けじめ
有希達が児童園から三十分程歩いたところ、巨大樹が群生している森に辿り着いた。明らかに成長が日本原産の木とは思えない直径十メートルを超える巨大樹で周囲が覆われている。元々は住宅街だったであろうそこは今は全て巨大樹に貫かれ、建物の後は苔だらけとなっていた。
「中々、神聖さを感じさせる場所ね」
「凄いよね。けど、気持ちいいんだよ。普段は危なくて来れないんだけど」
「大丈夫よ。私は強いから。どんな奴が来ても私が守ってあげる」
有希はそう言って、自らの胸を叩く。
「じゃあ安心だねえ」
二人はのんびりと森を散策する。
「みて、これ! 凄く大きいキノコ!」
人が乗れそうなほど巨大なキノコが生えている。傘の直径が一メートルほどある赤いまだら模様の巨大キノコである。
「大きいけど、見た目的に食べれなさそうね」
「こんなの食べないよー」
ミカはそう言って笑う。ころころと笑うミカを見て、有希は連れて来てよかったと思っていた。
その巨大キノコの影から、手足の生えたキノコの魔物が現れる。柄の部分に顔もついており不気味極まりない。
「ま、魔物だ!」
「下がってなさい!」
有希は槍を空中に生み出すと、そのままキノコの顔に投擲する。
「ギイ!」
小さな悲鳴とともに、キノコの魔物は倒れ込む。仕留めたようだ。
「お姉ちゃん、強ーい!」
「ふふ、そうでしょ?」
有希はやはりここは魔物も多いと感じた。危険に晒す前に帰ろうかと考える。
「もうそろそろ、帰ろっか?」
「あと少しだけ! お願い!」
有希の提案に、ミカは難色を示す。
「あと少しだけよ……」
ここの魔物にそこまで危険性を感じなかったのも大きい。
ミカはそれからも森をどんどん進んでいく。まるで何かを探しているかのように。すると、再び草木が動くのを感じる。
「また魔物……ね!?」
草木をかき分けて現れた魔物はリザードマンであった。よりによって、と有希は頭を抱えるも、ミカの様子を伺う。
だが、ミカの反応は有希の想像していたものではなかった。
ミカは怯えや恐怖よりも、闘志や憎しみを感じる目で、リザードマンをはっきりと見据えていた。
「私が居るから大丈夫よ。逃げるわよ!」
「う、うん……」
有希はミカの手を掴み、逃げだす。リザードマンも有希の実力を感じ取っていたのか、追うこともなくただ有希達を見送った。
十分に距離をとった後、有希達は立ち止まる。
「もう大丈夫よ」
「うん。ありがと……」
ミカの反応は、仇に会った怯えは感じられない。
「もしかして、あなた……リザードマンを探しにここまで来ていた?」
有希の問いに、ミカはしばらく黙ったままであったが、ようやく口を開く。
「うん」
「でしょうね。中々帰りたがらなったのも、あいつを探してたからね」
「うん。普段黒崎さんに言っても、危ないからって言われて……」
有希が黒崎の立場でもそう言っただろう。大人はやはり子供を戦わせたくはないのだ。それが本当に子供のためになるかは難しいところではあるが。
「復讐したい気持ちは分かるけど……」
有希は正直なところ悩んでいた。あのリザードマンがミカの母を殺したとも限らないうえに、やはり危険性は高い。
「帰ろっか、お姉ちゃん。やっぱり怖いし……まだ私には早かったよ」
と子供らしからぬ苦笑いをするミカ。
「そうね。もっと大きくなったらきっと倒せるわ」
有希はどこかほっとしていた。やはりミカに戦わせるのは怖い。自分が戦う方がずっと楽である。
有希はミカの手を握り、元来た道を戻る。ミカは後ろ髪を引かれるような顔をしつつも、黙って従った。
有希はミカの反応を見て、再び自らの意志をはっきり言えない自分を重ね合わせる。
有希は足を止め、ミカと真正面に向き合う。
「ミカ、本当のことを言いなさい。このまま帰ってもいいの?」
「えっ、けど……やっぱり危ないし……お姉ちゃんも危険に晒しちゃうし」
「私のことなんてどうでもいい。貴方はどうしたいの? それが一番大事なの! 他の誰でもない、貴方が決めて。そしてそれをはっきりと伝えて」
有希はミカの目を見て、はっきりと伝える。有希のこの言葉は自らにも刺さっていた。自分も今まで父に何も自分の意志を伝えてなどこなかったのだ。
過去の自分のように、意志を伝えることができずに、後悔して欲しくなかった。
ミカは、悩んだ顔でしばらく黙っていたが、有希は結論が出るのをゆっくりと待っていた。
「私、あいつを倒したい。そうじゃないと前を向いて、進めない……」
絞り出すようにミカは言った。
「分かったわ。奴を倒しましょう。けど勝ち目のない戦いに送り込むわけにもいかない。勝つ方法を探りましょう!」
「うん!」
ミカが、ぱっと笑顔になる。子供の復讐なんて肯定してくれる者は少ない。
「貴方のスキルは?」
「えーっと、髪。髪の毛を操るスキルなの。普段は気持ち悪いって言われるから見せないんだけど」
ミカはそう言うと、黒髪を伸ばし、触手のように自由に伸ばし始める。
「中々良いスキルじゃない! レベルは?」
「えーっと、ここに来る前は少し戦っていたから十くらいはあると思う……」
「十か……。攻撃手段は髪を束ねて殴ったりするの?」
「それもできるけど、糸で切断する感じかな?」
「なるほどね。じゃあ少し作戦を立てましょう。私は後ろで見てるけど、何かあったらすぐ中止だから」
「はい!」
有希とミカは作戦を立て始める。決まった後は、二人は迅速に動き、リザードマンを探す。過去にけじめをつけるために。





