板挟みの少女
その後玉閃は、華頂が隠れているアジトに顔を出していた。ここは幹部達しかしらないほおずき会の隠れ家である。
「首尾はどうでしたか?」
「申し訳ありません。幹部の鈴木は捕らえることができたのですが、残念ながら恭一郎の姿は無く……」
華頂の問いに、玉閃が答える。
「そうですか。ですが、幹部を捕まえたのはおおきいですね。こんな不毛な争いを続けたくはないので、早く彼と対話したいものです」
そう穏やかに言う。
「下の者は、相当荒れております」
「子供達を狙われれば、仕方ないことでしょう。せめて子供達はちゃんと弔いましょう」
「流石華頂様、お優しい!」
ほむらが声をあげる。
「無理にでも吐かせますか?」
「玉閃、貴方に任せます」
「分かりました。では失礼します」
玉閃は、そのままアジトを立ち去った。
幹部を捕らえたものの、この抗争は止む気配も無く、犠牲者が日に日に増えていった。ほおずき会側では玉閃とほむらが、商会側ではアリスが猛威を振るっていた。
ほおずき会側も、子供であるアリス相手は戦い辛い上に、アリス自体が玉閃とほむら以外では太刀打ちできないほど強いのが大きかった。
「また、あのガキが出たぞー!」
ほおずき会の男の叫び声が聞こえる。
英斗は溜息を吐きつつも、声の元へ向かう。
「アリス……」
英斗は、その手で男達を倒しているアリスを見つめる。
「お兄さん……」
アリスも英斗に気付いて、その手を止める。悲しそうな顔をして、両手を血で染めながら立っていた。
「無理するなよ、アリス」
「別に無理なんてしておらぬ……。これが抗争? ってやつなんじゃろ? わしが戦わないと、仲間が酷い目にあうんじゃ……」
そんなことを十歳程度の子供に背負わせたくなかった。
「もうやめよう。アリスだって—―」
「お前が、アリスか! よくも児童園の子供を殺したな! 同じ子供なのに!」
仲間を、子供を殺され、怒りを溢れさせた男が剣を持ちアリスに襲い掛かる。
その言葉に、アリスはびくりと肩を震わせる。
「ち、違うのじゃ! わしは、高峰商会は皆を殺したりしてないのじゃ……!」
アリスは目に涙を溜めつつも、凄まじい跳躍でこの場から去っていった。
「アリス……」
英斗は、アリスの悲痛な様子を見て不安で仕方がなかった。彼女も友を失った被害者であるのに、加害者として襲われる。その境遇に胸が痛んだ。
アリスは、その素早さで完全に敵を撒くと、恭一郎の隠れているアジトに戻る。
用心深い恭一郎が大昔に用意した隠れ家の一つである。
「遅かったな、アリス。お前には、苦労をかける。まだ子供のお前にはあまりこんなことはさせたくなかったんだが……」
恭一郎は、優しくアリスに声をかける。有希や英斗とは正反対の態度である。
「別にいいのじゃ。高峰商会の人が良い人なのは知っておるのじゃ。そんな皆を守るためなら、わしはいくらでも戦うぞ!」
アリスは崩壊後、親を亡くし一人で生きているところを恭一郎に拾われた過去があった。拾われた頃から、アリスはその異常な身体能力で一人でたくましく生き抜いてきたが、いかんせん若すぎた。色々な者に騙されて使われていたのだ。
そんなアリスを助け、十分な食事や対価を与え、少しずつ信頼関係を築いていった。常識を教えたのも、高峰商会の者達であった。恭一郎の右腕としての圧倒的武力を持つアリスを、商会の者達も敬意を払い、アリスもそんな商会の人達が好きだった。
スキル『拳聖』を持つ接近戦超特化スキルを持つアリスの身体能力は凄まじい。レベルは七十五であるが、身体能力は名古屋一、日本でも有数の体を持っていた。
その純粋な拳は金でできたゴーレムをも一撃で粉々に粉砕する。正真正銘高峰商会のエースである。
「ありがとう、アリス。きっと高峰商会の今の一番の心の支えはお前だよ」
そう言って、アリスの頭を撫でる。
「うむ! 一つ聞きたいんじゃが……」
申し訳なさそうにアリスが言う。
「なんだ?」
「児童園の子供を殺したり、しておらぬよな?」
「……当たり前だ。あんな非道なこと、流石にしない。俺にしては珍しく嵌められたらしい。おそらくここまで憎しみの連鎖が大きくなると、ある程度死なないともう止まらないだろうな」
鉄仮面のような恭一郎の顔にも少しだけ疲れが見えた。
「そうじゃな! そうに決まっておる! そんなことうちがする訳ないのじゃ! 変な事聞いて済まぬ」
「別にいいさ。アリスも、友達が襲われて辛かっただろう」
「皆のためにも、もっと戦わないとな! わしはエースじゃから!」
アリスは張り切って、部屋から出ていった。その様子を、ただ恭一郎は黙って見つめていた。





