いざ、九州へ
名古屋を出発して早一か月。修行を兼ねて各地のダンジョンに潜りながらも少しずつ歩を進めてきた。
英斗のレベルは八十六。有希のレベルは八十三にまで到達した。
季節はいまだ冬真っ盛りといえ、雪がこんこんと降り積もる中、中国地方の真西である山口県に辿り着いた。
本州と九州を結ぶ関門橋を通り九州へ行く予定であった。
「魔法具のことを、セレナーデさんや、弦一にも伝えておくか」
英斗は鳥型自動人形に手紙を持たせ、関東へ飛ばす。自動人形が彼等にこの情報を伝えてくれるだろう。
「そういえば、有希のお母さんって、どんな人なの?」
「そうねー……。優しくて、強い人よ。いつも堂々としてて、困った人を放っておけないの。けど、忘れっぽくて、どこか抜けてたり」
と英斗の何気ない質問に、優しい声色で応える。その表情だけで有希の母への愛情が感じられた。
「着いたわよ、英斗」
話しているうちに、どうやら関門橋までたどり着く。
「これが関門橋かー……こんなもんを作ったなんて本当に日本の技術力は偉大だよ」
と崩落した関門橋を見て感心している。
関門橋は橋長さ一キロメートルを超える長大橋である。路面幅は二十六メートルであり、崩壊前は本州と九州を繋ぐ架け橋であった。
「感心している場合じゃないでしょ。他の橋も全て崩落しているし……どうやって行くつもり? 橋生み出せる?」
「それは……流石に無理だ。一部が崩落しただけならなんとかなったけど、殆ど残ってないからな。多分伸ばしても途中で崩れちまう」
「泳いで渡るしかないかしら」
「関門トンネルもあると聞いていたが、使えそうになかったな」
九州と本州を結ぶ海底トンネルもあったのだが、同様に破壊されていたのだ。
「今の俺なら小型船なら生み出せる。それで行こう! 一度運転してみたかったんだよ!」
「別にいいけど……貴方運転なんてしたことあるの?」
うきうきで話す英斗に、怪訝な目線を向ける。
「あると思う?」
「ううん、思わない」
「正解!」
「呆れた……」
『船ってなーに?』
頭を抑える有希に、ナナが尋ねる。
「船って言うのはね、海を渡るために作られた乗り物よ。今回はそれであちら側に行こうと思うの」
『へー、楽しみ!』
ナナはよく分からない未知の乗物に心を弾ませていた。最悪飛んでいくしかないと、有希も覚悟を決める。
「よし、じゃあ早速生み出すか!」
近くの船着き場に着くと、英斗は小型船を生み出す。小型と言えど、船なので魔力を中々消費する。英斗は汗だくになりながら、小型船を生み出した。
六人乗りの小型外洋艇、いわゆるクルーザーである。
『英斗、すごーーーい!』
ナナは出来上がった船を見て、跳びはねている。
「これちゃんと動くんでしょうね……」
その一方で有希は不安そうな顔を船に向けていた。
「有希、渦潮丸を信じろ! 俺の最高傑作だ!」
英斗はきらきらした目を渦潮丸に向ける。昔からクルーザーが欲しかったのだ。とても安月給では買えないのだが。
「なんでクルーザーなのに、漁船みたいな名前なのよ……」
有希は呆れて頭を抱える。
「とりあえず、乗ってみようぜ」
中を確認すると、しっかりとしたクルーザーのようであった。英斗は自分で生み出した物ながら内心不安だったので、胸を撫で下ろす。
中にはトイレや、ソファまで備わっており、英斗のイメージする船は金持ちの乗るクルーザーである事がよくわかる。
しっかりと電気も通っており、動きそうなことが分かる。だが、問題は操作方法である。中々難しく、さっぱり動かし方が分からない。
「有希、分かる?」
「分かる訳ないじゃない……」
結局二人は何時間も、あらゆる操作を試し、何度も座礁しながらなんとか渦潮丸を出港させることに成功した。
「うおおおおおおおおおおお! 海だ! 大自然!」
英斗はクルーザーの先端で大きく両手を広げ風を受けて笑っていた。寒いのだが、なにか楽しかった。
英斗が喜んでいると、突然クルーザーの動きが止まる。その揺れで落ちそうになるも、体勢を立て直す。
「有希、何かあったのか?」
「分からないわ、何かに押さえつけられてるのかも……」
嫌な予感はすぐに的中した。海中から、巨大なタコが現れたのだ。
「クラーケンだあああ!」
英斗は子供のようなはしゃいだ声を上げる。船に乗り、クラーケンと戦う。こんな冒険に心躍らない男がいるだろうか。
「今日はタコ焼きだな。それも幻の生物のな!」
英斗はクラーケンに巨大な銛を投げる。狩りが始まった。





