親子の再会
「あの男……こんな世界になってでも高峰の名を使って動いているなんて……」
有希は父が生きていることが分かっても、全く喜ぶこと無く淡々と歩く。
駅を越え東側に入ったあたりで、女の子の甲高い声が響く。
「どうして買えないんじゃ!?」
ふと見ると、十歳くらいの小さな少女がお店の人に叫んでいた。
綺麗な赤い長髪を背中まで垂らしており、大きな瞳に、小さな鼻とお人形のような美少女である。
「嬢ちゃん、お金が無いと品は買えないんだよ」
食べ物を売っている男は困ったような顔をする。
「これじゃ駄目なのか?」
少女は大きな魔石を手に持っていた。
「物々交換はこちらはしてないんだ」
「むう~。困ったのじゃ」
少女はお腹を鳴らして、へたり込む。
「お腹すいてるのか?」
その様子を見かねた英斗が話しかける。
「そうなんじゃが、お金というものを持ってないんじゃ。違う場所では、これでもらえたんじゃが」
魔石を見ながら、悲しそうに呟く。
「そうか。これでよければ食べな」
英斗はそう言って、林檎と葡萄を生み出し差し出す。
「おお~! 林檎と葡萄じゃ! 貰っていいのか?」
と澄んだキラキラとした目で英斗を見つめる。
「いいぞ」
「嬉しいの~!」
そう言って、少女はがつがつと食べ始めた。あっという間に食べ終え、幸せな顔をする。
「お兄さん、良い人じゃのう。わしは雨宮アリスじゃ。用事があるから今回は失礼するが、この恩は忘れぬぞ」
アリスは笑顔で手を振って、去っていった。
「強烈な子だったわね……」
「ほおずき会の子かな?」
謎の少女を見送った後、英斗達は話に聞いた商会本部に向かった。
高峰商会本部のビルは二十階を越える高層ビルであった。ところどころガラスは割れ、ヒビが入っているもののまだ手入れが行き届いていることが分かる。
そして正面玄関には二人の屈強な男達が門番のように立っている。
「高峰恭一郎に会いに来たの。ここを通してもらえるかしら?」
有希が門番に声をかける。
「誰だ、あんた達?」
門番の二人組は怪しい者を見るような目で英斗達を見つめる。
「娘よ。娘の有希が来たと言えば分かるわ」
「会長の娘さん!? 聞いてまいりますので、しばらくお待ちください!」
驚きつつも、片方の男が中に消えていった。
しばらくすると男が戻ってきた。
「お会いになるそうです。こちらへ」
男に連れられ、英斗達は中に入る。英斗には怪しげな目を向けるも何も言わずに案内する。
「エレベーターは止まっているので、こちらから」
五階まで階段を上り、ある一室に案内される。
「会長、失礼します」
案内をした男がノックをして、中に入る。
室内には、四十代の細身の男が立派な椅子に腰かけていた。髪を七三に分け固めており、細く鋭い目で有希を見つめている。顔は整っているが、その野望に満ちた生命力にあふれた目は一目でその男が只者でないことを表していた。
「何をしに来た、有希」
久しぶりにあった娘への第一声は、冷たく厳しい言葉であった。その声を聞き、僅かに有希の体が強張るのを、英斗は感じ取った。
「お、お久しぶりです、お父様。ご、ご壮健そうでなによりです」
震えるような声で返事をする。
「そんな下らない挨拶をするためにここまで来たのか?」
「い、いえ。理由があって参りました」
「初めまして、月城英斗と申します。本日はお会いできて光栄です。本日はお願いがあって参りました」
英斗は緊張する有希の代わりに話し始める。恭一郎はその鋭い目を英斗に向け、興味無さげに尋ねる。
「……なんだ?」
「魔物をこちらに転移させる魔法具を探しております。恭一郎さんならご存じと伺っています。どうか教えていただけないでしょうか?」
その言葉を聞いた恭一郎は目を大きく見開いた。
「教えるつもりは無い……私の前で二度とそんな愚かなことを口に出すな!」
恭一郎は静かに、だが強い口調で言い放つ。どうやら聞かれたくない内容であったようだ。
「悪用などしません! これ以上魔物を増やすことを止めたいんです。魔物の居ない平和な世界をもう一度取り戻したい、それだけです!」
「何を馬鹿なことを。そんな夢物語を未だに言っているとは……呆れたもんだ。そんな馬鹿がまだ生きているとは。東京はよほど平和な町らしいな」
「ご迷惑はおかけしません。後は私が動きますので。どうしても教えていただけませんか?」
英斗の言葉尻が少し強くなる。英斗の言葉尻に僅かに怒気が混じったことを、恭一郎は見逃さなかった。
「なんだ? 暴力で解決か? そんな力で救った世界に価値などあるのか?」
恭一郎は高圧的な、見下したように言う。
「……そんなつもりはありません。こちらもできる限り貴方の要望にも応えますので」
「何もいらん。とっとと帰るんだな。そのバカ娘を連れてな」
「……分かりました。今日の所は帰ります」
英斗は丁寧にお辞儀をし、有希を連れて退室した。





