交渉
「取り付く島もなかったな……」
英斗は溜息を吐く。
「元からああいう人なの。話を聞く気も無いのよ……」
「だが、ああ言われると力尽くでは聞き出せない」
恭一郎は英斗の言葉尻を聞きすぐに釘を刺した。英斗は目標のためなら暴力もいとわないというタイプでは無い。恭一郎がこちらに害をなしているならまだしも現時点では何もしていない。そのような相手に無理やり聞くことはできなかった。
「きっとあの人は、英斗のそういうところを感じ取ってああ言ったのよ」
「とりあえず、辛抱強く頼んでみるしかないかね」
英斗は頭を掻きながら、児童園に戻った。
翌日、英斗は子供達も肩車しながら児童園を走り回っていた。
「速ーい!」
英斗の頭上で、女の子が喜んでいる。ナナも背中に子供を乗せ、軽く散歩をしている。
「こっちの方が速いしー!」
ナナの背中に乗っている男の子が女の子を挑発する。 それを聞いた女の子が、何か考えるような顔に変わる。
「……私もナナちゃんに乗りたい」
無情な言葉であった。英斗から降りた女の子もナナに乗り、はしゃいでいる。
「ナ、ナナに負けた……」
英斗は膝をつき悔しがっている。
「当たり前でしょ。何凹んでいるのよ」
飲み物を飲みながら、有希が呆れている。
「た、確かにナナは可愛いし、速いし……。負けても仕方ないか」
英斗は考え直す。敵が強大過ぎたのだ。ナナはここでも大人気で、他の追随を許さぬ人気を誇っていた。
英斗達はお礼に子供達と遊んでいたのだが、これが案外英斗の性にあった。
「ナナの順番待ちの間、英斗兄ちゃん野球しようぜ」
暇を持て余す少年たちがボールとバットを持って現れる。
「この俺を時間つぶしに使うとは……俺の球はプロ野球選手並みだぞ」
ノリノリである。うきうきでバットを握りポーズを取っている。
「のりのりじゃない……。けど、気晴らしになってるみたいで良かった」
有希は苦笑いをしつつも、胸を撫で下ろす。
「少し、散歩でもしてくるわ」
「了解ー」
英斗に声をかけ、そのままほおずき児童園を出る。
外を歩いていると、見覚えのある顔に会う。
「鈴木さん……」
「お久しぶりです、有希さん」
頭を下げたのは、鈴木尚文。こんな世界でもきっちりとしたスーツを着込む三十後半の男である。崩壊前は恭一郎を支える敏腕秘書であった。現在はバッグの代わりに刀を持っている。黒縁眼鏡に、恭一郎と同じ七三で固められた髪型である。
「どうしたのかしら?」
「恭一郎様がお呼びです」
少し、申し訳なさそうに言う。どうやら有希が恭一郎を苦手としていることを察しているらしい。
有希は少し考えこむものの、最後には頷いた。
「参りました」
有希は再び昨日と同じ部屋で恭一郎と相対していた。相変わらず、実の親子とは思えない張りつめた雰囲気が漂っている。
「本当の目的を言え。あんな下らないことが目的では無いだろう?」
恭一郎の言葉を聞き、有希はきょとんとした顔で恭一郎を眺める。
「……本当の目的とは何ですか? あれ以外に目的などありませんが」
「……魔法具を悪用して、何かしようとしている訳ではないのか?」
「あの人は本当に世界のために動いているわ」
その言葉を聞き、絶句する。
「一人で……正気とは思えんな……。なら教えてやってもいい」
「本当に!?」
高峰が弾みのついた声をあげる。
「だが、条件がある。――ほおずき会を潰せ」
冷たい言葉が室内に響いた。
「つ、潰せって……」
「分かりやすく言ってやろうか。トップと戦闘部門のトップの二人だけで良い。そうすれば、お前らの欲しい魔法具の在処を教えてやる」
「本気で言ってるの!? 彼等は別にお父さんの邪魔になる訳じゃないでしょう! ともに手を取り合って生きることはできないの?」
「無理だ。我が家訓を忘れたか?『必ず頂点を取れ。それ以外に価値はない』うちが頂点になるのに、やつらは邪魔だ」
「そんなこと……」
高峰は俯き、言葉を無くす。
「またできないか? おまえはそればかりだな。昔と何も変わっていない。自分の手を汚す覚悟も無い人間が、他人に何かを望むんじゃない。もういい……。とりあえず、ほおずき会の情報を流せ」
「……はい」
有希は圧に負け、聞こえないくらい小さく呟いた。





