ取られたと言うとった。あそこはもう人の住処ではないけん。気いつけえ」
最後は優しくシゲが言う。
「ありがとうございます。その化物を倒しに行くので、すぐここも平和になります。きっと」
「当り前じゃ! 次に会った時は儂の華麗な連射をみせちゃるばい! どんなアンデッドも粉々じゃ!」
「楽しみにしてます」
やがて皆口々に英斗に止めるよう引き留めるが、英斗は折れることもなく村を出た。
「わしらの心配をしつつも、自分の方がよっぽど危険なことしとーばい」
ヤスは英斗達を見送りながら、溜息を吐く。
「ほんとじゃ。無理にでも止めるべきだったかのう。じゃが……あいつならなんとかしてくれそうな、そんな気がしたんじゃ」
「シゲも、そう思うんか? わしも、信じたくなったばい……彼らなら……とな」
二人は話しながら、家に帰った。





