神樹の雫
英斗は崩れ落ち、ただ慟哭する。
「遊馬の馬鹿野郎……一緒に生きて帰るって……言ったじゃねえかよ。まだお前のコーヒー飲んでねえじゃねえかよお……」
そこに勝利した者の姿はなく、ただ友を失った男達だけが残っていた。
イフリートを討伐したことで巨大なダンジョンコインと宝箱がドロップする。 英斗は自らのレベルアップにも気付いていなかった。
「泣くんじゃねえ。あいつは命を張って、俺達を救ったんだ。正直あいつがいなきゃイフリートは討伐できなかった。行くぞ……高峰が待ってる」
伽藍が英斗に声をかける。
英斗が伽藍の顔を見ると、伽藍も悲痛な顔をしていた。辛いのは皆同じのようだ。
「ほら、あいつが落としたダンジョンコインは10万だ。これで、さっさと高峰を助けるぞ」
伽藍のその言葉はこの地獄において、ただ一つの吉報と言えた。
「そうか……良かった……」
英斗は立ち上がると、高峰の方へ向かう。
『英斗……』
ナナもサラマンダーを倒したようで、英斗に合流する。
高峰は相変わらず瀕死の重傷であったが、まだ生きていた。
「一旦戻らねえと」
英斗は高峰を抱きかかえると、元来た扉を開ける。
その先に、怪物がいるとも知らずに。
部屋から出ると、伽藍がDCを自販機に入れ神樹の雫を購入する。
自販機から、立派な木箱が出てきた。木箱を開けるとそこには試験管の中に、無色の液体が入っている。
伽藍はそれを箱から出す。
「こいつが神樹の雫か……」
伽藍はその液体を、高峰の口に流す。飲み干すと同時に眩い光が高峰を包む。光が収まると、巨大な穴が空いていた高峰の腹部は、何もなかったかのように綺麗に治っていた。
「……生きてる?」
高峰は目を覚ますと、まず自分が生きていることに驚いた。
自分の腹部を確認するも、全身どこも傷一つない。だが、完全に粉砕された鎧と、敗れた服が、以前の怪我を思い出させた。
「倒したのね。遊馬は……」
「それは……」
高峰の疑問に、英斗は言葉を詰まらせる。
「あいつは、命を張って俺達を救った。あいつがいなきゃ、皆死んでた。そういうことだ」
伽藍は言う。
「そう……」
高峰の顔が曇る。
「遊馬は……いい人だったわね」
高峰が呟く。
「ああ。良い奴だった」
英斗はそれだけなんとか口にした。
「お前ら、気付いてるか? この先で戦ってる奴らが居る。それも俺達より強いような奴らが」
伽藍は、扉とは逆方向の道を見ながら言う。
「ああ」
英斗も扉を開けた瞬間から気付いていた。イフリートに劣らない怪物たちが戦っている事に。
「邪魔をするなあ! ユースティアの奴隷がぁ!」
そう怒鳴っているのは、魔人サンドラである。周囲は、どこも大穴が空いており、戦いの凄まじさが垣間見える。
「若者達の邪魔をするものじゃあないよ、サンドラ。それにメシスの奴隷のお前達に言われたくはないねえ」
そう落ち着いた声で返したのは、白く美しい長髪を降ろしている美人である。人間とは思えない輝くような容姿をしており、人よりも女神と言われた方が皆納得するだろう。白いローブを纏っている。
「いつもいつもこちらの邪魔をしおってセレナーデ! お前さえ邪魔しなければあのゴミ共を皆殺しに出来たのに……!」
サンドラはイフリートと戦っている最中の英斗達を殺すためにここまでやってきていたのだ。
「それを止めるために私が来たんだよ。ここを通りたかったら、私を殺してからにするんだな」
セレナーデの言葉に、歯が砕けそうなほどの歯ぎしりをするサンドラ。体中から禍々しい魔力があふれ出ている。
今からセレナーデと戦闘をして勝ったとしても、英斗達を倒せるほど魔力が残っているとは思えないことは、サンドラも理解していた。
そして、英斗達によってイフリートが討伐されたことも感じていた。
「あんな雑魚共にイフリートが負けるなんて……! いったいどうなってるのよ!」
そう言うと、手から黒き閃光をセレナーデに向けて放つ。セレナーデは白いバリアで自分を覆い、弾く。
閃光は、周囲に弾け地面を大きく消し飛ばした。土煙が周囲を覆い、それが晴れる頃にはサンドラは既に去っていた。
「逃げたか……。まあ賢明だね」
セレナーデは英斗達に会うため歩き出した。